4-6 傷被者物価指数
side御月
「ーーで、あの後いきなり武装した軍人が乗り込んで来てヘリで強制連行」
「ヘリで⁉︎ 」
「ビビるだろ?んで洋上の巡洋艦で事情聴取。あ、プリペイドの携帯って用意出来た?」
「じゅ、巡洋艦って自衛軍すか?つか携帯は対策用すか?」
俺は頼まれてたガラケーを渡す。
「おっありがと。ん、なんか英米日合同の非公式な軍らしい。契約してる電話だと回線から盗聴されそうだからさ」
それでこの夜逃げ的な移動ね。
「またヤバイ橋渡ってますね。てかその話し、俺聞いちゃって大丈夫なやつっすか?」
「大丈夫じゃないねー」
シロさんは意地悪な顔をする。
「まぁでも連行の理由は本当に事情聴取だったからさ、大丈夫だと思うよ吹聴しなきゃ。ただ謎だったのがさ、オレら6人以外、向こうでの記憶が曖昧ぽいんだよ」
「………例えばっすけど」
「ん?」
「機内で集団催眠的な事があって、そのトラブルで飛行機が墜落…とかはないすかね?で、その影響で記憶が塗り変わった人や混濁してる人も出てる…みたいな。まぁそうは言っても俺自身、そんなガチの催眠とか1ミリも信じてませんけど」
「いや、良いようん。相変わらず御月のそう言う所好きだわ。信じてても盲信はせず、自分でちゃんと考えるところ。だから信頼出来るよな、互いに」
その反応は無いってことか。
「そう言うシロさんだから、俺も正直に何でも言えるんすよ。つーか遅いっすね」
「だね。あ、ちょっと電話させて」
「どぞ」
シロさんの周りはグレーな人が多いけど、まさかあの毒殺王子と会うなんて。
「………あ琴吹、オレ。…また用事が出来て行くことになった。もう病室も出たんだけど、……ちょっと時間が無いから聞け。帰って来たら連絡するから。……あぁ、ちゃんと戻るから心配するな。……うん、何?……ホントか?うん、うん、そうか、分かった、また連絡する。……じゃあな」
「いい加減付き合ってあげたらどうすか?こんなに一途で尽くしてくれる人、滅多に居ないと思いますけど?」
「……嫌だよ。自分のことくらい自分で出来るんだから、別に尽くしてもらう必要がない」
この言い方。
琴吹さんが聞いたら3日は寝込むな…
「助けに行く2人、可愛いんすか?」
「そうだなぁ、かなり美人だと思うよ」
つまり綺麗系か。
「その、チーフでしたっけ?シロさんぽい行動する人」
「オレっぽいかは知らんけど…まぁそうね、中々な人間だと思うよ。けどちょい待て恋愛体質。そんな数日じゃ何も分からんし、惚れたとかは全くないからな?」
「いや、世の中の普通はこっち。そんな数日でも惚れた腫れたしてんすよ皆んな。ましてや危機的状況っすよ?ロマンス盛り盛りじゃないすか」
「無いから、本当に命が掛かってたらそんな余裕なんて」
「はぁ……、そう言う所が皆んなを追わせるんですよ」
「つかなにお前、オレが行くの反対?」
「なに分かり切ったこと言ってんすか、ちょいちょい死に掛けておいて…。まだ惚れた女の為って言われた方が、応援も理解も出来ますよ」
「ゴメンゴメン、ってあ、来た来たハゲが『ウィーーーン』こっちこっち」
ったくこの人は…
『ガチャっ』
「悪ぃシロさん、ションベンしてたら見つかっちまった」
「なに和同さん、トイレの中まで行ったの?」
「入ってませんっ」
「つか八参、お前頬…と目も真っ赤じゃない?大丈… 」
「それよりもシロさんっ、私も連れて行って下さい。宇実果とチーフは、仕事関係なく大切な友人なんですっ」
答えようとしたハゲを押し退けて、ボーイッシュな女が必死に訴える。
「とりあえず乗って」
『ガチャン』
「和同さんは警察関係の特殊部隊員なんだよね?」
「そうです」
と、警察の特殊部隊⁉︎
また濃い新キャラ来たぞっ
つか行方不明の2人と仕事関係ってんならCAじゃ?
「任務で人を殺めたことは?」
っ…
いきなり来た質問に思わずバックミラーを見ると、俺の視線に気が付いたハゲが顔を逸らす。
「無い、です」
だよな。
「人にブッ放したのは九鬼さん時が初?」
「はい」
いや撃ってんかお前。
「結果九鬼さんは助かったけど…その前、撃った相手が突然血を吐き出した時はどうだった?」
「ショックでした。でもそれは、操られていた九鬼さんが元に戻ったからで、敵だったら躊躇も容赦も、ましてや後悔なんてしません」
おぉ……淡々としたこの冷徹さ、中々の迫力。
ただスゲェ物騒な会話ながら、やり取りはメチャ詳細で齟齬も全くない。
やっぱ催眠って線は無いか。
「なぁシロさん、とりあえず出そうぜ?連れてかねぇならどっかで降ろしゃいいだろ」
「そうだな。よろしく御月」
バックミラーのハゲは窓の外を見たままだけど、心なしイラついている感じ。
「うっす」
「あ、今回はN気にせず最短で行っちゃって良いから」
「え?そうなんす?」
「うん。あんなレベルだと衛星使うだろうから、バレたらバレたで仕方無し」
衛星…
そりゃ無理だ。
「分かりました」
病棟一階の駐車場を時計回りにグルリと周り、川沿いの公道へと出る登りスロープに差し掛かろうとした所で
『キキィッ‼︎ 』
「うわっ⁉︎ 」
順路を逆走して来た黒いセダンが急ブレーキ、進路を横断するように塞いでライトを点灯。
マジか…
「……シロさん、どうします?」
「クラクション」
『プォーーーーーーーーッ‼︎ 』
正面を向いたまま指示通りにするも、車は少しも動く様子がない。
「やっぱ野放しにはしないよなぁ堤さんは」
「なぁシロさん。行かないって選択肢はあるのか?」
「無い」
「クク、だよな。んじゃぁさ、全部俺の罪で良いから突っ込んでくれ」
即答したシロさんを嬉しそうに見るハゲは、無責任な提案をする。
「……御月、車「ちょい待てお前、この車が幾らするか分かってんのか?」
それに乗ってまた損害を被ろうとするシロさんを遮り、俺は世間知らずのハゲに大人の現実を突きつける。
「あ?……知らねぇよそんなもん。じゃこの車代+100万払う。そんでいいか?」
「ガキかお前。そんな口約束で… 」
「絶対に払う。だから頼む」
目付きは悪く、言い方も粗雑だけど、バックミラーのハゲは頭を下げた。
「はぁ…分かった」
「ゴメンな、ありがとう御月」
「いっすけど、運転は替わりませんよっ」
俺を下ろそうとする雰囲気で、ギヤを4Dに入れる。
『『ブオオオォォォッ‼︎‼︎ ギキュキュゥッ』』
いきなりのアクセルベタ踏みでエンジンが唸り、悲鳴を上げるタイヤが地面をグリップ。
「ちょ⁉︎ 」「うおあッ」
シートに吸い寄せられる身体。
後部座席の驚く声とは違い、シロさんだけは手足をしっかり踏ん張っていた。
「偉そうに塞いでんじゃねぇーーーーーッ」
『『『ゴガンッ‼︎‼︎ ガギギギボゴッゴガガッ‼︎ 』』』
不快な音と衝撃が車体を揺らすも、車は黒いセダンの左前を上手く押し退けスロープに。
「おおナイス御月っ、っと、どうした?」
「ウハハハハハハっ、うぉっ」
シロさんとハゲの笑い声を聞きながら坂を登り、公道へと出たところで急停車しギヤをバックに。
「何で停めんっ… 」
「ウルセェッ」
『ンオォォッ‼︎ 』
『『ゴガッシャァァッ‼︎‼︎ 』』
「キャァっ」
ピッタリと追ってくる背後のセダンが、公道へ出ようしたタイミングで再衝突。
『ンオオオオオォォッ‼︎ ジュギギュギュギュ』
「四駆ナメんなオラァ、落ちろぉぉ」
『ギジュギギュギュギュ』
斜めになっているセダンを押し返し
『ドッドッ、〜バキバキバキっ〜 』
ガードレールの無いのり面へと強引に突き落とした。
「シャァァっ、行きますっ」
『ブォォォーーーーッ』
バックミラーを確認しつつ川沿いを抜け、左折して橋を渡る。
「プッ、ハハハハっ」
『パンッ‼︎ 」
そこで吹き出したシロさんとハイタッチ。
「リュウコウさんと言い、シロさんの仲間はスゲェなホント」
「だろ?皆んな揃ってバカなんだよ」
ハゲの素直な賞賛に、シロさんは満面の笑みを浮かべる。
「御月だっけか?最高だぜ、ありがとな」
「いいけどちゃんと金は払え。あとシロさんに迷惑ばっか掛けんなよ、八参」
「ハハ、了解だ」
それからすぐ、シロさんは意思を曲げない和同って女の同行を了承するが、俺が頼まれた旅の物資は二人分。
「あの、もし寄り道が可能ならすぐに用意出来ます」
「距離は?」
「ここから10分掛かりません」
頷いたシロさんを見て行き先を変更。
何事もなく数分ほど走っていると、さっきまでの興奮が冷めて落ち着いてきた。
はぁ、やってしまった。
買って一年ちょいでベコベコか…
……
…
「ここで」
「ここ?」
「えぇ」
言われて停車したそこは、JRの高架橋と、更にその上に高速道路が重なっている、主要道から一本逸れた人通りの少ない道路脇。
マンション…とかないけど?
だが車から降りた和同は俺の視線とは逆、高架下の立入禁止(道路公団)とある高い金網の扉を開き、コンクリートの倉庫の様な建物の中へと入っていった。
「…こんな、都市伝説みたいのもあんすね」
「ホントね。けど大概の事は知らず関わらずが一番だよ」
そんなシロさんの言葉通り、和同はいかにもな黒い装備に身を包み、ゴルフバックのような荷物を担ぎ出て来た。
ドサっ
「お待たせしました」
「それってライフル?」
普通に聞いた…
「本来の私は狙撃手なので。あとハンドガンを三丁と催涙弾に携帯食料、それに折りたたみ自転車を持って来ました」
なに、銃撃戦でもするの?
「任務外の持ち出しは懲戒もんじゃない?」
「それならそれで構いません」
俺は構うけどな。
「ふ〜んあそ。テイザーは?」
「ここには無いです」
「そっか。じゃ御月、宜しく」
ブルブルっ
「〜〜っ、うす」
頭を振り、要らぬ心配を追い出した俺は、例の海沿いへと向かってアクセルを吹かす。
映画の運び屋みたいな気分で、霧雨みたいな雨を跳ね除けながら。




