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第二話 隻脚の眠り姫

   Ⅰ


 アリーナや部室に閉じ込められた体育会系の活声。文化祭での出し物で紛糾する会議。やまない夕立の音に、学校という生物が発する声が混じる。

「まだ残ってたのか。花金の夜だぞ」

「飲み会する仲間もいないものでね」

 ATMの部室に一人残っていたシンイチのもとを、ずぶ濡れのレインコートのままカズヤが訪れていた。PCではなく、反故紙に集合住宅の図面のような下書きをしている。

「うちの担任たちは職員室で飲んでたぞ。真っ先にオードブルの出前をさせられたよ。ご指名有難うございますだ」

「他所への出前の帰りか、カズヤ?」

「そうなんだ。うちだけじゃない。どういうわけか、あっちこっちの会社や組合から注文が入ってる。遅くまで会議らしい。ただでさえ、雨で出前の電話が鳴りっぱなしなところに」

 ほれ、と、カズヤは差し入れの唐揚げチャーハンをオカモチから取り出した。

「ユウんところも、雨で立ち往生した客で満杯だと」

 カズヤもユウも、帰宅してからは店を手伝うが、放課後は怪獣と戦うための特訓をしていた。ひたすら筋トレ、正拳突き、チョップ、回し蹴りといった格闘の基本である。

「幼なじみと水入らずで筒井筒のボディランゲージか。人によっては羨望の的だな」

「鋼鉄の俎と鋼鉄の角材でできた殺人ロボットに拷問される日々が、羨ましいとな?」

 本人がいないところでひどいことを言う。

「どんな未知の相手に対応するにも、基本からだからな」

「一介の女子高生でありながら格闘技に通じているユウも、存在がオーパーツだけどな。自分が持つスキル全てを、何が何でも僕に移植する決意がマシマシだ。僕の体、もつかな?」

「死にそうになったら加減するだろうさ」

「そして復活したら再開か。それ生き地獄って言わない?」

「まさに〔等活地獄〕。ところでカズヤ、今晩の出前先について教えてくれないか」

「弊店のプライバシーポリシーに反するので、お断りする。お客から口止めされてれば尚更にね」

「ほう、口止めされてるのか」

「だけど、出前に使った道まで教えるなと言われたわけじゃない」

「拙僧のやり方まで飲み込んだようだな」

 シンイチが印刷した地図に、カズヤは蛍光ペンを走らせた。

「この経路、行く先々の企業に共通点があるな」

「共通点ねえ――」

 カズヤは腕を組み、本日のルートを思い出した。

「地元の信用金庫や、保険代理店。チェーンの学習塾や予備校、そして……」

「うちの他にも学校はなかったか? 私立高だ」

「なんでわかった? いや、分かったも同然だから話すけど、隣の駅の鷹山学園、実はここに来る前、あそこの職員室に出前してきたんだ。でも、それがどうかしたのか?」

「正式な起動前だが、プレオープンしたATMには早くも情報が集まってきていたな」

「ネット経由の情報なんて当てになるのかね」

「無責任な匿名掲示板じゃないさ。皆、確かなIDを持ったATMの隊員だ。噂の又聞きではなく、自分の足で赴き、自分の目と耳で集めた情報を転送してくる。君が出前した会社や団体、いずれも六月の決算報告を前に、不正経理や使い込みが発覚している。会議の内容は、本部への報告や、帳尻合わせ、そして責任者の追求だろう」

「で、小遣い帳の管理ができない団体の一つである鷹山学園がどうかしたのか?」

「拙僧がATMをどのような形で再結成するか、以前も話したろう」

 シンイチが立ち上げようとするのは、二十年前に地球を守った警備隊・ATMとは、名を同一にして異なる組織である。怪獣多発期に開発した武器は、すでに自衛隊他の各国軍隊に譲渡されている。新生ATMは、怪獣を〔自然災害〕と捉え、その早期発見を民間――。特に柔軟な発想と行動力を有する高校生に委ねようというものだ。自衛隊は、〔民間〕の要精に応じて必要な戦力を提供する。

「軍隊が、高校生と協力してくれるのか?」

「作戦において最も大事なものは何だと思う? 火力じゃない。『情報』だ。我々新生ATMは、全世界の二百五十万を超える隊員を通じ、旧ATMですら得られなかった情報網を構築している。それらの提供と作戦立案を抱き合わせで販売したのさ。そして早速、宇宙人とか宇宙船を見た、という情報に限らず、近所の些細な『異変』の通報を全世界高等学校のATM隊員計二百五十万人に依頼している。今回は、鷹山学園の役員室付きの事務員が、日に何度も銀行を訪れて記帳をしているという情報を得た。学校法人が取ってつけたような理由で、保護者に寄付や学校債の購入を求めたりとかな」

「職員に宇宙人が紛れ込んだのかな」

「昭和五十年代に、実際そういう侵略計画があったらしいな。優秀な教員として採用され、地球人の残忍さや愚かさと、宇宙人の賢さと平和志向を誇張して教えこみ、長期的なヴィジョンで地球に武装を放棄させようとした」

「ああ、そんな記録があったな。どうして失敗したんだっけ?」

「教員免許の更新をうっかり忘れたんだ」

 シンイチが差し入れをありがたく頂戴している間、カズヤも部室の端末をいじって記録を閲覧してみた。コストパフォーマンスの良い部品で組み上げた端末は、世界中のATMに繋がっている。

「本当だ。『県の監査でひっかかって正体が露見』って、お互い間抜けにもほどがある」

 新生ATMに、実在する〔基地〕は無い。麹山高校の端末を拠点とした、仮想空間が対策会議の場だ。WEB会議アプリを立ち上げ、ログインすると、シンイチが自作したとおぼしき〔ATM〕のロゴを掘った扉が開き、円形劇場のような空間が広がった。数名、プレオープンした〔本部〕に入室した他校支部長の姿が見える。端末のWEBカメラで撮った姿を投影したものだ。映像だけでなく、マイクで拾われた雑音もスピーカーから流れてくる。

「なんだ。もう完成してるじゃないじゃないか――。おいおい、スープ全部飲むなよ。出汁とタレの他は、化学調味料とラードの塊だぞ」 

「分かっているが、それがやめられなくてな。侵略者が本気でラーメンを作ったら、人心掌握なんて簡単だろうな。君の言うとおり会議室としての機能、骨組みはできている」

「じゃあもう九割方できてるじゃないか」

「ちょっと覗いてみてくれ」

 シンイチは、カズヤをWEB上の仮想基地に案内した。

「……ここ、留置場か?」

「とりあえず拙僧が構築してみた作戦会議室だ」

 二人がいるのは、四方が灰色の壁に粗末な事務机が置かれた仮想空間だった。

「というわけだ。君の店では、客に足が折れた椅子や、縁の欠けた皿や丼を出すのかね?」

「出すわけないだろ。うちに限らず飲食店は、お客に快適に過ごしてもらうための空間だ」

「ATMからもそのコンセプトを外したくない。いざ入室すれば、地球の命運を両肩に担うという意思を確固たるものにする時空間でなくてはな」

「黒部シンイチ隊長におかれてはデザインに拘るわけか。WEBデザイナーでも呼ぶのか?」

「予算がない。実は適材に心当たりがある。中学校時代の同級生だ」

「お前さんの出た中学校って、いわゆる国公立大受験専門の全寮制私学だったよな」

「そうだ、カズヤ。貴重な青春時代を棒に振ったクッソ面白くもない学生生活だったが、それなりに得るものもあった。数少ない学友の一人で、小山内アキラという」

 シンイチは腕を組み、珍しくため息づいた。

「断られたのか?」

「だとしたら諦めがつくんだが……。メールで済ませるのも礼を失すると思い、郵送で依頼の手紙を送った。ところが、未だ返答がない」

「お前さんと違ってそのまま進学校コースなら、勉強が忙しいんだろ」

「さっき言った鷹山学園の生徒だ。おっと、これはからかおうとしたわけじゃない。今のところ、ただの偶然だ」

「お客からの噂によると、朝の八時に登校してまず自習。授業は予習が前提。休み時間も受験勉強。放課後も夜の九時まで特別講習があるとか。そんな学校なら、ATMの活動なんてできないんじゃないのか?」

「〔ラーメン菱美〕の情報網も侮れないな。だが、嫌なら嫌、駄目なら駄目と、即座に、はっきりと断る性分なんだよ、彼女は」


 黒部シンイチがなぜ自分を「拙僧」と呼ぶのか、カズヤは深くは知らない。

「亭主に部下の女と駆け落ちされた母が、半ば精神を病んで仏教に昏倒し、『前世からの業を断ち切る』と嘯かれ、小学生の息子を僧侶の養成施設に放り込んだ」と店の客がのたまっていたが、百%フェイクだろう。自らの意思で施設は出たらしい。ただ、道端の地蔵菩薩や行き倒れの猫に念仏を唱える立ち居振る舞いは堂に入っていて、出来の良い小坊主であったことは伺える。年がら年中体育会系の合宿のようだとされるその養成施設で、シンイチははたして何を悟ったのか。

 一度だけ顔を見たことのあるシンイチの母は、業に囚われているとは思えない穏やかな表情だった。一度だけ会った中学時代の同級生は、その頃から優秀だったと言っていた。それこそ鷹山学園のような進学校に推薦でも行けたはずなのに、レアリティとしては平凡な麹山高校を選んだ。教科書を読んだだけで応用問題まで解けてしまい、同級生の追試の面倒まで見てやるという、落第点寸前で水平飛行しているカズヤにとっては、よほどエイリアンに見える存在だったが。


   Ⅱ


 その小山内アキラは、とある部屋に閉じ込められていた。

 濃いスモークが入った窓ガラスからは、外は見えない。エアコンが冷やしているのは、五十台ものPCの群れだ。スピーカーはついておらず、ディスプレイがその仕事を映している。四十台は刻々と変化する数十本の棒グラフを作成し、十台は自動的に慇懃なメールの文面を作成していた。

 目を覚ますと、頭の横にタマゴサンドとパックの野菜ジュースが置かれていた。命をつなぐために最低限必要な糖質脂質蛋白質ミネラルというわけだ。

 手足が拘束されているわけではないので、アキラは唯一の出入り口に向かった。白く塗られた鋼板製の扉だ。電子ロックと一体となって部屋をぴっちりと封じ、声すら外に漏らさない。ドアノブは、アキラが回そうとしてもピクリとも動かない。

 扉の向こうにキーを打つ気配を覚え、アキラは急いで扉から離れ、食事を再開した。

「やあ、どうもどうも。生きているようだね小山内アキラ君」

 不躾な挨拶で現れたのは、なんと、ヴォーダン星人だった。先日カズヤにズークを倒され、ついでに自らもコウジに倒され、現在勾留されているヴォーダン星人とは別個体である。以降区別すべく、先をヴォーダンA、今回の個体をBと呼ぶことにしよう。

「さて健康チェックだ。大事なお姫様だからねえ」

 ヴォーダンBは断りもせず、手に持った非接触式検温計に似た器具をアキラに向けた。電波が彼女の体を頭のてっぺんから左足の爪先まで、ゆっくりと舐めおろしていく。

「毎度毎度懲りずに、断りもなく人を裸にひん剥く真似を。文明文化ともに地球人のはるか先を行く知性あふれる生命が、随分な無礼を働くものだ」

「君たちは毛をツルツルに剃った猿相手に、失礼なんて感情を抱くかね?」

「君だって毛が無いじゃないか」

「進化の過程で不要な物は削ぎ落としたんでね」

「発展途上で悪かったね」

「これはこれは。未開種族の自尊心を傷つけてしまったようだ。では名誉挽回の機会を与えよう。こちらにお出ましいただいて一週間になるが、私の目的が分かるかね?」

「アダルトサイトの利用料を払わないと訴えるっていう古典的な詐欺に勤しんでいるんだろ。侵略も金がかかるねえ」

「君は地球人の中でも比較的知能指数が高い部類に入ると思ったが、外見と中身は比例しないものだ」

 ヴォーダンBは鼻で笑った(鼻はないのだが)。

「マイニングだよ」

 ヴォーダンの言う[マイニング]とは、暗号通貨取引の「お手伝い」をして報酬を受け取る作業である。「一刻も早く『手伝うぜ』と手を挙げて仕事を終えないと報酬を受け取れない、早いもの勝ちの仕事」だ。高性能の計算機に加えて、それを冷却する設備を駆動する電力を要する。さらに機器を常に最新の状態に保つ知識と資金が必須となる。

「地球では量子計算機が実用化されたばかりだから、調達に苦労したよ。ようやく一軒、個人で手作りしてる業者を見つけたがね」

「一人で搬入してプログラムも組んだのかい? 見かけどおりのナードだね」

「まさか。業者に任せたよ。こちらの経済にも貢献したんだ。今の所ウィンウィンだろう」

「今のところはね。怪獣の養殖には、それだけ金がかかるってわけか」

「養殖ではなく製造と言いたまえ」

「節約はけっこうだけど、捕虜の扱いくらい条約を守ってもらいたいね。ベッドもテレビも置いてないなんて」

「あと一週間の辛抱だよ。君のデータを取り終わったら用済みだからね」

「経済で地球を侵略するかと思いきや、結局古典的な怪獣メソッドか」

「ただの侵略なら容易い。私が実証しようとしているのは、他の惑星にも応用できる、いわばビジネスモデルだ。あと一月もすれば、私はゲームで勝ちを収めるだろう。君たちが抱く典型的な帝王のイメージよろしく、各家庭の映像端末に、私が毎日顔を出してやろう」

 適当な健康診断を終えたヴォーダンBは部屋を後にし、アキラはその場に残された。彼女の右膝から下は無い。中学三年生の春、右膝に違和感を覚えたアキラは最初に形成外科を受診し、いくつかの段階を経て骨肉腫と診断された。摘出手術は間に合わず、右膝から下の切断を余儀なくされた。


 カズヤが出前から戻ると、入れ違いにコウジが出かけるところだった。

「また飲み会かい、父さん?」 

「ただの楽しい宴会ならいいんだがな。胃が重くなる会議だ」

 商工会の会計を務めるクリーニング屋の店主が、会の金を怪しげな投資に回し、溶かしてしまったという議題だ。

「あなた、カズヤにそんなこと話していいの?」

 いつもより早く暖簾をしまったリリィに咎められたが、コウジは構わず「いいんだ。こうして働いている以上、カズヤも商工会の一員だ」と、続けた。

「なんで自分の金じゃなく?」

「とっくに使い切ってしまった。それで懲りればよかったものを、単に運が悪かったと思いたかったんだな。投資先を変えてリベンジを図り……」

「挙句スッテンテンか。もうパチンコと同じじゃん」

「〔プロスペクト理論〕と言うそうだな。人間はパチンコで損したらパチンコで、麻雀で損したら麻雀で取り返さないと気がすまないようだ」

「解約すればいいんじゃないのか?」

「一般的に投資っていうのは、途中で解約するとペナルティが付く。『三ヶ月見逃してもらったら倍にして返す』と言っていたそうだが」

「でも不正がわかった時点で、とにかく返すのが筋だろ」

「全くお前の言うとおりだよ。でもな、相手は一緒にイベントやったり飲み会してきた仲間なんだ。会には他に、中学時代からの同級生もいる。取り立て屋みたいな真似は気が引けるっていうのもある」

「でもさ、それって使い込んでも罰を受けないってことだろ。バカバカしくなって、後継ぎが商工会に入らなくなるんじゃないのか?」

「お前は呑気そうな顔して、とんでもない飛び道具を撃つなあ」

 苦笑いしながら、コウジは雨の中を出かけていった。


「君のご母堂のシヲリさんも会合には出たはずだったな。どういう結論に達したのだ?」

 翌、土曜の放課後。弁当を終えたシンイチとユウは、昇降口でカズヤを待っていた。

「ほら、うちの斜向かいに惣菜屋さんがあるでしょ? 小学生の頃にくだんのクリーニング屋の親父さんにいじめられていたからか、何がなんでも返せって責め立てるのよ。クリーニング屋の親父さんもキレて店を売り払うと喚いたら、同席していた奥さんに引っ叩かれて。泣きわめく奥さんをうちの母さんが宥めて」

「利息がついて次回持ち越しか。地獄絵図だな」

「カズヤにも訊いたんでしょ?」

「それがコウジさん、へべれけで帰ってきて何も覚えてなかったそうだ。そのまま小上がりで寝て、今朝リリィさんにどつかれたと。麹山は地獄の百貨店だな」

「地獄なら坊さんの出番でしょうに。行って念仏唱えてやれば?」

「拙僧が血の池地獄に入るから嫌だ。お、来たぞ」

 カズヤが遅れたのは、日課の特訓後の着替えついでに職員室に寄り、あるものを取ってきたためである。

「知らなかったよ。シンイチ、お前転校するんだな」

「えっ?」

 ユウは驚いたが、シンイチは手を左右に振って否定した。

「『居心地の良い場所に真の青春はない』という格言があるが、ねぐらを変えるつもりはないよ」

「じゃあ何だってぼくに、見学の紹介状なんて取ってこさせたんだ?」

「通行手形と言えるし、鼻薬とも言えるな」

「あら、数えてみたら三人分あるじゃない。なんであたしたちの分も?」

「校内を動き回るには、目と足は多いほうがいいからな。さて行こうか、学問の府を自称する〔鷹山学園〕に」


〔梅ノ木〕の高架のプラットフォームからでも見える白亜の校舎は、くすんで罅が入っている麹山高校の校舎とはえらい違いだった。

 校門から一歩足を踏み入れただけで、カズヤもユウも異質さに気付いた。

「今日は休校日か、シンイチ?」

「それとも部活の試合か大会があって、全員で応援に行ってるの?」

 廃校のような静けさだ。普通の高校であれば、土曜の午後はほぼ全生徒が残り、部活の喧騒で満たされているはずだ。

「どちらも違うな。ほぼ全生徒が校舎に残っている」

 カズヤとユウは、異世界に迷い込んだかのような表情を互いに見合わせた。

「この時間、生徒は殆どが〔自主特訓コース〕という補講を受けている。一年から三年までの全員が、国立、公立、私立大学と学部別に分かれ、受験専用の模試を受けている」

 受付でシンイチの紹介状を見せると、教務主任とおぼしき職員は気持ち悪いくらい顔をほころばせた。彼が転入すれば国立大への輩出者が一人増えるとでも当て込んだのか。ついでにくっついてきたカズヤとユウの紹介状を見ると、「お前たちみたいな潜水艦(常にナミの下)には用は無い」と言いたげに、怪訝な表情となった。

「先週あれだけTVに大写しになったのに、あんたの顔、知らないみたいよ」

「TVも見させてもらえないんだろ」

 さっそく補修の様子を案内しようとする教務主任に、シンイチは「まず食堂を見せてください」と答えた。


「ここは八大地獄のうち何処に当たるんだ、シンイチ?」

 鷹山学園の学食で、「定番」とされるAセットを一口かじり、カズヤは呟いた。滅多に出さない不快の表情だ。隣のユウもナポリタンを一口かじり、不味さを皺の形で現した。

「どこだと思う?」

 一人ラーメンをすすって、シンイチは問い返した。

「畜生道か、殺生地獄。この〔白身魚のフライ〕と称するシロモノ、切り身じゃなくて、擂身だ。調味料を工夫したわけじゃなく、本当にただ揚げただけ。ひたすら不味い。ご飯も不味い。古米ってレベルじゃない。保存に失敗した事故米を持ってきたな」

「チェーン店のお子様ランチ、知ってるでしょ? どうせ子供には味はわからないだろうって、味は二の次で形だけ整えてるカツやハンバーグがあるのよ。その類ね。安い赤ウィンナー使うのはいいけど、味もつけてない」

 ユウも同様の感想だった。

「安い材料とはいえ、元は同じ命だ。感謝を伴わない形で出すのは、料理人としては不快だ」

 それでも食べ物を無駄にはできないと、カズヤとユウはなんとか皿をきれいにした。

「これで安いならまだしも、いっぱしの値段がしたな」

「途中でピンはねしてる奴がいるのよ」

「校長か、理事長か、あるいは発言力のある理事か評議員か。いずれにせよ誰かが業者と癒着してるんだろうな」

「で、わざわざ不味い食事で僕たちを不快にさせるのが目的なのか?」

「確証を得るための布石だ。自分ひとりでなく、一緒に納得してもらいたくてな」

 三人は食堂から一年の教室に向かった。途中、体育館の脇を通ったが無人であり、図書室を覗いてみたが書架はガラガラだった。補講というのは、入試問題の過去問や模擬問題をひたすら解きまくるというものだった。

 シンイチは、一年生の五クラス全てを覗いた。

「そこまで」という教師の号令を待って、一のBの担任に声をかける。

「小山内アキラは、来ていませんか?」

 他校の制服を着た侵入者を胡乱げな目で睨んだが、見学者の札を見て、渋々答えた。

「知らんよ。他のクラスじゃないのか?」

「ここで間違っていませんよ」

「じゃあ先に帰ったんだろう」

 ユウがたまりかね、会話に割って入った。

「あんた自分の生徒なのに出欠も把握してないの? もういい。ちょっとそこのあんた、小山内アキラって子、知らない?」

 完全に初対面の男子生徒を捕まえて尋問する。ユウに気圧され、生徒は即答した。

「知らない。新学期のころはいたけれど、一月くらい前から見ていない」

「サンキュ。その採点マシーンよりよっぽど役に立つわよ」


「ご覧のとおりだ。成績低迷は容赦なく留年。校内暴力や万引などの犯罪、喫煙、原付免許の取得がわかれば即退学だ」

「優等生には最適の環境だな」

 駅に戻ったカズヤたちは、バスに乗り換えていた。

「入試問題以外の問題に、自力で立ち向かう力を奪ってしまうがな」

「で、次にあたしたちはどこに向かってるの?」

「小山内アキラの自宅だ」

「この個人情報にうるさい時勢に、卒業生名簿なんてあるのか」

「ATMの情報網はネットだけでなく、アナログ手法もあってな」

「お前ひょっとして、今までの同級生の住所録作ってるとか?」

「袖擦り合うもなんとやら。同級生の他に、挨拶を交わした間柄の人およびその家族の住所電話番号勤務先学校電話番号部活交友関係、知りうる限りすべての情報をだな」

「あんたに宿題で世話になってなきゃ、通報してるとこだわ」


 などと言っているうちに小山内アキラの家に着いた。住宅街に建てられた平凡な家だが、向こう三軒両隣に比べるとやや小さい。カーポートもない。狭い庭から裏手にかけて、雑草が生い茂り、庭木も伸び放題。不心得者が投げ入れた空き缶がそのまま放置してある。

「さて、どうアプローチすべきか?」

「お前に言われたとおり、うちの冷凍餃子持ってきたけどな」

「たのもおーう。たのもおーう!」

 男どもがヒソヒソ話している間、ユウはとっととインターホンのボタンを連打していた。

「お前には思慮とか遠慮というものがないのか! 道場破りに来たんじゃないぞ」

「観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空――」

「お前は托鉢しに来たのか、シンイチ」

 応答はないが、めげず、インターホンをゲーム機のボタンのように連打するユウ。平凡な常識人を自負するカズヤはハラハラしながら見ていたが、住民は根負けしたようだ。

 無言で扉が開いた。怪しい訪問販売か宅配詐欺とでも思われたか、敵意むき出しの目で睨む中年女性は、アキラの母である。シンイチ住所録からミカゲという名はわかっている。

(こりゃひどい)

 ミカゲはひどい有様だった。美容院すら行っていないのか、肩まで伸びた髪は使い古したモップのようだ。ブラウスはアイロンもかけず、皺が蜘蛛の巣のように張っている。

「どなた?」

「中学時代の同級生の黒部シンイチといいます」

「黒部――」

 初対面でありながら、ミカゲはシンイチに敵意の光線を浴びせた。

「これ、つまらないものですが」

 慌てて出した冷凍餃子を、ミカゲは当然のようにひったくった。

「何の用かしら?」

「アキラさんに頼みたいことがあるんです。会えませんか?」

「娘は今受験勉強で忙しいの」

「まだ高校一年ですけど」

「スタートは早くしないといけないの。高一でも遅いくらいよ」

「その後は?」

「は?」

「小山内君は、どんな学部を目指しているんですか? そして卒業後の進路は?」

「国家公務員よ!」

「どこの省庁ですか?」

「それはこっちが決めることよ! あなた何様? あの人みたいな尋問をして。この国では、それが誰でも認める成功の道なのよ。私みたいに短大しか行っていないと、三流の男しか相手にしてくれないのよ!」

「失礼しました。参考までに伺ってみただけです。どうしてもお会いできませんか?」

「――顔を見せれば気が済むのね?」

 ストーカーよりはましだと判断したか、ミカゲはアキラを呼んだ。

 アキラは、一階の奥から現れた。二本の足で歩いて、である。着ているワンピースが、似合わなかった。無論シンイチは、アキラの右脚のことは承知している。

(歩き方が自然すぎる。最近の義足はあそこまで性能がいいのか?)

「黒部君。久しぶりだね」

 カズヤもユウもシンイチも、近所の通夜に参列してきた。老人の死に顔よりも冷たく、精気を感じさせない能面だ。喉からではなく、腹話術で出しているような声だった。

「仇敵である君と再会するとはね。私が一日の三分の二を費やして勉強しているのに、君はゲーム片手に学年首位だった」

「人には得手不得手というものがあってね」

「おじゃまするわよー」

 シンイチが話している間に、ユウは靴を脱ぎ捨てて、ずかずかずけずけと家に上がり込み、アキラが出てきた部屋に入った。

「ちょっと、何するのよ!」

 ミカゲは焦って止めようとしたが、ユウの歩速は圧倒的だった。

「優等生の部屋の空気を吸えば、頭良くなるかと思って」

「ああすみません。うちの幼馴染、性格は悪いやつなんですけど素行も悪くって」

 なってないフォローをしつつ、カズヤも小山内家の廊下を踏み入っていく、

「帰ってッ!」

 ミカゲは小走りになってやっと追いつき、ユウの手首をひっつかんで連れ戻した。

「あんた、TVに大写しになったからって調子に乗るんじゃないわよ!」

「あ、見てたんだ。はいはい帰ります。ほら、帰るぞユウ、シンイチ」

 二人の手を引っ張って、カズヤは小山内家を後にした。


「で、どうだったんだ。二人揃って、打ち合わせもなしにアドリブかまして」

 角を曲がったところで、カズヤは二人を質した。

「ユウの突撃の甲斐あって期待以上の収穫だ。間違いない」

「やっぱりお前さんが嫌われてたから、仕事受けてくれなかったのか」

「あれは偽物だ。いいかね、拙僧の知っている小山内アキラ女史は、冷たいのではない、『クール』なのだ」

 シンイチは、熱く語った。

「クールなんだ」

「そうだ。除湿剤の代わりに置いていていいほどの人物でな。恨み妬みを抱いていたとしても、ネチネチ漏らすような無粋な真似はしない。あれは偽物だな」

「たしかに、地球人に擬態するのは侵略性宇宙人の定番メニューだけど」

「ユウ、あの劣化コピーが出て来た部屋を覗けたんだろう?」

「木地の本棚にデスクにパイプベッド。女の子の部屋じゃないわ」

「偽物だとすれば、本物は消されてるのか?」

「利用価値があるから偽物を作った。だが、あの複製は不完全もいいところだ」

「それなら、なぜ母親が一緒にいるの?」

「助けを求めれば殺すぞと脅されているのか。あるいは……。いや、憶測はここまでにしておこう。彼女が学校に来なくなった時期と、怪しげな投機熱が巻き起こった時期が重なる。片方の蔓を引けば、同じ根にたどり着くかもしれん。カズヤ。例のクリーニング屋の店主、次は何処に投資すると言っていた?」

「〔ミストフローラ〕とかいうIT企業といっていた。暗号通貨とか海外投資とか、要するに人の金を転がす仕事を扱ってるとか……」


  Ⅲ


「もう少しで君は用済みだ。足掻いてみるかね?」

 昨日と同様にアキラの体をスキャンし、ヴォーダンBは呟いた。

「身体的なデータは漏らさず取り終えている。欠損した右脚も補正した。そこに、君の母親が望む『君』を入力した。ヴォーダン本星では労働力として使う有機アンドロイドだがね。君が栄誉ある第一号だ」

「欲しくもないトロフィーを押し付けて、何を狙っているんだよ」

「私一人で地球全土の支配は無理だ。君のような優秀な頭脳の持ち主を社会から切り離し、私を手伝ってもらう」

「憲法では職業選択の自由が保証されていていてね」

「君の国の憲法を私が遵守する義理はない。背に腹はなんとやらという。腹が減るか、あるいは目の前で誰か一人を処刑すれば、命令を聞くだろうさ」

「無駄だと思うね」

「アストロマンがいるから、などと月並みなことは言わないでおくれよ」

「違うね。地球にはATMがあるからさ」

 ヴォーダンBは、アキラにもわかる声で笑った。大笑いした。

「君の旧知が復活させた、あのままごと組織かね? 本家の方も、前任のアストロマンヘプタに助けられていただけじゃないか」

「へえ、ヴォーダン星人は饅頭の皮だけ食えば満足するんだな」

 アキラは頬を叩かれ、転がった。

「嫌味を言う前に現実を認識したまえ。君は現に、単独では逃走も叶わず、あまつさえ助けも求められず、こうして私に行動を支配されているのだ」

「そうだね。武器はおろか工具一つ無い。制服は着てるが丸裸同然だ。おまけにシャワーもないと来た。すっかりマニア好みの体臭だ」

 アキラは、口端の血を拭きもせずに言い返した。

「地球人に擬態している時なら別だが、この本来の姿であれば君たちとは嗅覚が違ってね。だからいっこうに構わんよ」


 異常な投機熱による被害は、津波となって拡がっていた。

 麹山駅前商店街に限らず、飲食店は二次三次的な噂が流れ込んでくる。クリーニング屋のような小規模店だけでなく、公益的な事業をする財団法人や社団法人、宗教法人、社会福祉法人の役員が金をつぎ込み、理事会で取り沙汰されているという。

「で、なんであたしがあんたと、貴重な休み潰してお茶飲まなきゃいけないのよ」

「この喫茶店が、格好の張り込みポイントだからだろ。シンイチが言ってたじゃないか」

「ふ、二人っきりなんですけどぉ」

「シンイチは情報収集で本部から動けないんだ。それに、僕たちの出番が意外に早くなるかもと言ってたろ。だいたいユウ、何だよそのファッション誌に載ってるモデルみたいな格好。立ち回りしやすい服装でって言われただろ?」

「うるさいこの鈍感ッ! だいたいなんで窓の外ばっかり見てるのよ。正面見なさいよ!」

「正面にはお前しかいないじゃないか。それじゃ張り込みにならない。文句言う前に仕事しろ。ほら、ターゲットが出てきたぞ」

 カズヤとユウは、梅ノ木駅に近いビルの二階にある喫茶店に、向かい合わせに座っていた。窓際の席からは、反対側のオフィスビルの入り口を見下ろせる。

「出てきたぞ。あの男だ」

「うわやだ本当。三日前に撮ったっていう写真と、同じ服じゃない」

 この店、この席から向かいのビルを睨んでいたのは、二人が初めてではない。他校のATMのメンバーが入れ代わり立ち代わり、あるいは防犯カメラの映像を検証し、ビルに出入りする多くの人間の中から、一人の人物を抽出していた。ヴォーダンBは気付いていなかったが、この時点で、彼への包囲網は狭まり、閉じられようとしていた。

「シンイチのやつ、すごい情報網を作ったもんだ」

 ヴォーダンBが潜むビルを見つけ出したのは、新生ATMの中でも〔ビル探索部門〕と呼ばれる組織である。駅ビル、高層のオフィスビルから、居酒屋や小規模オフィスが入り込む街角の雑居ビルまで。そういったビルに入るテナントに興味を抱くにとどまらず、関係者しか入れない屋上・地下室・他秘密の扉に入りたくて入りたくて仕方ない小学生並みの欲求をこじらせた連中を、シンイチが言葉巧みにスカウトした連中である。

「秘密基地の捜索と称して、めぼしいビルに入り放題。そりゃ協力してもらえるはずだ」

「それで、借り主の素性が不明なまま、一フロアどころか大半をまるごと借り切ってるのが、あの建物ね」

 シンイチは未完成ながらもATMの情報網・人脈を駆使し、多くの融資を集めている数社が、実態は〔ミストフローラ〕という、暗号通貨を扱う会社であると突き止めていた。

「でも調べてみたら〔ミスフローラ〕が暗号通貨を扱ってる実態は無かったのよね」

「扱っていることは扱っているが、形式だけで、配当できるほどの稼ぎじゃなかった」

「定款に記載されてる役員を当たってみたら、小遣い稼ぎにネット経由で名義だけ貸したって人ばかり」

「しかも登記された本社の住所は、取り壊しが決まった廃ビル」

 そこで追跡は途切れなかった。シンイチはまず、近隣で自作PCを受注する小規模店を数件当たった。偽名での注文だったが代金は気前よく支払われ、五十台のPCは全て納入されたという。それらのPCを収容する部屋の賃貸、稼働し冷却するための大口電力契約を探り当てた先が、今二人の目の前にあるビルというわけだ。

「プログラムを発注した業者は、さすがに分からなかったわね」

「向こうも営業上の秘密があるしな。うちのタレや、ユウの所のタルタルソースと同じだ」

「『やっと見つけた』と言いたいところだけど、見つけてみれば随分間抜けね」

「ビルに勤めているにしては昼も夜もなく時間が不規則。二週間前から同じスーツ。地球に紛れたつもりが逆効果だ。あ、駅に向かった」

 ユウは、シンイチに作戦開始のメールを打った。


 神奈川急行の車両にヴォーダンBが乗り込むと、同じ車両に、制服を着た高校生たちが乗り込んできた。女子生徒男子生徒、しかもどこからきたのか様々なデザインの制服、ジャージ、ユニフォーム。試合か模試か大会か合宿か。車両はたちまち乗車率二百%に達した。

「ぐぇえぇえぇえぇえぇえーっ!」

 現金が詰まったアタッシュケースが、ヴォーダンBの肋を圧迫した。地球人からかき集めた出資金だ。ネット送金では足がつくので、引き出して一つ隣の駅の地方銀行に預け入れようとしたところ、想定外のラッシュに見舞われた次第だ。

 しかもこの学生たち、降りない。おかげでヴォーダンBは降りる予定の駅を乗り過ごした。駅に停車するたびに乗客は増える。しかも全てが学生だ。

「ええい、降ろせ!」

 学生たちはヴォーダンBの言葉など聞こえぬふうで、好き勝手な雑談や携帯ゲームに興じている。ニュースを見たらしき女子生徒が「梅ノ木あたりで停電が起きて、復旧に二時間くらいかかる」と呟いていた。

 結局ヴォーダンBが降りられたのは終点の藤綱だった。精算し、慌てて手近な銀行に駆け込み、自動預払機に預け入れた。

「片道でまた一時間か――」

 侵略の進捗はまだしも、電車で乗り過ごしたなどと他のヴォーダンからは物笑いの種だ。

(日本は電力は安定していると聞いていたのに、二時間の停電だと?)

 本当に停電していたとすれば、PCも機能していない。はたして、梅の木のビルに戻ったヴォーダンBが目にしたものは、すっかり無惨な姿に成り果てたアジト――。地球人から金を搾取する鉱山の跡地だった。唸りを立てていたタワーPCはコードを引っこ抜かれ、壁際に四角錐のように積み上げられている。その頂点が達した天井の一部は、ぽっかりとパネルが外されていた。

(逃げられた! 車両に閉じ込められ、乗り過ごした二時間弱。小山内アキラは不自由な右脚を引きずり、PCを一台ずつ、おそらく背に乗せて這って運び、脱出のためのタワーを積み上げたのだ)

 ヴォーダンBは扉も開け放ったまま、直ちにビルから逃げ出した。脱出を許した以上、この拠点も目的も手段も明らかになる。


 積み上げられたPCタワーの一角が、ガタリと動いた。


  Ⅳ


「娘はどこだ?」

 地球人の姿で小山内家に駆けつけたヴォーダンBは玄関に入るやいなや本来の姿に戻り、居間にずかずか上がり、ミカゲに詰め寄った。

 ミカゲはなんのことか分からず、TVはおろか照明もつけない部屋でぽかんとしている。表情一つ変えず、黙ったままの偽アキラと向き合ってだ。

「娘ならここにいるわ」

「お母さん。私はここにいるわ」

「違う! そいつは私が与えてやった偽物だ。お前と対立してこの家を出ていこうとした、本物の娘はどこにやった?」

「これが私の娘よ。口答えしない。逆らったりしない。私を置いて出て行ったりしない」

「お母さん。私はお母さんに逆らわないわ」

「ふざけるな。いい加減目を覚ませバカ女が! そいつはお前を黙らせておくために、お前に都合の良い応答をするよう作った人形だろうが」

「お母さん。私は人形だわ」

 声を掛け合っていながら全く会話になっていない、グロテスクな光景だ。

「やあやあやあ侵略者君、どこに逃げ出すのかと思ったら、我が埴生の宿とはね。予想通りで拍子抜けだ」

 主体のない悪夢を終えさせたのは、熱帯生まれの高気圧のような声だった。表に面した窓のカーテンを開くヴォーダンB。彼が見たのは、シンイチに肩を貸されながらもしっかりと立ち、メガホンを構えるアキラと、彼女を中心に広がるジェラルミン盾の壁だった。

「教えてあげよう。ボクは独力で君の城から脱出できたわけじゃない。じっさい、覗いてみたら天井裏は行き止まりでね。ボクを逃がしてくれたのはね、他ならぬ君なんだよ」

 消えたと思っていたアキラは、どこにいたのか?

「言ったはずだよ。君みたいにちょいと知恵があって人を見下す輩は、物事の上っ面しか見ていないってね」

 そこまでヒントをもらって、ようやくヴォーダンBは気付いた。ヴォーダンBが戻って来たとき、アキラは積み上げていたPCのタワーの中に潜んでいた。表面だけを囲ったその中の空洞で、脱出の機会を伺っていたのだ。

 ヴォーダンBは、誰もいないところでは擬態を解除する癖があった。もしその場に地球人の姿でいたのなら、数週間も風呂に入っていない彼女の体臭に気づいたかもしれない。

「君が慌てて鍵もかけずに飛び出した扉から、ボクは悠々と娑婆に戻れた。拉致監禁被害者の特権で、最後に一言喋らせてもらうよ――。二十一世紀のボニー&クライドになりたくなかったら、両手を上げてとっとと出てこい、このクソ侵略者!」

「この、低能民族がぁっ!」

 ヴォーダンBはアキラの忠告に半分だけ従った。扉を蹴飛ばし、飛び出て、掌からプラズマ弾を乱射して両腕を振り回した。

 警官たちは警告を半分だけ実行した。墓場の人魂のごとく飛び回るプラズマ弾をジェラルミン盾で防ぎ、ヴォーダンBに特性麻酔弾を雨霰と叩き込んだ。

「私が……私がこんなところで……」

 ヴォーダンBは、完全に神経が麻痺してしまう前に、叫んだ。

「ブレンミュアレーッ!」


 実体の無い暗号通貨企業〔ミストフローラ〕が借りていたビルが、身震いした。砕けた窓硝子の破片が落ち、屋上の室外機が振り落とされる。異常に気づき、慌てて飛び出したのは一階にいた警備員一人だけだった。

 コンクリートの外皮が剥がれ落ち、鉄筋の網を破ってヴォーダンBの切り札が姿を表す。

「もしもし、こちら二一世紀のリリスとアダム。例のビルの前」

 ユウが、シンイチにスマートフォンで実況を報告する。カズヤが「お前なら林檎どころか蛇でも食いそうだけどな」とのたまい、張り倒された。

「一階から四階、あとは三階ずつだるま落としみたいにスライドして、中から大型ダンプくらいの大きさの機械が飛び出してきたわ。人間の下半身みたいなのが二つ、でかい芋虫みたいなのが一つ、砲塔みたいなのが一つ」

「周辺住民は?」

「てんでんこに逃げてるから心配ない」

 ユウがカメラを〔機械〕に向ける。砲塔部分は、しばらく空中を飛んでいたが、やがてパズルのように一つに合わさった。

「ふむ」

 その画像をスマートフォンごしに見せられ、アキラは眉をひそめた。

「これが君の言うところの〔ブレンミュアレ〕、なるほど機械じかけのロボット怪獣か」

「そうだ!」

 麻痺した体を拘束されながらも、ヴォーダンBは早口で喋った。

「君たち地球人から吸い上げた金で、君たち地球人の技術者を雇い、バラバラの設計図を与えて階層ごとに組み立てた。彼らは自分が何を組み立てたのか全く気づかない。それが侵略兵器とも知らず、ただ金をもらったから、命令通りの仕事をしただけだ」

「ブレンミュアレ――。ニュルンベルク年代記にある〔無頭人〕をもじったか。なるほど、ケンタウロスのような四本脚に乗っているのは、頭部のない、砲塔だけの胴体だ」

「もう少し時間があったら化粧を施しても良かったが、性能には何の問題もない。ふふ、弱点が聞きたいか? 誰が教えてやるものか。お前たちは自らの金と、自らの手で滅びるんだ。地球が『静止』する瞬間を見せてやる」

「どうだと訊かれてもねえ。一言、『醜い』としか言いようがない

 アキラの嘲笑を最後に、ヴォーダンBの意識は麻酔により途絶えた。


「ユウ、そちらの様子はどうだ?」

「集めておいた他校のATMが役に立ったわ。一般住民は先導されて、慌てず騒がず烏賊のお鮨で近くのビルの中に避難してる」

「それ言うならお菓子餅だがな」

「あ、胴体の上に乗っかってる砲塔が光った。違法改造オートバイの一団と堂々と違法駐車してた黒塗りベンツが溶けて消えたわ」

「暴走族と暴力団か。尊い犠牲だな! ユウ、そのまま落ち着いて避難を促せ」

「シンイチ、ちょいとスマホ拝借」

 さっそくアキラはスマートフォンを操作し、シンイチのアカウントでATMメンバーに指示を出した。

「そこの鼻提灯出してる宇宙人が仕事を発注したという業者を探してもらう。回答までには早くて十分ほど時間がかかるだろう。シンイチ、アストロマンの出動を要請する」

 シンイチは頷き、ユウに電話を掛ける。

 カズヤは、巨大化した。

「カズヤ、シンイチからの伝言よ。あのロボ怪獣の名称は〔ブレンミュアレ〕。『動くもの』を自動的に照準に入れ、レーザー砲で消滅させるわ。自衛隊の攻撃機も陸上ミサイルも、射程に入る前に撃墜される。今、業者に電話して弱点を調べてる。あんたはそのための時間稼ぎよ。動き回って、躱して、住民を守って」


 ブレンミュアレの動きを気にしながら、〔ATM〕の腕章をつけた高校生たちが住民を避難誘導していく。アストロマンよりも控えめに、ゆっくりと。案の定、ブレンミュアレは「より大きく、早く動く対象」を優先して狙っていた。

 五百メートルの距離を取り、カズヤは逃げ回っていた。ビルの影に隠れることは簡単だが、そうなると避難している住民が狙われる。普通、レーザー砲の光跡は人間の目では視認できないが、破壊の恐怖を見せるためか、ブレンミュアレのレーザーはわかりやすく赤で着色している。

「とはいえ、砲塔が光った時にはもう発射されてんだけどな!」

 二秒ごとに発射されるレーザー砲が、カズヤの頭髪を焼き、耳を焦がす。弾切れもエネルギー切れの気配もない。吠えもしないし、無駄に胸を叩いたりもしない。生物でない、無機質で不気味な「怪物」の恐怖を、カズヤは熱感で味わった。

 ふと後ろを振り向いたカズヤの視界に、まだ停車しきれていない電車が入った。反応が遅れ、脇腹を五十センチほど抉られる。

「良かったわね。贅肉が少し減ったわよ」

「何ならお前も試してみるか? 一瞬で焼かれたから血が出ないのはありがたいがな」

 カズヤの減らず口を聞き流し、ユウは電話口のシンイチに「まだ分析結果とかは出ないの?」と怒鳴っていた。

「経過報告だ。敵の動力源は核融合炉。エネルギーは水があれば無尽蔵に抽出できる。過熱を防ぐために二秒に抑えているが、発射間隔は最短で一秒」

「弱点は?」

「今のところ、無い。レーザー砲が過熱して、冷却に五秒、いや四秒ほど稼げれば、カズヤの足でなんとか間合いに入れるだろうが――」

「入れさせるわ」

 ユウは、カズヤに叫んだ。

「ナットリウム光壁を拳に展開させて、正面から打ち返して!」

「簡単に言うなよ」

「やらなきゃ勝てないわよ。正拳突きの特訓を思い出して」

「お前との悪夢の時間をか!」

 無駄口は叩かず、カズヤは言われたとおり拳を固め、ナットリウム光壁を展開した。

 砲塔が自分の正面を向いた瞬間、拳を正面に突き出す。正確にカズヤの顔面を狙った赤い光線が、弾き返される。一発、二発、三発――。五発目にして、ブレンミュアレ本体に命中した。

「本体へのダメージには期待しないで。諦めずに、正面から打ち返すのよ!」

 カズヤにとっては命をかけた正拳突きは、十三発目にしてようやく、ブレンミュアレの砲塔にきれいに逆戻りした。

「まだだ!」

 ユウのスマートフォンに、シンイチからの声が届く。

「現在、安全な距離からATM隊員が砲塔の熱を測定し、発射間隔との係数を計算している。諦めずに、続けさせろ」

 数十発のレーザーが撃ち返され、砲塔に吸い込まれる都度、その三キロの距離をおいて五箇所の屋上から砲塔の温度が測定される。

 三十秒が経過し、ブレンミュアレを実際に製造した業者から聞いた仕様、測定結果から、シンイチは「時間」をはじき出した。

「シンイチからの伝言よ。カズヤ、三発続けて命中させれば、冷却のために発射間隔は五秒に伸びるわ。その隙に接近して、砲塔を捻じ曲げて!」

「簡単に言うね! 射的とはわけが違うんだぞ」

「射的は当たっても落ちないから半分詐欺でしょが」

「真実だけど大声で言うな。うちの常連客にテキ屋さんもいるんだから」

 とにもかくにもカズヤは正面からくるレーザーを正面から跳ね返し、レーザー砲塔に二連続でホールインワンさせた。

「この特技がお金になればねえ……」

 だが三発目の発射は、四秒後だった。カズヤは少し戸惑い、反射を外した。

 次から次第に発射間隔は早まったが、発射間隔は三秒から縮まらない。それまでのユウのもとに再度シンイチから連絡が入る。

「敵の電子頭脳が、こちらの作戦に気づいた。撃ち返されても冷却できるよう発射間隔を開けた。カズヤには、距離をとって……」

「もう遅い。あいつ、突進していったわ!」

 カズヤの突進に、ブレンミュアレは発射の間隔をもとに戻す。二秒後、四百メートルの距離を詰めたカズヤの頭の横を、約音もない弾丸がかすめる。さらにその二秒後、カズヤは弾道を見切り、正面からくるレーザーだけを正拳突きで反射させた。

 体を翻し、ブレンミュアレの背中に飛び乗って、砲塔をへし折ろうとした矢先。

「分離した?」

 ブレンミュアレは砲塔と四足の胴体とに分離した。首なしの胴体がカズヤを突き飛ばし、倒れたところをイオンエンジンで浮かぶ砲塔が狙う。間合いを詰めたまでは良かったが、それから先の戦術も組みこまれていたわけだ。

「くっ!」

 胴体の攻撃を交わしながら砲塔をつかもうとするカズヤだが、避けられないように「間合い」を維持したまま、ビルの影に隠れる。やがてカズヤに照準を定め、狙撃してくるだろう。

「慌てるな、シンイチ。旧ATMのデータベースからファイル五十三号を検索しろ。やつ同様のロボット怪獣との交戦記録が残されている」

 アキラが叫んだ。

「確かそいつも、搭乗者のいない自動運転型だったな!」

「アーカイブされている自律行動プログラムに、動きを適用できるはずだ」

「確信があるのか?」

「あるね。ボクを拉致監禁したヴォーダンは、典型的に〔卑怯〕な輩だ。地球人自身の手で兵器を組み立てさせる作戦も、金を集めた手段も、すでに『他の誰か』が考えたものだ。作戦が成功すれば自分の功績だが、失敗しても他人に責任を転嫁できる」

 シンイチの指示で、高速高性能のPCを有する高校の隊員がアクセスする。ブレンミュアレへの適用は、三十秒で完了した。

「カズヤ、耳の穴かっぽじって聞きなさい。十三秒後に、やつの動きを先読みできる手はずになってるわ。今は、何も打つ手がないふりして逃げ続けなさい。あたしがカウントしてやるわ! 七、六……」

 カズヤは、耐えた。首なしの暴れ馬をなだめるように、付かず離れずの間合いを取り、レーザー砲のことなど失念したかのようにふるまった。

「五、四……」

 数キロ離れた地点からの観測で動きをトレースされたブレンミュアレ頭部は、やがてその行動予測を完全に一致させられた。

「三秒後、あんたの右後ろのビルから顔を出すわ!」

「二、一――!」

 カズヤは吠えた。

 その巨体とたるんだ腹からは想像できないほどの敏捷さで、弾け、死角からのぞいた砲塔を掴み、地面にねじ伏せる。

 熱された砲塔に、掌がじゅっと焼ける。眉が歪むが、それでも手は離さない。

「いくら金かけたのか知らないが、有効にリサイクルしてもらえ!」

 カズヤは砲塔下部にあるノズルの一つを、熱さを我慢してねじ切った。続けてもうひとつ。四つあるうちのノズルを二つもぎ取られた砲塔に、もはや飛ぶ力はなかった。

「ほら、切腹しろ」

 カズヤは向かってくる胴体に砲塔を向けた。悪あがきに最後の一発が放たれる。エネルギーの尽きた頭部を放り出し、アストロマンカズヤはもとの大きさに戻った。

「熱い熱い熱い! ユウ、氷持ってきて! オロナイン!」

 逃げ惑う残りの胴体に、自衛隊のミサイルが浴びせられた。


 脚を切断した後、父がうっかり口を滑らせたんだ。「母や母方の祖父母の出身地に、原発でもなかったのか」とかね。思えば、それはきっかけの一つに過ぎなかったと思う。以前から母は、ボクの意思など無視してさして興味もないピアノを学ばせたり、幼児向けの学習塾に行かせたり、空き時間を習い事で埋めるのに必死だった。近くにリンクがあったらスケート靴を履かされていただろうよ。クラスの連中は天才少女とか言っていたけどね、なんのことはない、養成所に放り込まれただけの雑種だよ。母は、娘をアクセサリーとして、自分を飾る道具に思っていたんだろう。

 絵本に出てくるようなお姫様にはなれないと知った時、自分の視野まで狭めてしまったんだろうね。国立大に入れて、官僚か政治家かあるいはその嫁にでもして、自尊心を満たしたかった。だれも馬鹿になどしていないのに、見返してやりたかったんだ。夫に四六時中因縁をつけて罵り、顔を踏みつけ、娘に首輪を付けることでしか承認欲求を満たせなかった。

 されど哀しきかな、絵本と違って現実には「時間」というものがある。ボクは雑種だが犬猫じゃない。成長すれば知恵も尽くし、親離れもする。母には痛撃だろうが、ここで噛みつき、張り倒して巣から出なければ、ともに卵のまま腐ってしまう。

 しばらくは、一人暮らしをしている父の世話になるよ。荒療治が必要だ。今の家はガスも電気も水道も解約して、売却してもらおう。どうせ金を出していたのは父なんだ。


「あのヴォーダン星人が出ていった直後、あたしたちさっそく、他のATM隊員といっしょにビルに乗り込んでいって、片っ端からドアを叩いたじゃない。アキラのいる部屋を見つけて、ノックしたら、なんて言ったと思う?」

「『助けはありがたいが、しばし猶予をいただけまいか?』ではないのか?」

「よくわかったわね」

 ロックはかかっていたが、特殊救難隊を呼び、金属カッターでドアを破壊してもよかった。だがアキラは救助を拒み、あえてヴォーダン星人の帰着を待った。

「彼女は言っていたよ。『豚のケツというやつを、拝ませてやりたかったのさ』とね。ヴォーダン星人とは痛み分けだったが、これで少しは溜飲が下がるというものだ」

「なんで痛み分けなんだ? あのロボット怪獣も倒せたじゃないか」

 オロナインが効いたか、カズヤの掌の火傷は治っていた。

「今回の事件の影で、〔ミストフローラ〕なる幽霊会社に投資して財産を失うか、その補填のために会社の金に手を出したり、金貸しから借りた者もいただろう。首を吊ったか、そこまで行かなくとも破産した企業、離散した家族もいたはずだ」

「この手の詐欺なんて、過去にいくらでも例があっただろうに」

「常人は己の経験からしか痛みを学べない。我々はせいぜい百年しか生きられないからな。生きた経験を伝えるのは難しい」

「そういやシンイチ。お前さん、アキラのことを話す時、どうして早口になるんだ? 彼女をアクセサリと考えているようなら、その母親とあまり変わらないんじゃないのか?」

「ブレンミュアレにやられた恨みを、拙僧で晴らすなよ」


 さてその三日後、鷹山学園の制服を着たまま、麹山高校ATMの本部のソファーでBL漫画を読みふけるアキラの姿があった。カズヤとユウは校庭で特訓中で、部室にはシンイチとの二人しかいない。

「鷹山学園を目指して必死に受験勉強していた学生たちが見たら、一気に萎える姿だな」

「仕方ないだろ。我が母校は、理事長先生御自らの〔ミストフローラ〕への投資が発覚してえらい騒ぎなんだから」

「こちらとしては念願の新生ATM本部をデザインしてもらったからな。文句は言えんさ」

 アキラが描いた仮想空間内の本部は、アクセス時のロゴ、入り口の通路から扉、各支部長が一堂に会する円卓まで、洗練されている。招待されれば政府の要人、軍人すら姿勢と襟を正すだろう。

「積立金をことごとくつぎ込み、通帳は空っぽ。給料支払いの見込みがなくなった教職員は訴訟と転職活動に忙しい。敷地と校舎が担保に入っていて、理事長が逐電。学校として機能しなくなるとはな」

 理事会も教務も庶務も機能しないものだから転校手続きもできず、アキラを初めとする鷹山学園の生徒は、授業も受けられないのに籍だけは置いてあるという宙ぶらりんな状態だ。

「金とか才能ってのは手元にあれば有難いけど、人を狂わせるねえ。自分のではないものの方が」

「カズヤが初めて怪獣を倒したあの日、拙僧は夢を見たのだ」

 シンイチは、濃く入れた茶をすすって、呟いた。

「君はいつから乙女になった? 夢占いは専門外だよ」

「拙僧自身が巨大化して、怪獣に戦いを挑む夢だ」

「シンイチ、それは……」

「挑みかかったものの、殴っても蹴っても分厚い鱗に阻まれ、全く通らない。打つ手なく、闘志はたちまち萎えて恐怖が増し、反比例して体はどんどん縮む。逃げ出し、逃げ込んだビルが壊される。牙の生え揃った口で噛み砕かれる寸前、目を覚ましたという次第さ」

「驚いたな。君でも、人を妬むことがあったか」

 おどけて話すアキラだったが、その実、誰よりもシンイチの心情を察している。

「カズヤのように巨大なヒーローとなり、活躍したかったというのが、拙僧の本音なのさ。坊主を気取ってはいるが、煩悩の塊だ。夢の形をとった『現実』を思い知らされ、泣いたよ。悔しく、情けなかった。到底かなわないはずの敵に真正面から挑む、無謀とも言える勇気が、拙僧には欠けていたと思い知らされた」

「ふふ。それでへたれる君でもあるまいに。御仏の、まことの慈悲とやらを悟ったんだろ」

「妬みを捨てたなどと大仰なことは言うまい。この苦い丸薬は、死ぬまで噛みしめる。噛み締めたうえで、怪獣に対峙するカズヤの視点になり、何も考えずにぶつかっていく環境を、見えざる鎧を作る。それを天命と心得る」

「いつもの君より喋り方が随分ゆっくりじゃないか。第一、どうしてそれをカズヤやユウでなく、ボクに話したんだい?」

「拙僧だとて見栄はある。泣き言を漏らすとしたら、口の硬さを見込める人物にだけだ」



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