3-44 三日嬢’sのオオカミ少女
side比奈
『カクッ』
「す、すみませんっ。はぁはぁ…少し、少しだけ休憩しても、良いですか?」
膝が落ちかけた咲の言葉に、3人は頷くとゆっくりと私を下ろした。
それを見守る中央のチーフと左側の宇実果。
最後尾はこの6人のみになった。
明るくなったこの通路のずっとずっと先に、疎らな背中がいくらか見えるけど…
「ゴメン…なさい。私、結構ッ〜お、重いので… 」
見た目は引き締まってても、常に鍛えている私の体重は57kg超。
そして4人とは言え半分は女性。
この重量を運び続けるのは辛いと思う。
ーズグッ√ーズグッ√ーズグッ√
吐血は無くなったけど、腹部のかき回される様な痛みで話すのも辛い。
あそこで敢えて首を突っ込まなくても良かったのに、帰れるかと思ったら安心して素が出てしまった。
" やはり脆きものよな "
あの黒ずくめ、こうなることまで見越し私をを|右側〔こっち》に飛ばしたのだろうか…
「ー〜っ… 」
情け無い…
ーーーーー
15分後
ーーー
「はぁはぁ、はぁはぁ… 」
両手の痛みにギュッと目を瞑り、呼吸を整える咲。
あれから数分後に再度休憩し、その後吉田さん昭林さんら男性2人が数分運んでくれ、そしてまた4人で運んでくれたのちの今。
「はぁはぁっ大丈夫、大丈夫だからね、うん」
「はぁはぁ…そうやって、なぁ?」
「はぁはぁゴホっ、はぁはぁっですね」
汗ダクの野木さんと吉田さんが、むせる咳を我慢する昭林さんが、涙を滑らせた私を気遣ってくれる。
「本当に、ありがとう、ございます」
死にたくない。
こんな場所で。
「でもこのままっ、足手まといが居た〜ッら、皆さんまで…だからっ」
「先輩っ、大〜ッ丈夫ですよ。私全然平気ですっ」
「咲、ありがとう。でももう充分、だから」
「チーフっ」
何か言って下さいとばかりに訴えられたチーフが私を見るけど、私はこの状況にもう耐えられないと首を振る。
「…………比奈、本当に良いのね?」
するとチーフは、鎮痛な面持ちで私の気持ちを汲んでくれた。
「はい。咲、このポーチをチーフに渡して。必ず」
「っ…でも」
「いいから行きなさい。早くっ」
「緑川さん、行きなさい」
「ッ〜…、ヒ…〜ふヒっ、ゥふっ」
言葉が出なくなり泣き出してしまった咲は、子供みたいに目をこすりながらトボトボと歩き出した。
「野木さん、吉田さん、昭林さん、ここまで私の友人を助けて下さり、本当にありがとうございました」
「ありがとうございました」
「ありがとう、ございました」
深々と頭を下げてくれるチーフと宇実果に私も続く。
「「「…………… 」」」
野木さん吉田さん昭林さんは、困ったようにお互いの顔を見合わせる。
「本当の最後まで、こうやってお力を尽くして下さったお三方には、絶対に、絶対に無事、お帰り頂きたいのです」
そんな優しいこの人達の背中を押すように、頭を下げたままのチーフが凛とした口調でお願いをしてくれた。
動けない私は、せめてと思い目を閉じ心で重ねる。
本当に、ありがとうございました…と。
ザ…
ザ、ザ……ザ、ザザ、ザ
そして足音は、迷い迷いに遠ざかっていった。
「こうやって、3人になるのは久し振りね」
「それは比奈の付き合いが悪いせいですよ。いっつも」
「はぁ…ホントそうね。こんなことになるんだったら宇実果を見習って、もっと好きにすれば良かった」
「ちょっと何それ。私はアンタと違って人付き合いを大切にしてるんだけど?」
「とは言え少し抑えた方が良いかもね、松宮さんの場合は」
「真黎さぁんっ」
そんな他愛のないいつものやり取りから、出会った頃の昔話にまで花が咲いた。
「ーーだからさ、七不思議的に聞かれるらしいよ?鷲の爪事件。けど今だに謎だよね?あれで謹慎処分だけとか」
「あの時は会社も時期的に不祥事を避けてたし、あの男自身、裏で色々やってたらしいからね。神様はちゃんと見てるのよ」
「アンタがそれ言う?にしたってフライト前の機長に飛び蹴りとか絶対にないし」
あの病み機長、自殺決行の発覚がフライト直前だったから、場所を選ぶ余裕が無かったのよ。
「ふふ、貴女達は本当に良いコンビよね」
そうか。
「「「…………………… 」」」
ふと途切れた会話。
「あ、日付けが変わってる。やっとこ三日目… 」
ずっと時計を見ないようにしている2人に、時間の経過を、猶予がないことを伝える。
けど、それでも動こうとしない2人に対し、何を言おうかと考えている時
「あれ?」
「どうしました?ってあれは… 」
何かを見つけた2人が振り返る。
私も少しだけ身体をよじり、そっちに目を動かすと、絨毯の上を走って来る人影が視界の奥に見えた。
「シロさん…、どうして」
あの男か。
タっタっタっスタ、スタ、スタ、スタ
「ハァハァっフゥー〜、彼女を運んでた人ら、皆んな凄く辛そうでした」
「はい、とても優しい人達です」
「ですね… 」
「待っていて、くれたんですか?」
スタ、スタ、スタ、スタ、スタ
「いえ、見に来ました」
見に、来た?
「あ〜私っ〜ッゥ…私のザマを?アっハハっ」
「…………… 」
「和同さん、シロさんはそんな人じゃないわ」
「そう、ですか。でもチーフ、その男を余り信用しないで〜ッ、下さい。あの怪しい男と一緒に急に現れたし、黒ずくめが、あんなムキになった、ー〜っのがっ、絶対におかしいのでっ」
「あのシロさん、ごめんなさい。気を、悪くしないで下さい」
「チーフを迎えにっ、来たんでしょ?連れて行って、今すぐ」
「…和同さん」
「宇実果、貴女ももう行ってよね」
「………… 」
これ以上私には何も出来な…
スタ、スタ、スタ、スタ
「それくらいしか出来ないもんね?」
「っ⁉︎ 」
この男…
「和同さん、君の疑念はごもっともだよ。急に現れたのは皆さんが時間を止められていたからなんだけど、もしかしたらこれは、本当にオレの所為なのかも知れない」
時間を止められた?
何サラッと意味不……いや、そう言えば九鬼さんも風貌が変わって…
「そんなこと… 」
「でもオレの記憶は今現在も曖昧で飛び飛び。しかも異世界リンガルと来てる。どう考えても不可解でしょ?」
「もし仮に、仮に原因の一端で有ったとしても、傷だらけになってまで戦ってくれて、こうして最後まで私達を見捨てないシロさんを、私は信じます。絶対に加害者じゃない、被害者なんです」
「……、……、…はぁ。それで?墓穴を掘った君は2人を道連れにするの?」
チーフ宇実果、そして私と順に見たこの男は、ため息混じりに言う。
癪に触る言い方。
絶対にこの男は怪しい。
でも、チーフの言うことも分かる。
だから、私の疑念も悪態もここまでにしよう。
「時間切れ。悔しいけどこの男の言う通りだから早く行って」
「………なんかさ、うん。ちょっと聞いていい?」
踏ん切りのつけ切らない2人に対する問い掛けかと思いきや、その冷めた視線は私を捉えていた。
「何?」
「君、何が目的だったの?だって皆んな大なり小なり疑問を抱いてた中、誰よりも戦闘力の高い九鬼さんですら慎重に言葉を選んでいたんだよ?あの場では。2人から見た彼女は?普段から向こう見ずなタイプだった?」
「いえ。比奈はいつも冷静で……むしろ向こう見ずと言うか、感情的な私をたしなめてくれる子です」
「そうですね、私も同意見です」
「だよね〜」
こ、この男…
「ねぇ?君こそ何者?」
この男を見返せない私の目は、驚いているチーフと宇実果へと逃げてしまった。
「……ち違っ、わ、私はただ、偶々聞ける場所に居たから、皆んなが聞けないことを聞こうと思っただけで…痛ぅ〜… 」
「待って下さい。比奈はそんな子じゃっ」
「その感じだと、宇実果さんは同期?」
「はい」
「じゃ和同さんって付き合い悪くなかった?ステイ先とか休みの日とか」
何に勘付いてるの?
「そ、それは確かに…。でもそれはこの子が好き嫌いが激しいのと、元々一匹オオカミタイプだから… 」
「オッケーオッケー、今更動けない彼女をどうこうするつもりなんて無いから」
弁解する宇実果は心配そうに私を見る。
「けど一つ、まだ伝えて無かったんだけどさ、旅客機に残った人達、殆ど殺されていたんだよね」
「「「え⁉︎‼︎ 」」」
頭を殴られた様な衝撃。
「しかもその全てが刺殺。鋭利なもので刺されて殺されていた」
「ちょ、ちょっと待って下さいシロさんっ。殆どって生存者は、景織子は無事なんですか?」
「…その前にこの和同さん、移動当初に逸れたり、遅れて来たりとかは無かった?」
「わっ。私がそんなことするわけっ痛ぅー〜ッ」
「比奈っ」
「シロさん、和同さんは私達とずっと居ました。それにこの子は、何があってもそんな事をする子じゃありません。私が保証します」
「…貴女は人の善性ばかりを見がちなんですよね〜オレのことも含め。あぁ安心して下さい、CAさんと副操縦士さんの2人は無事でしたから」
「「「ー〜っ」」」
その言葉に安堵した私達は顔を見合わせる。
((同僚だから見逃したって線は無いのか))
っ…
コイツ。
「ほらその目」
‼︎
「殺し屋軍人工作員。飛行機って変な人が何人も乗って来るんですね〜、まるで映画みたいですよ。いや、異世界はアニメか?」
" 人に興味の薄い点は適しているが、お前は意外と態度に出る。気を付けろ "
「と…君についてはまぁいいや、本当に動けない様だし。それで2人は?どうするの?」
「…比奈、ー〜私は、生きます」
この人は本当にカッコイイな。
" 和同さん、貴女のシュッとした目元はこっちの色が似合うと思う "
" 化粧とか面倒なので "
" ホントね。でもこれ良かったら使ってみて。その面倒が、少しでも減るかもだから "
「真黎さん、貴女と出会えて色々と見方が変わりました。今まで、本当に、お世話になりました」
「比奈ぁ」
" えぇー〜、比奈も行こうよぉ…ね?"
" いや、私興味ない "
" もう、いい歳なんだからオタク趣味ばっかやめなよ。ハイ比奈も参加でー〜 "
「宇実果、ありがと。貴女のお陰で、楽しかったよ」
ウソつきな私が、ウソつきなままで心を許せた唯一の友達。
「比奈ぁゥぅ〜っ…ふっ、ぅ〜ーっ… 」
「松っ宮さん、立って」
泣き崩れる宇実果にそう言ったチーフは、さっと自分の眦を袖で拭った。
この職場、結構居心地良かったな。
「君、他人に興味薄いんだろうけど、最後まで側に居てくれたこの2人に感謝しなよ」
はぁー〜〜最後の最後に最悪。
動けない人間相手に説教するなよクズ。
渾身の蹴りをお見舞いしたい気持ちだけど、動けない私はこのいけ好かない男を視界から消すため目を閉じ、ひたすら無視することに決めた。
「シロさんっ」
「約束、ちゃんと守ってくれたから」
あ〜ぁ真黎さん、コイツのこと好きなのかなぁ。
まぁいいか。
皆んな、無事に帰ってね。
固く冷たい床石の感触が、三日で耐えられなくなったレンジャー教練を思い起こさせる。
嫌だ。
嫌だ。
嫌だ…
ザ、ザ
ザ、ザ、ザ、ズザっ
あれ?
何で足音が…
「え?は?あ、貴方、どう、して… 」
あの紅い絨毯を越えて来た?…ってことはもしかして壁が…
けどチーフも宇実果も、相変わらず見えない壁に阻まれていた。
「だから分かんないっての。ちょっと動かすから」
「ッ〜ー…ぁっッ」
そして私に括られた衣服の先を引っ張り、自身の体に結び付けていく。
シュシュッ
「あ〜、一つ確認」
「な、なん、ですか?」
突然手を止めた男の目は相変わらず冷ややかで、またどんな疑いを掛けられるのかと思わず声が上擦った。
「死にたくないよね?」
ダメだ
やっぱり私は脆い
弱い…
「〜ー〜っ、し、死にたく…ないっ。でも、でももう、置いていかれるっ…のは、イヤっ〜です」
「ん」
私の答えを流すような軽い返事。
それから手際良く私を負ぶった彼は少しもフラつかず、杖代わりと持つ二本の剣を地面に突き刺して言った。
ズサっ
「よっこら〜〜〜と。シっ、んじゃ行こうか」