8. 捨てられた指輪2
「じゃあ、行ってくる」
「え、今からですか?」
愛が出掛ける支度をするのを見て、多々羅は慌てて声をかけた。
「早い方が良いだろ」
「じゃあ、道案内を」
「近所なら分かる」
「でも、駅、」
「駅だって迷ったじゃないですか」と言おうとして、愛の機嫌が悪くなるかもしれないと思い直し、多々羅は誤魔化すように咳払いをした。
「あの、いつもみたいに他の物を借りたりとかは?」
「あのポシェットに聞こうかと思ったけど、あの化身、華椰を心配して顔を覗かせていたけど、何も話そうとはしなかった」
「え、いつそんなやり取りしてたんですか?」
「多々羅君が華椰をあやしてた時。化身は俺を睨んでそっぽを向いて消えたから、そういう事なんだろ」
子供みたいな拒否反応だが、愛はどう思っただろう。
「俺も行きますよ」
「いいよ、料理中だろ?」
「帰ってからでも間に合いますから」
愛が困った表情を浮かべていたのは分かっていたが、多々羅は気づかない振りでヤヤを振り返った。
「ヤヤ、俺外出るけど」
「お供します!」
すかさずヤヤが小さくなって肩に乗る。その様子に、愛は眉を下げ溜め息を吐いた。
「…分かったよ」
多々羅はほっとして、愛の革の鞄を取り出した。愛を一人で行かせる事が、何となく不安だったのだ。
「私、物探しは初めてです!お役に立てると良いのですが!」
多々羅の肩で気合いを入れるヤヤに、多々羅は頷く。もし何かあっても一人じゃない、その事が心強かった。
華椰は今日、友達と遊びに出掛けたという。
近所の公園で友達と待ち合わせ、駄菓子屋へ向かい、近所の犬と遊び、再び公園で遊んで帰ったらしい。その帰り道の橋の上で、指輪が無い事に気づいたそうだ。
「なんか、俺達のお決まりコースと似てますね」
二人は橋にやって来た。夕暮れを過ぎ、等間隔に設置された外灯がポッと灯る。まだ人通りはあるが、夜の暗がりのお陰で、近づかれなければ物探しの道具を使っても不審には思われないだろう。
多々羅の言葉に、愛は当時を思い浮かべ、懐かしそうに表情を緩めた。
「俺はあの大きな犬が苦手だったけどね」
「え、」
「あいつ、何もしてないのに吠えるから。犬は好きだけど、あいつは苦手だ」
「え、じゃあ我慢して付き合ってくれてたんですか」
「そりゃ、俺はお前の言いなりだったからな」
「言い方!でもマジですか、ごめんなさい」
「今更いいよ、俺も楽しかったから」
可笑しそうに笑う愛に、多々羅も自然と頬を緩めた。愛が自分と過ごす時間が楽しかったと言ってくれる事が嬉しい。思わず笑みが零れれば、愛ははっとした様子で、次にはキッと牙を剥いた。
「その顔やめろ、子供の時の話だ!とにかく行くぞ!」
その顔が赤い、照れくさいのだろうか。愛との距離が縮まっているような気さえして、多々羅は嬉しさが止まらない様だ。
「ニヤニヤするな!」
「あの頃の愛ちゃん可愛かったなー」
「うるさいぞ、多々羅!」
真っ赤な顔で怒鳴っても可愛いだけだ。多々羅にとって、愛は弟のような存在で、それは幾つになっても変わらなかった。
そこでふと気づく、愛に恋人がいると知って複雑な気持ちになったのは、愛の事を可愛い弟のようだと思っていたからではないか。
そうだ、きっと、そうだと、多々羅は思い至った気持ちに安堵した。なんだか無理矢理答えを見つけたような気がしないでもないが、それでも、不確定な不安要素は取り除いておくに越したことはない。
まさか、まだ初恋の幻影を追い求めているわけでもあるまいしと、また、その安堵から笑顔を深める多々羅に、愛はそんな多々羅の思いにはきっと気づきもせず、羞恥を振り切るように仕事に向き直ると、紙に煙を吹きかけた。足跡は真っ直ぐ橋の入口に向かったが、そこでぱったりと消えてしまった。
「おかしいな」
「思いが弱いとか?」
「足跡が歩いてるから、華椰の思いは強いと思う。ただ、消え方がいつもと違うんだ」
「あ、もしかて橋の下?」
多々羅はそう言って、橋の下の河川敷を指さした。それに愛も頷き、土手を下りて再び紙に煙を吹きかけると足跡が歩き出した。ほっとして後を追いかける愛の背中を追いながら、多々羅はふと疑問を口にした。
「そのパイプって、疲れたりしませんか?」
多々羅が使っている化身の見えるゴーグルやイヤホンは、使い続けると体に影響が出る。愛のパイプも、体に影響が出たりしないのだろうか。
「精気を吸い取られる訳じゃないから平気だよ」
「なら良いですけど」
「心配性だな」
「そりゃそうでしょ」
ムッとして言う多々羅に愛はきょとんとして、どこかおかしそうに笑った。
足跡はすぐに止まり、草むらを掻き分けると、その中に指輪があった。
「やりましたね!早く帰してあげましょう!」
「先ずは話を聞いてからだ」
「え、まさか指輪が逃げ出したとか言うんですか?」
「可能性があるならまた同じ事が起きる。店に戻るぞ、ここは人の目がある」
愛は指輪を手にすると、さっさと来た道を戻って行くので、多々羅は戸惑いながらもその背中を追いかけた。




