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1. ほろ苦い初恋6


綺麗な瞳は、どうして愛の体に悪さをするのだろう。


多々羅には、綺麗なものが悪事を働くという事が結びつかず、困惑するばかりだった。


「…愛ちゃんの病気、治らないの?」


医者にもはっきりとした原因が分からない病気、愛はこんな風に苦しんで倒れる日々を、これからも送るのだろうか。それを思ったら、可哀想で悲しくて、多々羅は泣きそうになりながら結子に尋ねた。結子は多々羅の問いかけに、くしゃっと表情を歪めたが、すぐに目元をごしごしと袖で拭って、泣きそうな声を我慢して、再び多々羅に向き直った。


「大丈夫!愛ちゃんの事は、私が守ってあげるんだから!楽しい事してると嫌な事も忘れちゃうでしょ?目を覚ましたら、愛ちゃんといっぱい楽しい事して遊ぶの!そうしたら、病気の事だって忘れちゃうでしょ?」


「だから、私が愛ちゃんを病気から守るの!」そう胸を張る結子に、多々羅は目を瞬いた。

医者でも分からない病気、治らないかもしれない病気、それでも、結子は愛の病気に対して諦めたりせず、自分なりに向き合っている。

根拠も何もないけど、子供ながらに必死に考え抜いたのだろう、キリッと多々羅を見据える結子の瞳は決意の輝きに満ち、多々羅は胸を熱くさせた。


シロツメクサの原っぱで振り返った愛の姿が甦る、正一に、愛の友達になってあげてと言われた言葉が多々羅の背中を押す。多々羅はぎゅっと拳を握ると、椅子から立ち上がり、結子を見上げた。


「僕も愛ちゃんの事、守るよ!僕、その…友達になりたいんだ。僕がいたら、また倒れちゃうかもしれないけど…」


それでも、愛の為に何か力になりたかった。愛が怖い思いをしているなら、自分はその盾になるんだと、その気持ちは本物だった。

それでも不安が過るのは、自分を見て怯えた愛の姿だ。自分のせいで倒れた訳じゃないと聞かされても、愛から何も聞けないこの状況では、愛の本心は分からず、多々羅は不安でならなかった。

だが、言葉尻を萎ませた多々羅に、結子はパッと表情を明るくさせて、多々羅の手を握った。


「そんな事ない!私も、たーちゃんが愛ちゃんの友達になってくれたら嬉しいなって思ってたの!」


結子にそう言われて、多々羅はほっとした。結子の嘘のない笑顔に、自分が愛の側に居ても良いんだと思えたからだ。


それから、眠る愛の傍らで、“愛ちゃんの病気をやっつける作戦”の相談を始めた多々羅と結子を、正一と信之も部屋の外から、そっと表情を緩め見守っていた。



***



それから数日、愛は眠り続けた。多々羅は正一の許可を得ているので、毎日のように瀬々市邸へ通い、眠る愛の隣で色々な話をした。

寝ていては何も聞こえないだろうけど、せめて楽しい夢を見てほしくて、幼稚園の事や、習い事での話、来る途中に見つけた面白い雲の形や、道端ですれ違った可愛い猫の話、それからお気に入りの絵本も読んで聞かせた。

多々羅にとってもこの時間は、歌舞伎の稽古での厳しい時間を忘れられる、ほっと出来るひとときだった。


でも、愛ちゃんが起きてたら、もっと楽しいのに。


そう思ったら、眠り続ける愛の姿を見るのが寂しくて、多々羅はそんな気持ちを振り払うように、目を覚ましたらどこへ行こう、どんな遊びをしようかと、愛に話しかけた。シロツメクサの原っぱで、愛と一緒に遊べる事を想像すれば、少しだけ寂しさが消えるような気がする。だから、楽しい未来の話を沢山した。





「愛ちゃん、起きてくれるよね…?」


そんな中、愛の様子を見に来た正一に、多々羅は恐る恐る尋ねた。正一は、普段から着物を着ている事が多い。多々羅は家柄もあり、着物は見る事も着る事も日常の中にあるが、それでも、正一の着物姿は、なんだか他の誰とも違う気がして、それが多々羅には正一がヒーローの証を持っているからなのではと思え、密かに憧れていた。

自分を軽々と担いで走り出した正一の印象が、自分を助けに来てくれたヒーローのように思えたからだろうか、多々羅にとって正一は、キラキラして眩しい存在だった。

正一は多々羅の隣りに座ると、小さなその肩を宥めるように擦った。


「大丈夫、目を覚ますよ。ただ…、もしかしたら普通に暮らしていく事は難しいかもしれない。だから、もし多々羅君が大きくなって、まだこの子と仲良くしてくれてたら、この子を支えてやってくれるかい?」

「勿論だよ!」


多々羅は絵本をベッドの端に置くと、布団から出ていた愛の手を取った。ピクリと愛の小さな手が反応したが、多々羅は気づかずにその手を両手でぎゅっと握った。


「もし、目が見えなくなっても、このまま眠ってたとしても、僕が愛ちゃんの目になるし、耳にだってなるよ!ずっと一緒にいる!だから大丈夫だよ!」


ぎゅっと握った手が微かに握り返され、あ、と多々羅が驚いていると、ゆっくりと愛の目が開かれていった。


「あ…」


虚ろに開いた大きな瞳、左目が黒で、右目が翡翠色のオッドアイ。見つめ合って数秒、ふわっと微笑むその愛らしさに、多々羅は心臓が止まったかと思った。



御木立多々羅、五歳。初恋が実ったと感じた瞬間だった。




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