7. 願い8
翌日、愛と共に昼食を済ませ、多々羅が洗い物をしていると、部屋に戻っていた愛が、図鑑のように分厚い本を多々羅に見せた。
「これ、この前言ってた本、置いとくな。ちょっと、“時”に行ってくる」
「はい、あ、道順、」
「それくらい分かる!さすがに目と鼻の先で迷ったりしない!」
食いぎみに否定する愛。どうやら、迷う自覚はあったようだ。
「店閉めておいても良いから。どうせ開けておいても客は来ないだろうし。多々羅君も、どこか出掛けて来て良いよ」
愛は多々羅の返事も聞かず、不機嫌になりながら階段を下りて行ってしまった。
気をつけていたつもりだが、愛の地雷を踏んでしまったようだ。
「…怒らせちゃったかな」
「そのようですね」
「帰ってくるよな…」
「ここは、愛殿の家では?」
「…そうだね」
すっかり定位置となった多々羅の肩で、きょとんとしているヤヤに微笑み、多々羅は洗い物を済ませると、愛が持ってきてくれた重い本を手に店へと下りた。
念の為、店のドアに掛けてある札を確認すると、クローズに変えてあった。愛が出かけに変えて行ったのだろう。
喫茶“時”は、表通りから一本入った所にある。宵ノ三番地は、表通りから二本挟んだ裏手、袋小路にあった。なので、“時”に行くには、建物沿いに歩いて角を左に曲がり、その次の角を右に曲がった先の左手にある。
一体何の用事だろうと考えを巡らせつつ、多々羅はいつも愛が座るカウンターに腰掛けた。
出かける用事もないし、一人なら、なんとなく店の方が落ち着く。
ヤヤも居るし、まだ用心棒達は修理中なので全員は揃って居ないが、それでも、物の化身がいる店の方が、ヤヤにとっても居心地が良いだろうという思いもあった。
ヤヤは主人思いなのか、家の中でも多々羅の側に居たがった。多々羅を守る使命を受けた為と言っているが、もしかしたら、主人が出来たのが嬉しいのではと、この間、愛がこっそり教えてくれた。
持ち主の為になりたくて、その一心で彷徨い続けたつくも神だ。
主人が居て、その側に居れる。それだけで、ヤヤには特別で、それが心の支えになるのではと。
それを聞いて、多々羅は胸が熱くなるのを感じた。自分にも、誰かの役に立てるのかと、例えそれが、普通の人には見えないつくも神でも、多々羅にはとても嬉しかった。
そして、そんな物の気持ちが分かる愛が、人と距離を取ろうとするのが、やはり多々羅はもどかしくて仕方なかった。
焦っても仕方ない事だ、そうは思うが、何だか日に日に愛がどこかへ行ってしまうような気がして、気が気ではなかった。
「結ちゃんに何て言おう…」
それに、気がかりはまだある。結子達のプレゼントも、まだ渡せていないままだ。
プレゼントを受け取って貰えないと知ったら、結子はがっかりするだろう。
「主?どうされました?」
「ん?何でもないよ。っていうか、多々羅で良いってば、そっちのが落ち着くし」
「主に対してそのような事…!」
「じゃあ、命令だな」
「そ、そんな…」
困って頭を抱えるヤヤを横目に、多々羅は笑ってカウンターに目を向けた。
カウンターの上には、カレンダーやメモとボールペン、この間買った愛の漫画雑誌しかない。
そういえば、いつだったかこの漫画雑誌を読んで泣いていたな、と思い出したところで、多々羅はそれらを端によけ、愛から受け取った本をカウンターの上に置いた。
表紙には、綺麗な簪や、グラス等が載っていた。




