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6. 禍つもの11


**


多々羅の中に流れてきたつくも神の記憶によると、少年はメジロの簪の化身で、名前は、ヤヤという。

ヤヤは、江戸時代、武家のお姫様と恋に落ちた商人の青年、その人の持ち物だった。


お姫様と青年は、彼女が家臣の目を盗んで家を抜け出した時に偶然出会い、以来、こっそり逢瀬を重ね愛を育んでいたという。

だがそれも束の間、彼女の嫁ぎ先が決まってしまった。

二人は、「気持ちだけは離れずここに。いつだって心はここにある」と誓い合い、対の簪を渡し合った。桜の花の簪を彼女に、メジロの簪を彼が。そして、必ずまた会おうと約束を交わしたけれど、その約束が果たされる事はなかった。


そのメジロの簪がヤヤだ。ヤヤの持ち主は、ヤヤを大事にしてくれていたが、その後、別の女性と所帯を持ち、幸せに暮らしていたという。


どうして。

幸せに笑う主の声を抽斗の奥で聞きながら、ヤヤは主の気持ちが理解出来ずに混乱した。


二人は、約束をする事が目的だったのかもしれない。約束を持てば、夢が持てた。夢が持てれば、それが叶わないとしても、明日へ向かう力になる。明日に恋しいその人がいなくても、ちょっとした希望が力になる事もある。


どうにも出来ないから夢を見て、夢の中に思いを閉じ込める。そして、別の現実を生きていく。どうしたって人は、未来に向かって生きていかなくてはならないからだ。


けれど、ヤヤにその考えは理解出来なかった。何故、主は約束を果たそうとしないのか、主が出来ないなら、それなら自分が彼女を探してあげようと思うようになった。物の化身となれば、ある程度は自分の力で、或いは動物達の力を借りて移動が出来る。


ヤヤは、言葉を通わせられる気の良い犬や猫、狸や鳥たちにお願いをして、彼女を探し続けた。時に情報を集めて、実際に自分を運んで貰って。動物達の動ける範囲だが、精力的に動き続けた。人目を盗んで外へ出掛けても、必ず夜には家に帰ってきた。誰も触れる事のなくなった抽斗の奥、その小箱の中に一人帰る寂しさには、気づかない振りをした。その気持ちを忘れる為に、ヤヤは主の為に再び朝には外へ出掛けていく。


でも、彼女は、片割れは、見つからなかった。


やがて、主が亡くなった。それからは、その寂しさを埋めるように、誰の物にもならず、つくも神となった後もずっと彷徨い続けた。

片割れを失って、主を失って、怖かったのだ、また誰かを失うのが。誰かを信じて、好きになって、それから一人に戻る事を想像する事が、ただ、怖かった。


だが、長い年月の探し物は、どうして見つからないのかという悲しみに取り憑かれ、主の気持ち、自分の気持ち、どれが自分のものだったのかも分からなくなり、やがて心の奥底に残ったのは、何故自分がこんなに苦しまないといけない、悲しまないといけないんだという、恨みや憎悪だった。

その暗い思いに呑み込まれ、ヤヤはくつも神でありながら、禍つものと化す寸前だった。


ヤヤが零番地の手に渡ったのも、初めは宵の店でその恨みを果たす為だった。

これだけ探しても見つからないなら、宵の店が片割れの簪の心を消したせいかもしれないと。そんな確証はどこにもない、でも一度そう思ってしまったら、ヤヤはその気持ちから抜け出せなかった。


ヤヤは誰でも良かった、この暗い思いを誰かにぶつけられれば、そして散るなら、それで良かった。

一人で抱えるには、この思いは重く苦しくて。

大人しく物に身を潜めていれば、よほどの目利きでもない限り、つくも神だと分からないだろうと踏んで、零番地の手に渡るよう身を潜ませた。


そして、宵ノ三番地にやって来た。つくも神の力で店にいる物達に封じ手を使い、出てこれないよう物の中に縛りつけた。アイリス達が傷だらけだったのは、その縛りから無理に抜け出したからだ。その力の影響か、彼らの実体の物の方には、所々に傷が出来ていた。

そして、ヤヤは無抵抗の多々羅を襲った。




**



「とりあえず安静にね。体調に変化があったらすぐに呼んで」

「はい、ありがとうございます」


愛は礼を言って信之を見送ると、改めて店を見渡した。多々羅が目を覚ますまでの間、愛は店内の物達のケアに当たっていた。ノカゼ達、用心棒のサポートもあり、今は店内の物達も落ち着いているようだ。そのノカゼ達も、今はゆっくり体を休めている。傷を負いながらも自分達を守ってくれたのだ、その為の用心棒といったらそれまでだが、やはりそこは感謝でしかないし、出来れば傷を負ってほしくはない。


愛は、彼らの眠りを妨げないよう、そっと彼らに目を向けた。店内は静かで、化身の姿が見えなければ、ここは、ただの古びた雑貨店にしか見えない。まるで、物の心が全て消えてしまったようで、愛は怖くなる。

この店は、傷ついた物達が、ゆっくりその心を休める為にある筈なのに、彼らに怖い思いをさせてしまった。彼らがまた人を信用出来なくなったら、それは自分のせいだ。せっかく正一が築いた絆だって、壊してしまうかもしれない。


愛はきゅっと拳を握り、そっと店を後にした。



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