4-1 上限のツキ
sideシロ
「…………… 」
ポタリ、ポタリ。
緩やかに時を刻む点滴。
消毒やらなんやらの少し苦い香り。
軽い脱水症状に留まったオレ達は、互いが確認出来る距離で簡易ベッドに寝かされている。
「けどマスコミってスゲェよな。俺らが病院に着いた時、もう居るんだぜ?」
そう無邪気に感心している台詞ながら、八参の目は敵意と蔑みに満ちていた。
「警察とか主だった機関には番記者が付いてるし、一部は懇意の所に情報流してよろしくやってるから競争だよ」
「で、好き勝手賑わして知らんぷりだもんなぁ。どうよ?つつかれる側に回った気分は?」
「こっち側から見て、改めて他人事なんだって感じたよ。皆んな被害者を見るじゃないなって。…けど、正直今は色々頭が回んない」バサ
そう言って、報道側の芳川さんはシーツを深く被る。
「次は?」
「20代女性、30代男性二、いずれもCPA(心肺停止)」
「ちょっとぉッ、手が全然足りないよッ」
引っ切り無しに運ばれて来るのは、全員が同じ飛行機に乗り合わせた人達。
逃げ回る足音。
助けを求める声。
すぐ側でこぼれ落ちた沢山の命…
慌ただしく走り回る医療スタッフの、焦りと苛立ちが充満する安心安全な場所で、この数日の現実に改めて打ちのめされる。
「さっきからこんなんばっかだな。俺ら以外助かったヤツっていんのか?」
「あ、咲っ⁉︎ 」バッ
点滴を乱雑に引き剥がして飛び起きた和同さんが、院内着をなびかせ裸足で駆けて行く。
「咲っ、咲っ」
「ちょっと貴女、邪魔をしないでっ」
「咲っ、咲っ」
取り乱す和同さんは、看護師に阻まれながらも身を乗り出す。
「…比奈先輩。良かったぁ無事で… 」
すると、緑川さんは弱々しい声で答えた。
「景織子は?何があったの?」
「分か…りません。すいません… 」
「君、もういいだろう退きなさいっ」
そう言って救護隊員に引き剥がされた和同さんは、運ばれて行く緑川さんを見送ったあと、とぼとぼとベットへ戻って来た。
「良かったなじゃねぇの男女。この分ならまだいそうだな、生存者」
「分からないってどう言うこと?」
そう言ってボリボリ頭をかく八参を通り過ぎ、ベッドに腰掛けた和同さんは俯いて呟くけど、旅客機に乗れなかったオレ達に向こうの状況は何も分からない。
そしてもう一つ、オレ達を大きく混乱させたのは
これが離陸直後に起きた墜落事故だったと言うこと。
タっタっタっ
タっタっ
「シロさんっ」
「ん?」
人の合間を縫って進んでくるのは小柄な女医。
「…琴吹、アレ?お前ここにも勤めてんの?」
『ギュゥゥ〜』
「心配、したんだからぁぁっ」
「「「「「っ⁉︎ 」」」」」
「…ぁぁ、〜悪かった。とりあえずオレは大丈夫だから放せ、放してくれ…な?」
「こっちは気にすんなよシロさん。なぁ野木」
「え?あぁうん、全然全然」
「そう言うのじゃないんだって。ホラ、面倒いから離れろ琴吹」グイっ
「…ズズっ、琴吹葉生28歳。専門は脳。シロさんとは7年くらいの付き合いで、一生隣に居たいと思っています。宜しく」
そう言って涙目のままで笑顔に切り替えた琴吹は、無駄に丁寧なお辞儀で自己紹介をした。
「「「《「「おぉ」」》」」」
パチパチパチパチ…
ドサクサでホルスまで " おぉ "してんじゃねぇっ
はぁ…
それからオレ達は、数日の検査入院が必要だと告げられた後、各々の病室へと移動。
漸く落ち着いて身体を休められることになった。
はずが…
「シロさん、体調はどう?何か変わりはない?」
「…あぁ、大丈夫、15分前と同じく変わりはないよ」
「そう?怠い所とか痛い所はない?」
「あぁないかな」
「分かった、しっかり休んでね。また後で来るけど、何かあればいつでも呼んでね」
30分後
「シロさん、ご飯が足りないと思うから色々用意したよーー〜。胃腸が弱ってるなら無理はしなくて良いけど、出来るだけ食べて、早く元気にならないとねっ」
またも戻ってきた琴吹は、大きな袋を両手一杯に下げていた。
「あぁ、そうだな。…ただ、オレがいっぺんに沢山食べないの、知ってるよな?」
「勿論だよっ。それに適度な炭水化物ぅー〜と〜、多めのタンパク質ぅー〜に〜ぃ、ビタミンっ。だよねっ」
そう言ってところ狭しとテーブルに並べられたのは、彩りの良い魚介のオイルパスタに本格的な江戸前鮨。
それからデカイステーキに酢豚と海老マヨ。
更にデザートのフルーツ盛り(苺マスカット桃バナナ)まで。
「あ、鰻頼むの忘れたっ。ゴメンねシロさん鰻好きなのに」
「いや、全然大丈夫、ありがと。でもホント勿体ないからさ、この半分でも充分だから…な?」
「シロさんはそんな事よりもね、回復する事だけを考えてくれたらいいのっ」
「あぁ、ははは…はぁ。分かったよ、いただきます」
「はい、どうぞ」
嬉しそうにこっちを見る琴吹の圧に負け、眠りたい欲求を置いて箸を取る。
カラカラカラ…
「モグモグおぉ御月。心配掛けたな、ゴメン」
「シロさん、本当にリュウコウさんは… 」
弱々しくそう言った御月の目からは、止めどない涙が流れ落ちた。
「御月君、やめなさい」
真っ赤な目に力を入れ、さっきまでとは別人の様な口調になる琴吹。
ゴシゴシゴシ…
「ズズっ…すんばせん。シロさんは本当に大丈夫だんすね?」
御月は腕で目元を擦って言う。
「あぁこの通り。御月、この部屋バスルームもあるからさ、顔洗って来いよ」
「はい」ドサっ
オレが頼んだ着替え等々一式を置いた御月は、背中を丸めて洗面所へ向かう。
《良いヤツじ、ゃん御月… 》
お前より歳上だけどな
《ふ〜ん》
ボンボンが
「…じゃシロさん、私は戻るから。無理せずゆっくりたべてね」
「あぁ」
カラカラカラ…パタ
カチャ
「あれ?琴吹さんは?」
「あ〜出てった」
「そう、すか………なんかすいません。俺なんかよりも、シロさんの方が100倍辛いのに」
「つかさぁ御月、腹、減ってね?」
「はは、凄いすね。食うっす」
琴吹の用意した豪勢なメニューを改めて見て、御月は大きく頷いた。
いつもの優しい笑みを顔いっぱいに浮かべて。
……
…
「ーーって流れでなんとか戻って来れたんだよ」
「……信じますけど、盛ってないすよね?いやシロさんは無いか。けど一軒家並みのバケモンにボコられて、死ぬかもってタイミングで虹色の超生物?に助けられ、最後は黒装束の何でもパワーで帰って来たと。マンガすか?」
「モグモグモグ、そうなるよなぁ」
だがさっきシロさんは、完全に目を覆った状態で俺が手に取ったオカズを言い当てたし、仕込みを疑う俺が、背後からスマホの文字を見せてみたが、それも難無く読み当てられた。
「で、その2人を助けに行くんすよね?」
「モグモグ…そ。ホルスが場所分かるみたいだから早急にね」
だからこのホルスとか言う霊の存在か、もしくは心眼的な力があるのは今の所疑いようがない。
「…はぁ。事故どころか、もっと悲惨な目に遭ったばっかっすよ?もう良いじゃないですか、ゆっくり休めば。人探しなんて身内や警察の仕事っすよ」
「目の前で助けられなかったんだ、責任が無いとは思えないよ。けどありがとな、御月。そんでゴメン、心配ばっかかけて」
「…何言ったってそうっすよね、モグモグモグ。て言うか今更すけど、なんで琴吹さん白衣でここに居るんすか?」
そう言って御月は、少し乱暴に箸を突き立てて酢豚を頬張る。
「知らん。なんかコネがあってお願いしたから大丈夫って言ってた」
「相変わらずですね、シロさん絡むと。んじゃ腹も膨れたんで俺も一旦戻ります。また予定が決まったら連絡下さい」
そう言ってご馳走さまと両手を合わせると、オレの書いたメモを手に取り御月は立ち上がる。
「あぁ、いつもありがとう御月。今回もよろしく」
「了解です」
御月が帰って20分。
上がった血糖値が眠気を催してきた頃
『コンコン』
「はい、どうぞ〜」
「あの、同じ事故に遭われた患者さんが、呼んでいます。すみませんが来て頂けますか?」
入って来た看護師の女性は急いで来たんだろう。
話しながら胸に手を当てて、乱れる呼吸を押さえていた。
「誰ですか?」
「芝木様です」
「分かりました」
そうしてついて行った先は、5階にある連絡通路を渡った本館の方だった。
「こちらのお部屋です」
「ありがとうございます」
side芝木
「…………… 」
全身26箇所の骨折。
痛み止めの点滴が意識を緩慢にする中、思い出すのは全てを飲み込むあの白い光。
" どうせもう終わりだ。……だから恨むなよ "
冷たく見下ろす俺に対しびしょ濡れのリュウコウは、ボコボコに腫れ上がった顔で不細工な笑みを作った。
" ハぁハぁ…ハハハ、恨む?どうしてさ "
チッ
" 何なんだよ『ガシッ』ホントにお前らはよぉっ "
衝動がリュウコウの腕を掴ませた。
今でもらしくないと思う。
" 急ぐぞ "
そして強引に肩を組み、引き摺るように前へ進む。
" どうした、諦めるな "
" ハぁハぁ…あ。諦めない、けどね。ハぁ、ハぁ、でも他人を、道連れに、するのは御免なんだよ "
満身創痍。
言葉もたどたどしいリュウコウの身体は次第に重さを増し、その意識を失おうとしていた。
背負うか?
" おいしっかりしろっ。それを言うなら俺もさっき…『ドンっ』
" 間に、合わない。シロ君に伝えてくれ… "
カラカラカラ…
「…よう、いきなり呼び付けて悪いな」
回想の途中、目当ての男が現れた。
「いえ、無事で…なによりです」
「お互いな」
布団から出ている右までが石膏で固定され、頭にも包帯が巻かれている俺をみて、ロン毛もといシロは微妙な笑顔を浮かべた。
「それで、倉橋は?アイツは無事か?」
「……新美さんのことですか?」
「新美?……そ、そうか、あぁ新美だ」
「新美さんは、帰って来られませんでした」
「やっぱりそうか。戻って来た状況が良く思い出せないし、看護師に聞いても名前が出てこなかったからな」
どの道長くなかったから本望だろう。
「そっちは?誰が無事なんだ?」
「八参に消防士の野木さん夫妻。それと客室乗務員の2人にジャーナリストの女性ですね」
「…アイツは、リュウコウは居ないのか?」
「リュウコウさんは…… 」
「そうか。……すまない、すまなかった」
「いや、八参の件は、散々手を引けと言われましたから」
「違うっ〜」
感情の昂りから、思わず声が震える。
「アンタと、アンタと八参が先に行ったあの後、リュウコウはなんとか川淵に手を掛けたんだ」
「…は?」
「だがあの白い光が迫る中、間に合わないと思った俺は、自力で動けないリュウコウを置いてきた。もしかしたら、ギリギリで助けられたのかも知れないのにだ。俺はお前の仲間を見捨てたんだよっ」
「…………ッ〜っ、けど芝木さん、には、命をかけてまで助ける義理も、義務も無い」
「ンな⁉︎ だって、お前は俺を… 」
「それなら芝木さんは八参を助けてくれた。人権や人道なんて言う括りなんて、掴み合い、溺れる者同士では、成立しないじゃないですかっ」
思い切り詰られ、憎しまれることで誤魔化したかった俺の罪悪感は、いっそ殺してくれても良い、と言う自分勝手さごとまたも受容されてしまう。
怒りや憎しみをぶつけられる位置、利につけこめる立場。
そんな所に居ないから、だからお前らは強いんだな。
" そりゃ儂らぁの時代は今みたいに自由なんて無かったし、厳しいのが当たり前な社会だったぞ。けどなぁ、そんなもん抜きにしても、あの頃の日本人には確かに有ったんだ。どんだけ嫌なことでも逃げやせん。ましてや他人様に押し付けよぉなんて情け無い真似は〜絶対にせぇへん。一人一つの矜持ってぇもんがなぁ "
怒ると赤鬼みたいにおっかないけど、死ぬまで背筋の通っていた格好いい爺ちゃん。
こんな歳になるまで忘れていた俺は、どうしようもなく道を外れたダメな奴だけど、この時代にもちゃんと有ったよ。
何もかもを消し崩し迫る、消滅の白い光からは、人を背負っていては間違いなく逃げ切れなかった。
あの時俺を突き飛ばしたリュウコウは、力尽きるよう地面に両膝をつきながらも、力強く言い放った。
「" 次は、僕が君の手助けをする。そして必ず追い付くから " 。義理も義務も無いかも知れないが、アイツから頼まれた、お前への伝言だ」
「ーー〜ッ… 」
聞きたいこと言いたいことが無くなった俺は、枕元に転がるイヤホンをつけ、適当なラジオに耳を傾ける。
微かに聞こえた掠れる咽び声は、数分ののちに部屋から消えた。