3-47 アップアップTWO
side野木(玉理)
ザっザっザっザっザっザっザっザっザっ
「ハァハァハァっスゥーハァハァハァっスゥー」
っし、折り返しっ
変わらずと暗闇に佇む旅客機を横目にし、見えない壁に隔てられた逆側の通路へと足を踏み入れる。
けどこっから行って、動けない人間を運んでまた戻る…か。
ザっザっザっザっザっザっザっザっザっ
「ハァハァハァっスゥーハァハァハァっスゥー」
間に合う?いや考えるな。
ザっザっザっザっザっザっザっザっザっ
「ハァハァハァっスゥーハァハァハァっスゥー」
いつも通り不安は呼び込まず、ただ急げばいい。
……
…
ザっザっザっザザァー…
「ハァハァハ⁉︎ ハァ、ハァ、ハァ… 」
何だ…?
折り返しから暫く進んだ先、壁にもたれる二つの影が目に入る。
ザ、ザ、ザ、ザ…、ザ…
「ハァ、ハァ、ハァ……おい嘘だろ… 」
見覚えのある2人は既に絶命していたが、それ以上に驚いたのはその変わり果てよう。
ザ…、ザ…
「何で…ミイラ……、……っ、……っ」
その姿から吸血と言うワードが頭をよぎり、何かしら危険な生物がいないかと壁から天井を見回す。
はぁ…
何も居ない…か。
「………………… 」
ごめんな。
何があったのかは分からないけど、あの時強引にでも止めてやればもしかしたら…
今はこうして手を合わせることしか出来ないけど、2人とも、安らかに眠って下さい。
この旅で幾度も遭遇する不慮の不幸に、もう何度目かも分からない黙祷を捧げた時
『ズシュ』
「へ?……あ痛ァッ、イッタぁァーーッ」
何かが脛に突き刺さった。
ザザっ、トっ、ザザっ
「ッー〜っ、何何何、何なんだよっ」
慌てて後退りそれを見ると、男のミイラが血のついた布切りバサミを握っている。
ゴソゴソっ『ビィーーーーィ』
「ハァハァ…傷の深さは5cm未満。出血は…多分軽度。こんなの美沙子ならチョチョイだ」
そうやって出来る限り動揺を抑え、負傷箇所をテープでグルグル巻きに。
『ビィーーーーィ、ビィーーーーィ』
「こんだけ色々あって今更来るのかぁ」
ゾンビ映画観たばっかでずっと気合い入れてたってのに、出て来たのはデカワニと武装集団に怪獣。
そしてあの謎の黒ずくめによる、" 一つ目の答えは否 " ってので完全に油断してしまっていた。
もしかしてこれは黒ずくめの罠、とか?
『ビィーーーーィ、ビィーーーーィ』
「あぁー〜クソ、テメェに祈ってたんだぞっ」
" 情報は大事だが、何より目の前の事象を嗅ぎ分けろよ "
気を抜いた途端にこの有様。
本当にそうでしたよ先輩。
そしてズボンの上から傷口を四重にキツく巻き終えた頃、生気のないゆらりとしたらしい様でミイラは立ち上がる。
「にしてもゾンビ、美沙子が見たら卒倒しそうだな… 」
体格は173cm × 68kg対177cm × 57kg。
武器は鉄パイプ60cm対布切りバサミ25cm。
幸い女性の方は動かないみたいだから一対一。
ここはあの人みたくカッコ良く戦って倒したいところだけど、間抜けな俺は先手を取られて負傷スタート。
しかもゾンビのお約束と言えば不思議な怪力と理不尽な感染。
なら
『……… 』
「ラァっ」ーブォン
一当てして離脱す…『ガチィ‼︎ 』
反応したっ
ゾンビは目も顔も一切動かさず、ほぼ不意打ちだった頭部への鉄パクラッシュを左腕で止めた。
ザっザ、ザっザ、ザっザ、ザっザ
「何で受け切れんの?」
元の細腕が骨と皮になってるのにっ
ザっザ、ザっザ、ザっザ、ザっザ、ザっザ
「〜っ、この足をやられて逃げるのもぉ」
逃げれば逃げるほどに湧き上がる悪い予感。
ザっザ、ザっザ、ザっザ、ザっザ、ザっザ
「ハァハァ、誰かが襲われて苦しむのも〜」
背後を恐々確認すると、ヤツはストレッチするように肩や首を動かしていた。
ザっザ、ザっザ、ザっザ、ザっザ、ザっザ
「ハァハァハァっ全部嫌なんだよーー〜っ」
走れる系?
やめてくれっ
ダザッザザザッ
しかし願い虚しく不気味な気配は動き出す。
ザっザ、ザっザ、ザっザ、ザっザ、ザっザ
「ハァハァ、ハァハァハァハァっ」
だからな
ーザザッザザッザザザ
ザっザ、ザっザ、ザっザ、ザっザ、ザっザ
「ハァハァハァ、ハァハァハァっ」
皆んなの所には
ーーザザッザンッ〜
ズザァ
「行かせないィッ」
ー『ドッ、ドザァァァ』
追い付かれ飛び掛かられたと同時に振り返り応戦するも、鉄パイプを意に介さないヤツに強引に押し倒されてしまう。
『ー〜っ、ムフー〜っ」
「っッー〜クソがっ、どけコノヤロっー〜」
最後に喧嘩したのは学生時代。
『ザシッ』
「ぐぁァァーーーつ」
揉み合いの中、左胸、鎖骨のすぐ下に走る激痛。
「ハァハッ、俺は帰るんだよぉっ」
「ンハァ〜ー〜っ」
だけどこれは死ぬか生きるかの殺し合い。
「ンん〜〜っナメんなよクソだらがァアーーーー」
『ドフッ』
「ぉブ⁉︎ 」ードサっ
腹を思い切り蹴って跳ね除けると、ヤツは案外簡単に尻餅をついた。
「ブフゥ〜ー、ムフー〜」
「ハァハァっハァっ、経験値経験値… 」
初めて味わう奇怪な修羅場。
それとせめぎ合うアドレナリンの波が、頭の先から全身をジワジワと痺れさせ、突き付ける鉄パイプを小刻みに震わせる。
「こんな時こそ真骨頂ぉッ‼︎ コケみたいな髪の、ヒョロいゾンビ程度に負けるワケが無いんだよオォ〜ッ」
特別救助目指すこの俺が、今までにどんだけ鍛え、何度死線をくぐって来たと思ってんだ?
絶対に、絶対に美沙子と帰るんだ。
side咲
「あっ比奈先輩、ポーチお返ししますね」
" 私が戻らなかったらチーフに "
と預かっていたポーチはズッシリ重い。
「あぁちょい待って。あの、付けちゃって大丈夫ですか?」
「ハァハァ、好きにして」
顔はほとんど動かさず、視線だけをスッと動かしてはすぐ戻すと言う無駄のないその仕草は、彼の周りに見えない独特の壁を作っていた。
やっぱり真黎チーフ達とは違うなぁ態度。
「あ、じゃ私は。お手伝いする事があればいつでも呼んで下さい」
ポーチを返し終えた私は、少し前を歩く美沙子さんの横へ小走りで戻った。
「フーー〜っ私達、4人でも休み休みだったのに、シロさん早歩きみたいなペースでずーっと歩きっぱなしです。大丈夫なんでしょうか?」
ドロドロの化粧をマジマジと見られたくはないけど、少しも視界に入れてもらえないって言うのも女として微妙な気分。
「…そうだね」
「美沙子さん?」
「…ん?ごめんどうかした?」
ずっと気丈に振る舞っていた美沙子さんが、急に心ここに在らずなんて…
そんなの理由は一つしかない。
「ご主人…ですよね」
「あぁうん……、なんかごめんね?玉君の足なら行きの時間からみても、そろそろ来ててもおかしくないのかなぁって… 」
あれ?
「誰か、座ってます」
私がそう言うと、俯いていた美沙子さんは即座に顔を上げた。
「あ〜それ、多分死んでる。一応近寄らずに進んで」
その反応に気が付いたシロさんが、私たちを怯えさせまいとしてか後ろから教えてくれる。
「女の人、ですね」
「そうだね… 」
壁際にもたれている干からびた遺体を見て、心配の尽きない美沙子さんの表情は更に曇る。
「…大丈夫ですよ美沙子さん。あの真っ黒な怪しい人も言ってたじゃないですか。妨げるものは無いって。それに、ご主人はなんと言っても不屈の消防士さんです。もうすぐ来てくれますよ、きっと」
「うん、だね。ありがとう咲ちゃん」
けれど、それから1時間以上が経過しても、野木さんが私達の所へ来ることはなかった。