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就活生と死神さん

作者: バニラジュース

誰もいない静かな夜を冷たい夜風が吹き抜ける。

まるで立っている橋から突き落とそうとするかのように、情けない背中を押すように撫でていく。

風に押されるがままに橋から身を乗り出し、月光に照られて鈍く光る川を覗く。

どこか虚しい静寂に包まれた空間でポツリと言葉をこぼした。





「ここから落ちたら、流石に死ぬかな」





いつだったっけな。もう覚えてないや。

とにかく、母さんに働けって言われた。

分かってる。そんなこと分かってる。

正直にいえば、めんどくさい。

でも、働かなくちゃいけない。

そんなこといくら馬鹿な俺でも分かる。

日本の三大義務がどうだとか。親の金がどうだとか。

理屈ではわかってる。


だから、頑張った。

十何社も。いや、何十社も受けたかもしれない。

別に、ひたすらに数をこなしただけじゃない。

いろんな本を読み漁って。履歴書に書けることを増やして。

思いつくことは色々やってきた。全てをやり尽くしただなんて言うつもりはないけど、俺なりにその時にできることをした。


でも、俺なりの全力と醜い履歴書の内容の量増しの果てに残ったのは不採用通知だけ。


あとはそうだな。俺を憐れむ視線と次の面接を促す声と、それから、空っぽな応援。


「御両親に迷惑をかけないように頑張りなさい。」

「就職の方は最近どうなの?」

「がんばりなさい。応援してるから」

「今回がダメでも、次があるだろう。落ち込んでたって何も始まらないぞ。」


同じようなことを何度も言われてきた。

何度も。何度も。何度も。

頑張れ、だとか。次がある、だとか。

いつか受かる、だとか。諦めるな、だとか。


頑張った。頑張ったんだよ。できることはしたんだよ。


次がある。その次もある。その次の次も。

それを繰り返してきた。


いつか受かる。そのいつかは一体いつなんだろう。


諦めるな、って。いつまで諦めちゃいけないんだろう。いつになったら諦めていいんだろう。


高校の元担任から送られる激励は。

知人の悪意のない質問は。

母さんの純粋で真っ直ぐな心配は。

父さんの昔っぽい考え故の中身のない激励は。


俺の安っぽくて濁ったガラスでできたような心を抉る。


あと何度、苦しまなくちゃいけない?

あと何度、辛い思いをしなちゃいけない?

あと何度、必要とされていないという烙印を押されなくちゃいけない?


でも、苦しい、だなんて言えるわけなくて。辛い、だなんて誰かに聞かれるわけにもいかないし。助けて、だなんて言えやしない。






苦しいのは皆、一緒。あなただけじゃない。


そんな言葉が肯定されるような世界だから。





やらないといけないと言われたから勉強した。した方がいいって言われたから部活もやった。いい大学に入って就職しなさいって言われた。だから、そうしようとした。


言われたように流されて、勧められたように流されて、決められたように流されて。


気づけば、俺はいなくなってた。


ふらふらと生きてきて、少しだけ勉強を知ってるだけの子供がいた。


誰にも必要とされなくて。誰に言うわけにもいかなくて。誰に当たるわけにもいかなくて。


ふと思ってしまう。




死にたい。




誰も悪くないような死に方をしたい。それでいて誰にも迷惑がかからないような死に方をしたい。そんな奇跡みたいな死に方がしたい。



深夜3時過ぎに誰もいない橋の上で、冷たい手すりに両手を添えて白いため息と共に最期の言葉を吐いた。


「・・・もう、いいかな。」







「君、死にたいの?」






「・・・誰ですか。」


「死神って知ってる?神話とかアニメによく出てきたりする奴。私、それなんだよね。」


「・・・」


「その顔は・・・さては信じてないな?少年。」


「・・・あの、忙しいので。」


「ふーん。忙しい、ねぇ。」


「・・・何ですか?」


「それは、就職で忙しいの?生きることに忙しいの?それとも・・・死に場所を探すのに忙しいの?」


「・・・な、なんで、それを。」


「死神さんだからねー。死のうとしてる人の心くらいは見れちゃうんだよ。」


「人って大変だよねー。必死になって生きてさ、滅茶苦茶に頑張ったのに、何にも思い通りにいかないまま死んじゃったり。一生懸命に死のうとしてさ、周りの人が無理やり止めてきて、結局苦しいまま生き続けたり。そういうの、きっと疲れちゃうよねー。」


「それにさ?人間って働くのが偉いみたいに言うけどさ。そんなの苦しいじゃんね。苦しんで勉強して、苦しんで受験して、苦しんで就活して、労働で苦しんでってさ。死んで最後にようやく全部楽になれるって、酷いよね。私だったら死んじゃうかも。」


「・・・」


「まぁ、どうせその命捨てちゃうならさ。私にくれない?私にも役目があってさ、命を摘み取って輪廻に戻さなきゃいけないんだよね。」


「・・・な、何を言って。」


「何って言われてもなー。私は君に会いに来た死神で、私にはそういう役目があるんだよって話。まぁ、流石に信じられないか。」


「・・・よく、分からないです。」


「他の神様が言ってたんだけどさ、命にはさ、役割があるんだって。一生懸命に生きて死ぬ。そう言う役割があるんだって。そんなのって酷くない?」


「何になろうとも思ってないのに生きさせられて、何にも思い通りにならないことに悶えながら生き続ける。苦しくても、辛くても、死ぬことなんて許されなくて。死のうとしたら、まるで悪いことをしたみたいに非難されて生きることを強制させられる。酷いよね。そんなの。」


「・・・」


「私はね、そういう途中で疲れちゃった子とかどうしようもなくなっちゃった子を楽にしてあげて、その子の命を輪廻に戻して、別の魂の器を用意するのが仕事なの。」


「まぁ、そう言うわけだからさ。私のことは信じてもいいし、信じなくてもいい。ただ、死にたいのか死にたくないのかだけ教えてくれればいい。ほら、こういうのって知らない人の方が話しやすかったりするでしょ?」


「・・・」


「それで、君は本当に死にたいのかな?」


「・・・そう・・・です。」


「うん。そっか。辛かったね。がんばったね。」






「・・・でも、君は殺せないかな。」






「私たち、死神は本当に死にたがってる人しか殺せないんだ。君にはあと少し、ほんの少しだけ、未練が残ってる。まぁ、少なすぎて、ないようなものだけど。」


「・・・未練?」


「考え出そうとしても無理だと思うよ。かなり漠然としたものだし、本当に少しだけだから。あと少し、ほんの少しだけ、君は君の人生に期待してる。理由もないし、根拠もないと思う。何となくあるこの理不尽と不条理で埋め尽くされた世界へのほんの少しの最後の期待。それに君が気づいていないだけ。」


「・・・分からない。」


「だろうね。だから、あと少し、ほんの少しだけ、生きてみたら?私としては楽にしてあげたいけど、今のままじゃ、楽にしてあげられない。だから、君が君の人生を歩んでいきたいと心の底から思えるまで、ずっと側に居てあげる。」


「・・・側って?」


「私は他の人からは見えないから、誰にも見えない君だけの友達みたいな感じかな?」


「・・・それでもっ。」


「・・・うん。」


「・・・それでも、駄目だったら?」


「その時は私が優しく抱いてあげる。それでその命だけ貰って、全部楽にしてあげる。何もかも全部忘れて、ずーっと幸せで居られるようになる。そーだなぁ、いつでも楽に死ねる券みたいな感じだと思ってくれればいいよ。」


「・・・何ですか。それ。」


「あ、君、初めて笑った。その調子で楽しく生きてみようよ。それでもう無理だってなったら私に言って。その時は私が責任を持って楽にしてあげるから。」


「死神に殺されるのってとっても幸せな死に方って有名なんだよ?痛くもないし、苦しくもないし、なんなら気持ちいいくらいだって。死んだ後でも死んでた良かったって思えるくらいに。」


「・・・あの。」


「うん。どうしたの。」


「本当に。本当に殺してくれますか。」


「・・・うん。いいよ。その時が来たら、この私が君を世界一幸せに殺してあげる。」


「だから、あとちょっとだけがんばってみよ?」







不思議でおかしな死神と家に帰った後、2人でもう一度、面接を受けに足を運んだ。彼女に殺してもらうのはあと少し、ほんの少しだけ先でもいいような気がした。


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