3-48 アップアップTWO〔P2〕
side咲
スタ、スタ、スタ、スタ
「皆さん、通路の終わり、見えましたよ」
後もう少しと言う真黎チーフの声に、やっとかと言う安堵と、ご主人を含め先に行った皆んなが居るのかと言う不安が入り混じる。
「はぁはぁはぁ、あったぁ〜……てあれ?出てる… 」
明るい通路を出て一歩、目に入ってきた機材の姿は、岸辺に埋もれかけていたはずの機首部分が露わになっていた。
「違うわ緑川さん、地面の方が平らになってる」
「……、……ほ、本当、ですね」
真黎チーフに言われ辺りを見回して見ると、この大きな洞穴の地面一面が舗装されたかのように平らに均されていたおり、空さえあれば今すぐにでも飛び立てそうだった。
「あれ⁉︎ 今来た洞窟は?あれ…? 」
私の声に、振り返った皆んなも固まる。
今し方通って来た洞窟の入り口が、ただの岩壁となり消えてしまっていたから。
ザっザっザっザっザっザっザっ
「チーフっ、先輩っ」
あっ
そんな折に大きな声を上げ走って来るのは日比谷。
ザっザっザ…
「ハァハァハァ〜っ皆さんご無事で良かったですっ」
「日比谷」
「日比谷さん、貴女の方も大変だったみたいね」
「いえ、私は隠れてただけなので… 」
助かったのは竹仲さんと2人だけ。
相変わらず人形みたいに肌が白い日比谷は哀しげに微笑む。
「それでさっき宇実果先輩から事情をお聞きして、竹仲さんが離陸のスタンバイに入っています。………本当に、帰れるのですよね?」
「えぇ、この地面を見て私も安心したわ」
「…あの、ンくッ…ここまでで大丈夫です。ありがとうございました」
「フゥ、じゃ真黎さん、和同さん、下ろすのを手伝ってもらえます?」
痛みを堪える比奈先輩の、らしからぬおずおずした礼の言葉は、汗まみれの横顔を撫でて消える。
「和同さん、痛かったら言ってね?本当にお疲れ様でしたシロさん」
そしてそんなシロさんの態度に、結び目を解くチーフが少し口を綻ばせる。
「あのっ、玉君は?私の主人を知りませんかっ」
堪え切れず会話に割り込む美沙子さん。
「日比谷さん、案内をお願い」
「…はい、ご案内します」
「ッ〜、無事なんですかっ?ねぇっ」
それにより日比谷の表情が一転して沈痛なものとなり、美沙子さんはこれまでにない取り乱し方をした。
ザっザっザっザっ
「玉君っ、玉君っ」
案内されたのは何故か機の後方。
そこでご主人は、地面に置かれたストレッチャーの上に寝かされていた。
「美沙子っ、良かった無事で」
「そっちが全く無事じゃないじゃないっ‼︎ 全然来てくれないし心配したのよっ」
「ごめんごめん。張り切って行ったんだけど、ちょっとしくじっちゃって… 」
「何があったの?具合は?歩けないの?」
「歩ける歩ける痛いけど。足と、胸の傷の方は九鬼さんが処置してくれたから大丈夫。けどこっちが…ね… 」
そう言ってご主人が見せた手の平には、包帯がグルグルと巻かれていた。
「それ、どうしたの?…もしかして指がっ」
「違うよ〜ん、ガブガブー〜」
「キャアーーっっ」
突然目の前に突き出された老人の生首。
「なっ、なんなんですかそれっ」
「咲うるさい」
「で、でも比奈先輩っ」
「待って下さい、新美さんは、俺がソイツに襲われてる所を助けてくれたんです」
「あ、ありがとうございますっ。玉君を助けて頂いて」
「そうそう人助けしたんだよ〜俺」
私の訴えに対し、すぐ様フォローするご主人と頭を下げる美沙子さんだけど、当の新美さんはシロさんにアピール。
「もしかその首… 」
だけどシロさんの視線は新美さんを無視し、その後ろから来た九鬼さんに向かう。
「あぁ、俺が話した白髪化した乗客のものだ。その内の一体が突然動き出し、野木君を襲ったようだ」
「お次はゾンビか。……で?そっちの遺体群は?問題なさそうですか?」
「一応一通り確認して見張っていたが、今の所おかしな動きは無い。それとシロ君、俺の上司が君と話したいそうなので、考えておいてくれないか?」
「えぇ分かりました」
「じゃ玉君の手のケガって… 」
「…うん。だから機外で様子見中。ミイラだったせいか揉み合ってて歯が折れてさ、噛まれた傷自体は大したことないんだ」
「消毒っ、消毒はちゃんとした?」
「したした、これ以上無いくらい念入りに。けどもしかゾンビ化しちゃったらゴメンな?」
そう言って横になったまま両手を伸ばし、ゾンビの真似で戯けるご主人。
「〜っ…イヤよそんなのっ。玉君は私のこと、一生守ってくれるんでしょ?約束したでしょ?」
「はは、そう言えば押しに負けて約束したんだった」
だけど涙をこぼす野木さんを見て、困った顔で優しく頭を撫でた。
神様……野木さんご夫妻は皆んなの為にずっと頑張ってくれました。
だからお願いします。
どうか、どうか2人を引き離さないで。
「大丈夫っしょ?『ガっガっ』コイツは全然動かない、しっ、おりゃーーァッ」ーブォッースポーーーン
そう言った新美さんは剣先の頭部を雑に地面に当て擦った後、イッチニとステップを踏んで豪快にフルスイング。
「「「「「「「ーーーーー… 」」」」」」」
私を含めたその場の全員が、その山なりの放物線を目で追った。
「オッケースタンドイーーン。って感じだけどさ、一応今の内頭潰しとく?」
「………やむを得ないか」
頭を潰す?ご遺体の?
ダメだよ絶対…
「じゃこっちはサッサと終わらせよっか。それとどうせなら四肢も落とした方がいい」
え?
「ぶはっ、ブヒャハハハっ‼︎ だよね?だよねェやっぱシロさんサっイコーーー。死なない敵も居たんだから徹底的にやっとかないとっ」
「女性陣は先に機の方へどうぞ」
歩き出した真黎チーフと比奈先輩に付いて行こうとして足が止まる。
「ちょ、ちょっと待って下さいっ」
突然口を挟んだ私に視線が集まる。
「……あ、あの、仏さまを傷付けるのはやめませんか?法律的にもアウト…ですし」
「……じゃ切ってきまーす」
なに行ってきまーす的な言い方してんのこの人?
「それと九鬼さん、ミイラ化してた遺体があった場所は…〜〜
あれ?
「あぁ俺もそう思って機内の人間を…〜〜
あれ?無視?
side八参
ガっ、グっ
「っ…と、ンっと〜、ハァハァっぁ〜しんろ… 」
ザ、ザ、カチっ、ザ、ザ…
「ふぅー〜おい、ろうなってやがる」
黒スケらと駆け下りた岩壁の斜面を登り、通って来た通路へと戻ってみたが、ライトが照らし出したのはゴツゴツした岩壁の行き止まり。
「本当に行き止まり…らな。フンっ〜〜ぬぬヌゥーーッ」
ダメだ、ビクともしねぇ。
「おいっ開けろっ、開けてくえっ。なぁ、頼みがあんらっ」
だけど洞穴には俺の声が響くばかりで何も起きない。
アイツなら、もしかしてリュウコウさんの手掛かりをくれるかもと思ったけど…
ガツッガッ
「このっクソがっ………なぁ、…………頼むよ… ーフッー…うお⁉︎ 」
スゥーー
両手を付けた目の前の壁が突然消え、俺が通って来た通路が再び現れると、その奥からアイツが音もなくやって来た。
ズザっ
「なぁアンタっ、リュウコウさんは生きてるのか?もし生きてんのなら助けてくえっ。頼むっ、頼みますっ…ーー〜ッ」
一も二もなく額を土に擦りつける。
「××××…××××」
ん?なんて?
((キャアーーっっ))
顔を上げた途端細い悲鳴が耳に入る。
っ…今度は何だ?
こっちはそれどころじゃねぇってのに。
背後から顔を戻すと、何かを言ったソイツは足の先から霧の様に消えていく。
「ちょっ、ちょい待ってくれっ」
「×××… 」
「おいっ」
消え、ちまった…
通じたのか?
「〜ッ… 」
少しでも何か出来ればと俺なりに動いたけど、こんなことならシロさんを待つべきだったか。
いや、でも…何を言ったかは分かんねーけど、アイツは最後に笑ってくれた。
そうだ。
わざわざ出てきてくれたんだし、今はそれを信じるっかねぇ。
そう思って洞穴から出ると、旅客機のずっと先、洞穴の壁から天井?が陽炎のように揺らめき変化を始めていた。
ザっ
ザザっ
スタ、ザザァ
「やべ、急っか」
斜面を急ぎ駆け下りて行くと、揺らいでいた洞穴の奥の壁が渦巻くみたくバラバラに解け
「ハァハァ……マジで終わんだな。ゲロの出そうなこの時間がやっとよ…はは」
その中心から顔を覗かせるのは、小匙程度の自由しか許されない塀の中であっても唯一変わらないでいてくれた水色。
「んならしゃあねぇやな。帰ったら最後の孝行に顔くれぇ出しに行くか」
透き通った眩ゆいその色は、シャバの自由に困惑する俺が、最初に飲んだ炭酸みたいに全身を突き抜ける。