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RIGHT MEMORIZE 〜僕らを轢いてくソラ  作者: neonevi
▽ 四章 ▽ イエナイ疵痕は穏やかに心蝕す
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4-5 清算者物価指数

side比奈



・・・・・812号室。




プルルルル

「…………あ、班長」

「あ班長じゃないお前っ‼︎ 今度は一体何をやらかしたっ」


うるさいなぁ…


「やらかすもなにも、こっちは訳も分からず拉致された被害者ですよ。それにそっちには連絡済みだと言ってましたけど?」


「あぁ、来た。なんと長官から直にな」


やっぱり、二つ返事と言ったのは誇張じゃない…か。


「……班長」

「何だ?」


「隊は、班長は私を守ってくれますか?」

「それは、任務外の話か?」


すぐ様答える班長だけど、向こうからは核心には触れては来ない。

その声音には灰色の困惑が滲み出ていた。


「…………… 」


犯罪者や、敵勢力に発揮される私達の強味(チームワーク)も、それを束ねるヒエラルキーの前ではこんなにもか細く頼りない。

けれど私は元より班長も、そのずっと上の連隊長ですらも、誰もがその中の歯車の一つに過ぎないのだから仕方がない。


「…おい、何かマズイのか?おい」


けど、そんな疑問も思惑も介在しない組織の常に、どこか喪失感にも似た、不思議な空虚さを覚える自身に気が付く。


あぁそうか、やっと離れられたんだ。

目を逸らしていたら、いつの間にか見えなくなっていた、大人のもどかしさってのと。


「あ、すみません。なんか電波が悪いかもです」

「今は?聞こえるか?」


「あ〜はい。それで事故の件も含めて、暫くの間休暇を取りたいのですが」

「ことが事だ、ゆっくりと休め。正直こっちもな、お前の扱いをどうしていいか保留している所なんだ」


「ありがとうございます。あと一点だけ良いですか?」

「何だ」

「生死問わず、身元が判明した方の情報を逐次下さい」

「分かった。この後すぐに言っておく」

「よろしくお願いします」


「……和同隊員」


切ろうとしたところでの呼び掛け。


「なんですか?」

「何かあれば連絡をしろ。やれるだけのことは、してやるつもりだ」

「気持ちだけ貰っておきます。さっきはあんなことを言いましたけど、私には何の落ち度もありませんので。では」



ドサっ

「はぁ… 」


流石に色々起こり過ぎ。

疲れたな…


電話を切った後、4人は座れそうなソファに背を沈ませ目を閉じるも、まだ整理し切れていない脳だけは動いてしまう。


最初は疑っていた。

死の入り混じる混沌にあって、誰もが恐怖に震え死に怯える中、恐れを感じさせない幾つもの彼の行動が、人間味の無さが、余りにも不自然過ぎて。

でも…


" 下等な血でここを汚すか。この上粗忽ものとは救いようが無い "


見えない巨大な手に首根っこを掴まれた最中でも、私の耳ははっきりと憶えている。


" やめて欲しい。どうか "


不安、配慮、恐怖、尊重。

あのとき間に入ってくれたのは、そんな様々な思いが孕んだ普通の人間の声だった。


なのに食料も無く、安全に眠れる場所すら無い隔絶された地獄が開放され、漸く天から垂らされたクモの糸とも言える旅客機からも、あの人はいきなり飛び降りてしまった。


あの姿を見せつけられて、もういい加減理解せざるを得なくなった。

この人は、その身を差し出す覚悟をもって本気で行動し、誰よりも必死に、ただ必死に抗っていたのだと。

そして私の迷いも無くなったと同時


" ハッ、だよな "


そう呟いたヤマが飛び降り、私も後に続く形となった。


「異常だよ。躊躇も無く、何であそこまで出来るんだろ… 」


その後も目の前で繰り広げららた綱渡りの連続は、シミジミとした思いを吐き出させた。


けどそう思う反面、心底から腑に落ちている。

だからあの人は道を切り拓くし、だからシロさんは、あの黒装束にすらも特別視されていたのだと。







あ〜また3回っ、全然ダメだー〜


いや、巳邦(ミクニ)。跳ねるのはいいからあそこ狙ってみな?


あ、当たったっ


な?正確に当てられるお前の方が余程凄いよ



ブブブっ


⁉︎


「…………………… 」


いつの間にか行っていた夢の中からはたと戻り、送られて来た一覧に目を通していくけど、そこに景織子の名前は書かれていなかった。





病室から廊下へ出ると、空気が少しだけ肌に纏わりつく。


雨…か。



「すみません」

「はい、どうされました」


柔らかな笑顔で対応するナースセンターの事務員さんは、うちのグランドスタッフ並みに洗練されている。


「今日の航空機事故で、運ばれた生存者の中に日比谷景織子は居ませんか?あの、同僚なんです」


「少し、お待ち下さい」


私の言葉で真剣な面持ちへと変えた彼女は、無駄のない動きでPCをカタカタ叩く。



「………、…そちらの方は、運ばれていませんね」

「他の病院、ということは?」

「無いと、思います」

「そうですか」


パタパタパタっ

「817の北居さん、容体が急変しました」

「至急三井先生に連絡っ」

「はい、分かりました」


「あの、事故の?」

「いえ、長期の方です」


受話器を掴んだ事務員さんは首を横に振った。


「すみません、ありがとうございました」


重い空気を出来る限り残さないよう、いつも通りの声と、いつもより軽快な歩調でカウンターから離れる。



もしかして景織子はあの機材の中に居た?


凄まじい轟音と弾け上がった水柱。

高高度からの墜落の衝撃は、人体なんて簡単に破壊して、残った機体の破片ごと海の底へと消えてしまう。

座席のクッションや、食器トレーなんかの軽い物であれば、海流に乗って何ヶ月後にどこかの大陸の浜辺や、島の沿岸なんかに漂着することもあるけど…


" 先輩、やっと帰れますね "


今朝話したばかりの景織子のことを思い出す。




実感なんて、湧かないよ。





『コンコン』


805号室の扉を叩く音が、静かな廊下に細く響く。


『コンコン』


「…………… 」


確実に聞こえている筈だけど、中からの返事は返って来ない。


カラカラカラ…

「失礼しまーす」


寝ているかもと思い、遠慮がちにドアをスライドさせて入る。



「…ウソ」


すると案の定室内は真っ暗だったけど、ベッドの上には誰もいない……どころか、シンとした室内はもぬけの殻になっていた。


くッ

バカか私はっ


タッタッタッ

「ハァハァハァっ」


急ぎ部屋を飛び出した私は廊下を駆け抜けエレベーターへ。


カチカチカチっ


遅いっ

早く来い早くっ



『チーーン』


〜フウン〜


異界からの帰還当日で、尋問からの解放直後。

だからと言って、どうしてまだ動かないなんて決めつけたんだ。

せめて連絡先を聞いておけば…


下降する浮遊感は、私の中を攪拌された泥水みたいに混ぜっ返す。



『チーーン』


「………、……… 」


右手は本館への通路、左手は専用駐車場。



…〜〜〜、〜〜〜〜〜♪


誰もいない静かな空間(ロビー)に、聴き覚えのある歌声が微かに響いた。


タッタッタッタッ

「ハァハァハァっッ」


柔らかな絨毯を踏み込んで走り抜け、駐車場へと続く通路を進んで行くと、脇の通路から出て来ようとした男が立ち止まった。


「あっぶね…って男女」


「ハァハァやっぱりッ、……シロさんはっ」


顔を洗ったのか濡れた顔を拭い、手を振り乾かす八参はどこかバツの悪さを隠すような表情をした。


「あ?なんでだよ」


それを見て間に合ったことを悟った私は、上がり掛けた口角を親指で擦る。


「…ハァハァ2人で、行くつもりなんでしょ」


「あぁそうだよ。真黎さんには助けられちまったし、松宮姉とは約束もあるからな」

「私も連れて行って」


「いや、お前はさぁ…犯罪者の俺と違って仕事があんだろ?お堅い公務員様の守るやつが。それに年頃のなんだしよ、恵まれた人生を謳歌しとけよ。花の職業恋せよ乙女ってな?」


「……アンタ、私のなんだよ」


「あぁー〜っもう面倒クセェっ、2人のことはこっちに任せておけよ。色々と危険だろうし、女はションベンとかもパッと出来ねーだろ『バチィッ‼︎ 』おぶっ」


心配してる風で、適当にあしらう気満々の鬱陶しい横っ面を張り飛ばし


「テンメ、何すウオ⁉︎ 」


戻った顔面スレスレで繰り出した蹴り足を止め、固まった八参の胸倉を引っ掴む。


「人生謳歌ァ?今困ってるのはどっかの誰かじゃない、私の友達なんだッ。それに言っとくけど私はねェ、アンタなんかよりよっぽど使えるんだ。立ちションくらいいつだってしてやるよッ‼︎ 」



私はもう、止まらない。

止まることを許さない。







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