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瀬々市、宵ノ三番地  作者: 茶野森かのこ


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6. 禍つもの9



その後、多々羅(たたら)が目を覚ますと、自室のベッドの上にいた。


「多々羅君?」


心配そうな声に視線を向けると、ベッドの傍らには愛がいた。愛は心配に瞳を揺らしながらも、多々羅の状態をしっかり見極めようとしているのが分かる。多々羅は、じっと見つめられている事に目をぱちくりさせ、それから何があったんだっけと、ぼんやりしている頭の中、記憶を探っていく。


「えっと、俺…」


店に帰ったら愛の姿がなくて、それから。

そこで頭に浮かんだのは、黒い靄の中、苦しむ愛の姿だ。その首には指が絡んでおり、それは間違いなく自分の手で。多々羅は自分がしてしまった事を思い出し、顔面蒼白になった。体の自由が利かなかったとはいえ、愛にとんでもない事をしてしまった、とにかく謝らなければ、謝って済む問題ではないかもしれないが、せめてちゃんと気持ちを伝えて、それに、愛の体調だって心配だ。まさか、自分がこんな風に愛を傷つけてしまうとは思いもせず、多々羅は罪悪感にパニックになりながらも、とにかく横になっている場合ではないと、慌てて体を起こそうとした。


「ごめん、愛ちゃん!俺、」


しかし、どういう訳か体は鉛のように重く、鈍い痛みが全身を駆け抜ければ、多々羅は体を起こす事も出来なくなる。


「なんだ、これ…」


自分の体の変化に戸惑っていれば、「大丈夫だから、起きなくていいよ」と、愛はそっと声を掛けてくれた。その表情からは、多々羅に対する憎しみなどはなく、ただ、自分を案じてくれている事だけが感じられる。多々羅は、そんな愛の懐の深さに、優しさに、ぐっと気持ちが溢れてしまいそうになり、唇を噛み締めて堪えた。こんな傷つけておいて、自分が泣いている場合ではないと、気持ちを落ち着けようと必死になる。


「先生呼んでくるな」

「あ、愛ちゃん、」


側を離れようとする愛に、多々羅は焦ってその手を掴んで呼び止めた。愛はきょとんとしている。


「体は?首、痛かったでしょ?俺、すぐに抵抗出来なくて、苦しかったよね?本当にごめん、謝って済む話じゃないけど、本当に、」


ごめんと、震えそうな声を必死に抑えようとすれば、掴む愛の手に力が入ってしまいそうで、多々羅ははっとしてその手を放し、その拳を握りしめた。


愛の力になりたいと、よく言えたものだ。確かにあれは、何かに体を乗っ取られていたせいだが、そうなってしまったのも自分の落ち度もある、愛はこの仕事が危険だとずっと言っていた、それなのに、自分はどれだけ危機感を持って過ごせていただろう、何も起きないからと、甘く考えてはいなかったか。


自分を責める多々羅に、愛は戸惑った様子で瞳を揺らした。


「多々羅君が謝る事はない。俺は見ての通り何ともないし、謝るのはこっちの方だ。きちんと管理が出来ていなくて、多々羅君を危ない目に遭わせたんだ。申し訳ない」


そう頭を下げた愛に、多々羅はぎょっとして、すぐにその顔を上げさせようとするが、やはり体が上手く動かせず、あたふたしてしまう。だが、愛の顔を上げさせる事には成功したようだ。もどかしくベッドの上でジタバタしている多々羅に気づいたのだろう、愛はその様にきょとんとして顔を上げ、それから、ふっと力なく表情を緩めた。多々羅の事がおかしくて笑っているのではない、本当にほっとした様な、力が抜けてしまったというような表情に、多々羅は少し目を瞬いて、それからはっとして口を開こうとしたが、その前に愛が「待ってて」と続けた。


「ひとまず、先生に診て貰おう」


愛はそう多々羅に声を掛けると、部屋のドアを開けて、「先生」と呼び掛けた。すると、すぐに返事が聞こえてくる、その声は信之(のぶゆき)だ。多々羅が目を覚ますまで待機していてくれたのか、信之はすぐに顔を見せてくれた。


「目が覚めたかい?良かった、顔色も良さそうだね」


信之がベッドの傍らに腰掛けると、覚えのある光景に、多々羅はいたたまれなくなり、すかさず体を起こそうとするが、「そのままで良いから」と優しく声を掛けられ、多々羅は申し訳なさそうにベッドに背を戻した。


「すみません、体が重くて」

「他は?頭痛とか気持ち悪いとか」

「他は大丈夫です、すみません、また迷惑かけてしまって」


この角度から信之を見上げるのは、二度目だ。しかもそれはごく最近の事、多々羅は申し訳ない思いでいっぱいだった。


「迷惑じゃないよ、力になりたいって言ったでしょ」


そう笑う信之は、いつだって優しく穏やかだ。信之から醸し出される包容力は、どんな思いも受け止めてくれそうだし、あの奔放な正一(しょういち)の助手をしていたくらいだ、忍耐力もありそうだ。

改めて信之に尊敬を抱く多々羅だが、信之は多々羅の思いにはきっと気づいていないだろう、信之は、多々羅の様子を見て、安心した様に一つ頷いた。


「…うん、今のところ大丈夫そうだね。影の欠片も残ってないし」


信之の目には、化身の思いが影として見える。どうやら異常はないようだ。後ろに控えていた愛も、ようやくほっとした様子だ。


「あの、俺の中にいた化身ってどうなったんですか?」

「簪の中で眠ってるよ、暫らく出て来れないから安心して。それより、話してて大丈夫?眠った方が良いんじゃないか?」


愛が心配そうに言うと、多々羅は「大丈夫ですよ」と笑った。体は重たいが、どうしても動かせない訳ではないし、意識を失う前と比べたら楽だ。だが信之は、けろっとしている多々羅に、不思議そうな視線を向けている。


「しかし驚いたな…大体、何日かは寝込むんだけど…酷いとそれ以上、目を覚まさない人だっているのに」


信之の言葉に、多々羅はきょとんとした。あの後、多々羅は気を失ってしまったが、それでも、眠っていたのは二時間程だという。


「相手は、つくも神だったんだよね?」と、信之が愛を振り返ると、愛は頷いた。


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