7. 願い1
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それからも、多々羅には信之が言っていたような後遺症の症状は表れず、いつものように日々を過ごしていた。
愛には休んでいろと言われたが、本人的には休むような体調ではなかった為、翌日からは、店の掃除に家事にと、多々羅は精力的に動いていた。
多々羅に起きた変化といえば、ヤヤの姿が見えるようになった事だけだ。これも、もしかしたら後遺症と呼ばれる部類に入るのかもしれないが、残念ながら、ヤヤ以外の化身の姿が見える事はなく、翌日には、感じていた気だるさも消え、多々羅の体調はすっかり元に戻っていた。
それでも、もしもという事がある。なので信之には、この先も体調に変化がないか注意するようにと言われたが、多々羅はこれ以上の変化が自分の身に起きるとは思えなかった。だって、ヤヤが見えること以外は、本当に何も変わらなかったからだ。
もし、自分の体に変化が起こるなら、ヤヤ以外の化身も見えるようにならないだろうかと、多々羅はそんな事ばかり望んでしまう。そうしたら、もっと愛の見えている世界が理解出来るし、きっと愛の力にもなれるのにと。
今回の件で、多々羅はより強く力が欲しいと思うようになっていた。もし、自分の目の前で愛が危険に巻き込まれそうになっても、多々羅はゴーグルがなければ化身の姿が見えないし、状況が把握出来ない。見えるだけでも、愛の助けにはならないかもしれないが、足を引っ張らないように立ち回るくらいは出来るかもしれない。用心棒達も傷を負った、すぐに駆けつけられないようにヤヤの力でねじ伏せられていたのだ、彼らに頼るばかりではいけない、物と人、お互いに助け合えるなら、その方が断然良いに決まっている。
多々羅は、今日も客の来ない店の中、カウンターに散らかった漫画雑誌を片付けながら、棚の前で物達に声を掛けている愛に視線を向けた。愛の手のひらには、本物のメジロと同じくらいのサイズになったヤヤがいる。ゴーグルがなくても分かる、きっと愛の傍らには、アイリスとユメ、トワも居るのだろう。そこにノカゼの姿がないのは、先程、愛の馴染みの修理屋に引き渡したからだ。その店も化身の事は理解があるようで、いつも丁寧に本体についた傷を直してくれるという。多々羅はちょうどご飯作りをしていたので、その人に会うことは出来なかったが、用心棒達は一人ずつ順番に修理に出されるというので、いつか会う機会があるかもしれない。
今、店の棚に並んでいる物達も、新しい持ち主を望んだ時は、先ずその修理屋の元へ運ばれるという。
愛とヤヤが棚の物達に声をかけているのは、今回の事で怖い思いをした物達の様子を見るため、そして改めて謝罪と、ヤヤをこの店に迎え入れる許しを得る為だった。
ヤヤは、この店を襲った時とは、その姿からして別人のようだが、その力までなくなった訳ではない。
つくも神である用心棒達が、一時的とはいえ化身の姿を現せられないようにされていたのだ、一般的な力しか持たない物の化身達は、さぞ怖い思いをしたことだろう。それでも、愛とヤヤの様子を見る限り、店の物達にも、ヤヤは概ね受け入れられているようだった。
それは、自分を取り戻したヤヤから、反省や、誠実な思いが伝わったからだろうか。用心棒達が、言葉や思いを尽くしながら、ずっとフォローしていてくれたお陰もあるだろう。
そんな皆の様子を見ていたら、この店は、人と物が手を取り合い続いてきた店なのだなと、多々羅は改めて感じていた。多々羅は、自分も正式にこの店の一員になれたのだと思うと、心はとてもわくわくしていた。
まぁ、それでもやってる事は何も変わらないけどね。
多々羅はそれも仕方のない事だと自分に言い聞かせ、カウンターの片付けを再開させた。そうしていると、愛がこちらに戻ってきた。
「あれ、ヤヤは?」
その手の中にヤヤがいないことに気づいて問いかけると、愛は柔らかに表情を緩め、棚を振り返った。
「物同士でお喋りしてるよ。ヤヤの気持ちが伝わったんだろうな、怖いほどの力も味方と分かれば心強いって、色々質問攻めにされてる」
「大丈夫ですか?」
「平気平気。転校生を囲ってるようなものだし、アイリス達も側にいるから。物だけでのコミュニケーションも大事だしな」
そう言って、愛は安心した様子で肩を下ろした。
「へぇ…」
そういえば、多々羅はこの店にいる用心棒達以外の化身の姿を見たことがない。それに、転校生状態のヤヤはどんな感じだろうか、ちゃんと答えられているだろうかと、ちょっとした親心と好奇心に突き動かされ、多々羅はエプロンのポケットに入れているゴーグルに手を伸ばしたが、それは愛によって奪われてしまった。




