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瀬々市、宵ノ三番地  作者: 茶野森かのこ


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8. 捨てられた指輪3



店の応接室にて、愛はパイプの煙を指輪に吹きかける。多々羅(たたら)も、ゴーグルとイヤホンを着け準備万端だ。


そうして、指輪から現れた化身は等身大の女性の姿で、青く長い髪に硬質感のある銀の肌、青いノースリーブのワンピースはキラキラと輝いている。

彼女は現れるなり、怯えながら愛を見上げた。


「私は信じないから!近寄らないで、恐ろしい人間!お前のせいだ、全部!怖い、こっちを見ないで!」


化身は震えた声で叫ぶと、頭を抱え座り込んでしまった。愛を恐れる化身は見てきたが、ここまでの拒絶は今までに無い、多々羅は戸惑いながら愛を見つめ、はっとした。

愛は手をぎゅっと握りしめ、翡翠の瞳を揺らしていた。




体を震わせて拒絶を見せる化身に、愛は、愛の中で何かが歪み始める感覚がした。

体中に響き渡る心音、いつかの記憶が化身と重なり見え、手が微かに震えた。

現実が遠退き記憶に溶ける。頭に響く声、転がるイヤリング、いつかの彼女、伸ばした手の先に、恐れに染まる瞳が揺れる。




「そんな事ありませんよ!」


多々羅の声に、愛ははっとして顔を上げた。多々羅は化身に向けて眉を寄せ、怒っているようだった。


「この人は、皆が噂してるような事はしません!あなたに傷つく心があるように、この人だって心があるんです、そうやって軽々しく言葉を投げないで下さい!あなたがこの人の何を知ってるんですか!俺は、」

「い、いいから!多々羅君いいから」


突然の事に驚いて固まった愛だが、はっと我に返り、慌てて止めに入った。多々羅はまだ何か言いたげだったが、愛には十分だった。まだ心臓が煩いが、手の震えが止まった。受け入れてくれる人がいる、それが、こんなにも救いとなる。


化身は呆然と震えながら、多々羅と愛を見上げる。その瞳からは、涙が零れ落ちていた。


「だ、だって、私も消すんでしょ?ネックレスの時みたいに」

「え?」

「…あの時は、そうしてくれって頼まれたんだ」

「え、知ってるんですか?」


困惑する多々羅に、愛は頷いた。


華椰(かや)は、産まれてすぐに母親を亡くして、父親も数年前に亡くしてるんだ。今は、父親の再婚相手が華椰を育ててるんだけど」

「え…」


多々羅は、想像していなかった華椰の家庭の事情に驚いてしまった。


「そのネックレスは、華椰の父親が再婚相手に贈った物だ。

再婚して間もなく事故で旦那を失って、彼女の哀しみがネックレスの化身を動かした。彼女と化身の哀しみが混じって膨れ上がり、化身が我を失って彼女に憑こうとした所で、俺達が駆けつけたんだ。

その時、化身に頼まれたんだ。このままだと、自分は彼女に取り憑いて彼女を連れて行ってしまう。そんな事、彼は望んでないって」

「連れてくって」

「彼女の心が弱ってるから命も奪ってしまう。そうなる前に、自分を祓って欲しいって」


多々羅は言葉を失い、愛は、優しく化身を見つめた。


「あなたは違いますよ。華椰が誤って落としてしまったんです」

「違う、華椰は私を川に捨てたのよ」

「え?」

「…華椰は、あの子が母親じゃなければ良いと思ってる。だからきっと、私を捨てようとしたのよ」


多々羅は戸惑いを覚えつつも、信じられず化身に訴え出た。


「でも、頼んだんですよ、探してほしいって泣きながら」

「きっと怖くなっただけよ、華椰は私が居なくなれば良いって言った、そうしたら自由になれるって」

「そんな…」


多々羅は言葉を失った。華椰はそんなにまで追い詰められていたのかと。

愛は多々羅の肩を叩き、それから座り込む化身と視線を合わすように、それでも距離を取って屈んだ。化身を怖がらせないようにという配慮だ。


「一度、華椰と話をしよう。今日は遅いから、今晩はこの店にいて貰ってもいいですか?」

「…消さないの?」

「消しませんよ、あなたは必要とされてますから」


愛の優しい微笑みに、化身は狼狽えて唇を結んだ。




**




その後、多々羅が途中だった夕飯作りを進めていると、アイリス達と話し合っていた愛が二階に戻ってきた。


「大丈夫ですか?」

「あぁ、今夜はアイリスが寄り添ってくれる」

「…愛ちゃんは?」


愛はきょとんとしたが、多々羅の言いたいことに気づいたのだろう、やがて頬を緩めた。


「…ありがとう、今日は」

「…いえ、でもあんな面と向かって」

「事実だからしょうがないだろ」

「またそういうこと…」


それには何も返答せず、自室に入っていく愛を見つめ、多々羅は溜め息を吐いた。


「俺って、何の力にもなれないんだな…」





部屋に入り、愛は小さく息を吐いた。カーテンを閉めようと窓に向かった所で、机に置かれたミモザのイヤリングが目に止まる。傷を負ったイヤリングからは、何の気配も感じられない。

過去から踏み出そうとする自分に戸惑い、愛は顔を伏せるとその場にしゃがみ込んだ。



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