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瀬々市、宵ノ三番地  作者: 茶野森かのこ


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7. 願い4

「だからって、変な事はするなよ」


決心した側から釘を刺され、多々羅はびくりと肩を跳ねさせると、必死に愛想笑いを浮かべた。


「す、するわけないじゃないですか!今、気をつけようと気合いを入れていたところですから!」

「どうだか」


鼻で笑ってそっぽを向いてコーヒーを口にする愛に、多々羅は、どうしてこうも思った事がばれてしまうのだろうと、解せない思いだった。

それでもちらりと愛を見れば、コーヒーのカップに視線を向け、きらりと目を輝かせている。きっと、美味しいと思ってくれているのだろう。眼鏡を掛けていないので、翡翠の瞳が多々羅にはよく見える。電球の光でも、角度を変えて色を変えるその瞳は、多々羅にはやはり美しい以外の何者でもない。そんな瞳が恐れられている事に、多々羅はやはり納得いかない思いだった。


「愛ちゃんは、強いですよね」

「うん?何だよ急に」

「だって、傷つくじゃないですか。毎回、化身に怯えられてるでしょ?話せば絶対、愛ちゃんは怖くないって分かるのに」


納得いかないなと不機嫌になる多々羅に、愛は可笑しそうに表情を緩め、コーヒーのカップを静かにテーブルに置いた。


「まぁ、仕方ないよ。俺の瞳がどうのという前に、宵の店の人間は、物にとっては心をまっさらにする、おっかない存在だからな」

「それって、自我を一度消すって事ですよね」


愛は頷き、続けた。


「俺は、禍つものになって、どうしようもなくなった物に対してしかしないけど、祓えるのは禍つものだけじゃない。害もなく、ただ心を持っただけの物の心も消してしまうことが出来る。そういう人間がいるって事が、いつの時代からか分からないが、物達の中でも広まっていったんだろう。宵の店の中には、悪い影響を及ぼさない物まで心を消してしまう人間が実際いたからな」


「どうしてそんなことするんですか?」と、多々羅は、分からないと、不機嫌に眉を寄せた。


「きっと、物には心が必要ないとでも思っているんだろう。心があれば、誰でも禍つものになる可能性はある、心はいつ変わるか分からない、人間と同じだ。

化身となって姿を現す物も、現さない物もいるが、禍つものに近いのは、化身となって自ら外に出る物だ。そっちの方が強い思いをもっているし、強い思いは傷ついた時のダメージも大きい。だから、化身として姿を現したというだけで心を消してしまう人間もいる。

そういう人間がいたから、物達は、化身の姿が見つかったら祓われてしまうかもしれないと思い、恐れるんだろう」


多々羅は怯える物達の気持ちに触れたような気がして、同情して眉を下げた。


「酷いですね…、心を消されたら、化身の性格も変わっちゃうんですか?」

「そうだね、それまでの意思も記憶もリセットされる、またそこからの日々の積み重ねになるんだ。

人に取り憑いた禍つものを祓えば、その意思は消えて、無の状態で物に帰っていく。

この祓う力は、人や他の物にも影響を及ぼす危ない意思から守る為に生まれた力だけど、物にしてみれば、その心を消す事に変わりはないから。…加えて、俺は翡翠の瞳だ、他の店より余計に怖がられてるみたいだね」


自嘲する愛の言葉に、多々羅は愛が落ち込んでいるような気がして、空気を変えようと、「待ってて!」と、急いで部屋に向かった。机の抽斗から細長い包みを持って戻ると、それを愛に渡した。結子から預かったプレゼントだ。


「これ!」

「…何?」

「誕生日だったんでしょ?プレゼント」

「…多々羅君から?」

「…あー、ごめん。(ゆい)、その…瀬々市(ぜぜいち)の皆さんから預かってたんだ。渡してって」


結子(ゆいこ)から、と言いかけ、多々羅は言い直す。結子と会っているのは、まだ愛には秘密だ。

愛は暫しその包みを見つめ、それに手を伸ばそうとしたが、その手は包みに触れる事なく立ち上がった。


「それ、多々羅君にあげるよ。俺は受け取れない」

「え、なんで、」


「ごめん」と、愛は逃げるように部屋へ戻ってしまった。多々羅は、残されたプレゼントの箱を見つめ、戸惑いを浮かべながら、そっとその箱を指で撫でた。


プレゼントの包みに伸ばしかけた愛の手は、微かに震えていたように思う。

愛を躊躇わせる原因は、一体何だろう。愛は、自分を襲った誰にも怯えたりしないのに、どうして、瀬々市の人々から逃げようとうるんだろう。誰も、愛を咎めたり傷つけようとする人はいないのに。


多々羅は落ち込みそうになる気持ちに、頭を振ってそれを追い払った。


そんなに簡単に変われる訳がない。きっと、いつかその手を伸ばしてくれる時はくる。無理強いはしたくない、少なからず、愛はその手を伸ばそうとしたんだから。そう自分を勇気づけてみたが、やがてそれは深い溜め息に変わった。


愛の寂しそうに伏せる瞳を見る度に、多々羅は愛がどこかへ消えてしまうような気がしてしまう。


「……」


珈琲に映る多々羅の顔は、どこか不安げに揺れていた。



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