6. 禍つもの5
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そんなある日の事、多々羅と愛が共に買い物に出かけた帰り、喫茶“時”の前で、舞子に呼び止められた。何やら愛に相談がある様子だったので、多々羅は先に店に帰る事にした。
店に帰ると、買い物袋を持って二階に上がり、冷蔵庫に食材を仕舞うと、再び店に下りた。夕飯にはまだ早いので、愛が帰るまで店番をしておこうと思ったからだ。しかし、手持ち無沙汰だ。掃除もやってしまったし、多々羅に出来る仕事はない。こんな時は訓練かなと、エプロンのポケットに入れたままのゴーグルとイヤホンを取り出した。それらを装着し、多々羅は気合い十分に、用心棒が潜む物の前に立った。
「皆さん、付き合って貰って良いですか?」
そう声を掛けてみるが、いつもならすぐに姿を現してくれる彼らは、一向に姿を現さない。
「…あれ、ノカゼさん?」
皆の名前を呼んでも反応がない。こんな事は初めてだ。
ゴーグルが故障したのか、それとも気づかない内に彼らに嫌われるような事をしてしまったのか。多々羅は、内心焦りながら呼び掛けを続けたり、角度を変えてゴーグルを見ていたりしていると、バン!と勢いよく応接室へ続くドアが開いた。驚いて振り返れば、応接室の向こう、倉庫部屋のドアまで開いている事に気づく。
「…え、」
だが、どうして、と思う余裕は多々羅にはなかった。
ドアの開く音と同時に、ドアの向こうから無数の黒い何かが、塊となって勢いよく飛んできたからだ。
「な、」
それは、黒い腕や翼へと姿を変え、多々羅の体に巻き付き、その目や口を塞いでしまう。そして、多々羅は抵抗する間も無く、ドアの向こうに引きずり込まれてしまった。
パタン、とドアが閉まる。店内には、ゴーグルとイヤホンだけが転がり落ちていた。
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「ただいま」
少しして、愛が店に帰ってきた。愛は店内を一度見回すと、二階へと続く扉を開けた。そこが家と店の境になっているので、靴の脱ぎ履きはそこで行うようにしているのだが、多々羅の靴がなかった。家に居れば靴がある筈だ、店にも姿はなかったし、どこかへ出掛けたのだろうか。
愛は首を傾げたが、とりあえずはそのまま二階へ向かった。
薄暗いリビングの電気をつけ、部屋を見渡したが、やはり人の気配はない。それから、テーブルの上を見渡してみたが、書き置き等もなかった。
「……」
愛は再び首を傾げた。店を留守にするなら、店に鍵も掛けずに出て行くだろうか。いくら用心棒がいて、誰も来ないからといっても、戸締まりはしなきゃダメだと、愛は多々羅に怒られた事がある。それ以外にも、出掛ける時はどこに行くか伝えるようにとも言っていた。これに関しては、愛の迷子対策でもあるのだろう。
端から見れば、子供に注意をしている親のようだ、だが、愛はそうだとは思わず、他人との同居生活とはこういうものかと、多々羅の注意を素直に受け止めていた。
人には口煩く言っておいて、自分は何も守らないじゃないか。
そうむくれそうになった愛だが、やはり何か引っ掛かる。本当に多々羅は出掛けたのだろうか。
「多々羅君?」
愛は念のため多々羅の部屋に向かい、ドアをノックする。返事が無いので開けてみれば、もぬけの殻だ。
やっぱり出掛けているのか、そう思い店に戻った所で、はたと気づく。
「…ノカゼ?」
シンと静まり返る店内に、いつもは感じる気配がない。愛は慌てた様子で店内をぐるりと見渡した。
「ノカゼ!アイリス!ユメ、トワ!」
声を掛けても反応がない、愛は舌打ち、すぐに応接室、その先の倉庫部屋へ向かった。
「多々羅君!居るのか!」
鍵を差し込むが、鍵が軽い。だが、ドアノブを捻ってもドアが開かない。愛は、ドンドンとドアを叩きながら、多々羅の名前を呼ぶが、何の反応もない。
「くそ!なんでこんなっ」
何度か体当たりを試みるが、ドアはびくともしない。木製の古いドアだ、こんなに頑丈だったろうか、だが、どうにかしてこじ開けるしかない。
そうして一人ドアと格闘していると、カラン、とドアベルが鳴った。
「愛ー、スマホ忘れて行ったよー…って、どうしたの!」
何やら必死な顔をしてる愛を遠目に見て、応接室に駆け込んで来たのは、舞子だ。




