6. 禍つもの8
「愛!多々羅!」
「…愛、多々羅」
その向こうから、ユメとトワがこちらへ駆けてくるのが見えた。聞き慣れた愛らしい声にほっとしたのも束の間、愛は二人の姿を見て言葉を失った。ユメとトワは、全身傷だらけだったからだ。
「お前達、なんでこんな…」
「話は後ね。私達の傷は直せるけど、人は弱いから」
同じく傷だらけのアイリスが歩み出て、自身の手のひらに、ふっと息を吹き掛ける。すると、手のひらからは次々と花びらが現れ、それが黒い影を覆っていく。全てを覆い尽くしたかと思えば、中からは花びらを振り払うように腕が伸びて、色を持った少年がその中から飛び出してきた。少年が逃げようとするのを見て、ユメとトワは襟の金糸の模様をなぞる。すると、二人の手には金色の紐のような物が現れ、それを少年に向かって投げると、金の糸は少年の体にぐるぐると巻きつき、更にその体を花びらが包んでいく。
「愛、早くしないと、跳ね退けられそう!」
「もう!同じつくも神なのに!負けないんだから!」
「…負けない」
アイリス、ユメ、トワと続く声に愛は頷き、急いで倉庫部屋に入った。
同じつくも神のアイリス達が拘束に苦戦するというなら、少年のつくも神は、人間や、他の化身の心を奪い、その力を強めてきたのかもしれない。
そうでなければ、余程強い思いを持った化身という事になる。
倉庫部屋と呼んではいるが、部屋の中は至って普通だ。棚が並び、机があり、暖色系の温もりあるライトが部屋を照らしている。家具も木製のアンティークで揃えられ、ここだけ別の店のようだ。
愛が机の上を見ると、壮夜が持って来た箱の内、一つの蓋が開いていた。それは、まだ中を改めていない物で、箱にはしっかりと封がされていた筈だった。慌ててその中を覗くと、そこには、恐らく紐で結ってあっただろう小さな木箱がある、その蓋も、紐が切られて開けられていた。
この紐は、化身が出てこれないようにする封じ手だが、つくも神用には出来ていない。恐らくあの少年は、自分がつくも神ではなく、ただの化身だと、零番地の者達を信じ込ませていたのだろう。
愛は、小箱の中に入ったメジロの飾りがついた簪を手に、応接室のキャビネットから鞄を取り出すと、急いで皆の元へ戻ってくる。
少年の側に簪を起き、鞄からパイプを取り出す。それに、いつもの金平糖より一回り大きな丸い飴玉のような物を仕込み、その煙を少年に吹き掛けた。すると、煙は少年の体をもくもくと包み、その煙は少年の体ごと、簪へと吸い込まれていった。
あっという間の出来事に、皆はぽかんとしている。
「今のは?」
「…今の」
「鎮静剤みたいなものが入ってるんだ、これで、つくも神といえども暫くは出てこれないし、多分、少しは体から影が抜ける筈だよ」
「愛、多々羅が!」
ユメとトワに説明していると、アイリスが血相を変えて声を上げた。多々羅はぐったりと体を横たえており、愛がすぐに駆け寄って名前を呼ぶと、その目をうっすらと開けた。
「おい、しっかりしろ!多々羅君!」
「愛ちゃん怪我は…?俺、首絞めたよな、愛ちゃん傷つけて、ごめん…こんな事、したくなかったのに、体が」
「分かってる、乗っ取られただけだ、お前は何も悪くない。だから、しっかりしろ」
「本当に…?俺、少しは役に立てたかな」
「え、」
その言葉に、愛は呆然とした。
今、多々羅は、自分がどういう状況にあるのか分かっているのか、体は動かないだろうし、話すのだって辛い筈だ。それなのに、多々羅は自分の事よりも愛を心配し、心を痛めている。
その思いに、愛はくしゃっと表情を歪めた。
守らなくてはいけないのは、自分の方だったのに、こんな風に傷つけてしまったのに、罵ってくれて構わないのに、多々羅はそれをしない。
優しいその心に、愛は涙が出そうになった。
「…バカだな、役に立つとかどうでも良いんだよ。お前がいないと、俺は、」
後は言葉にならず俯いた愛に、多々羅はそっと笑んで、愛の頭を撫でてやった。