1. ほろ苦い初恋7
その日を境に、多々羅の思いは一層熱を帯びた。
多々羅は、本気で愛を守るのだと心に誓っていた。それこそ、一生をかけて守るのだと。多々羅にとってそれは、プロポーズのようなものだった。
だが、その後、初恋は幻想の内に散るという事を、多々羅は思い知ることになる。
***
あれから二十一年の時が過ぎた現在、多々羅は恥ずかしいやら悔しいやら悲しいやら、複雑な気持ちを絡ませ合い、目の前の男を見下ろしている。
「返せ!俺の初恋!」
「は?何の話だよ」
あの可憐な少女は、間違いなく、多々羅の目の前で不可解な表情を浮かべているこの男、瀬々市愛だった。多々羅の恋愛対象は異性だ。あの時は、愛の事を本気で女の子と勘違いして、すっかり恋に落ちていた。
愛が男の子だと気づいたのは、愛との出逢いから約二年が過ぎた頃、多々羅と愛が小学生に上がるタイミングだった。バッサリと髪を切り、自分と同じ男子の制服を身につけた愛の姿を見て、多々羅はようやく気づいたのだ、愛が自分と同じ男である事を。その時の、脳天に雷が落ちたような衝撃は、今でも鮮明に覚えている。
それまで愛は、今のような乱暴な言葉遣いも横柄な態度も取らない、そもそも口数が少なく、そっと控えめに微笑むような性格だった。それでいて、愛らしい見た目で髪は長く、服も女の子の服ばかり着ていたので、多々羅が勘違いしても仕方がないかのもしれない。
何故、愛が女の子の服ばかり着ていたのかというと、妹を欲しかった結子が、愛を大変に可愛がった結果だった。
結子は、自分のお気に入りの服を引っ張り出しては愛に着せ、髪を結ってと、まるで愛は着せ替え人形のようだった。養子に迎え入れられた遠慮もあったのか、愛は結子にされるがままで、反抗する態度は一切見せなかったが、それでも、小学校の制服を着た時は、とても晴れやかな顔をしていたと、多々羅は今になって思う。愛としても、女の子扱いされているのは嫌だったのだろう。
それでも拒否出来なかったのは、結子から愛情を感じていたからなのかもしれない。愛も女の子の服は嫌だけど、構われる嬉しさはあったのだろう。それを見た凛人が羨ましくなったのか真似をして、一時は瀬々市三姉妹と、近所では話題になった事もあった。
愛は、多々羅と出会ったあの頃から、瀬々市の養子として迎え入れられたが、彼の本当の親が誰なのかは、今も分かってはいない。
愛が瀬々市家へ迎え入れられるきっかけとなったのは、正一だった。
正一は宵ノ三番地の店長で、正一も愛と同じく、物に宿る化身が見える人間だ。宵ノ三番地は、正一が開いた店ではなく、元々別の人物が開いていた店のようで、正一も家業を継ぐ前から宵の店の手伝いをしていたらしく、先代から店を受け継いでからは、社長業の傍ら、宵の店の仕事もこなしていたという。
愛の主治医である信之とは、正一が宵の店を先代から受け継いだ後に出会い、物の化身に理解がある信之は、医者の傍ら正一の助手を務めるようになったという。
愛が正一達と出会ったのは、その信之が開いている梁瀬医院だった。
ある雨の夜、男性が幼い子供を抱えて病院にやって来た。診療時間外だったが、この頃の梁瀬医院は住居も兼ねていたので、信之はすぐに気づいて対応したという。移動手段はなんだったのか、男性は傘もレインコートも身につけず全身ずぶ濡れで、それでも子供だけは雨に濡れないようにと、タオルケットを丁寧に纏わせ、とにかく必死な様子だった。
この子を、助けて下さい、助けて下さい。
そう涙ながらに縋りつかれ、信之は子供を受け取った。その子供が愛だった。愛は意識を失い、ぐったりとしていたという。
男性の必死な様子からは、愛が大事にされている事が伝わってくるが、事情を聞こうにも、男性は頭を抱えて涙に踞るばかり、信之は男性を処置室の前にある長椅子に促して宥め、愛を抱えてひとまず処置室に向かった。
そして、愛の瞳を見ると、信之はすぐに男性に確認を取ろうとしたが、その人の姿は既になかったという。出来る限りの治療を終えて目を覚ました愛は、自分が誰であるか、その記憶を失っていた。
信之から連絡を受けて駆けつけた正一は、自分が愛を引き取ると申し出た。愛と名前を付けたのも正一だ。
正一が家族として愛を迎え入れた理由の一つに、恐らく物の化身が見える瞳にある。正一が預からなければ、愛はどこかの施設に入るしかない。物の化身が見える愛に、理解者が現れるだろうか、誰にも見えないものを指差す愛を見れば、普通ではないと考える人の方が恐らく多いだろう。
それに、愛の瞳は物の化身が見えるだけではない。