6. 禍つもの3
そんな時、結子から、この間言っていた食事の誘いの連絡が入った。
宵の店に、特別な休日はない。営業時間も短い上に、愛は別にして、多々羅の仕事は店番くらいしかないので、多々羅としては、働いていると言って良いのか躊躇うくらいだ。愛の世話役といっても、家事は自分も必要な訳だし、一人暮らしに愛が入り込んだと思えば、これも仕事としてお給料を貰って良いのかと、最近になってちょっと気になっている多々羅だ。
しかも、休みたい時は好きに休めるようになっている。多々羅が休みを欲しいと言えば、愛は簡単に休みをくれるだろう。最近では、「今日は何もしなくていいんじゃないか」と、愛が言うくらいだ。それはそれで店としてどうかと思うが、そもそも店に関しては多々羅の出来る事は大してない。
「それなら家事を休んだら?たまには良いだろ」と、愛は言ってくれるが、その言葉に甘えてしまうと、部屋があっという間に崩れていくのは目に見えている。多々羅が倒れた翌日も、愛は張り切って洗濯をやってくれていたが、洗う前より汚してしまうというミラクルを起こしていた。食事は舞子や信之が持って来てくれたので問題なかったが、洗濯を失敗してしょんぼりと肩を落とす愛を見ていたら、自分はこの先も病気にはなれないなと、多々羅はこっそり気合いを入れ直していた。
仕方ないなと吐いた溜め息に、嬉しい気持ちが入り交じる。たまには手抜きもするが、多々羅にとって愛のお世話は、やはり大事な役割の一つだった。
そんな訳で、何もする事がなくても大抵は愛と共に過ごしている多々羅だ、愛としては、多々羅が倒れた事もあり、たまには羽を伸ばして欲しいという思いもあるのだろう。多々羅が少し長めのお昼休憩を申し出ると、何も聞かずに了承してくれた。
多々羅が来てからは、お昼は二人で食べていた。家で作ったり、昼時から時間をずらして、喫茶“時”に食べに行ったりもしている。愛が一人の時は、舞子が店に食事を持ってきていたので、応接室で用心棒達と共に食事をしていたようだ。愛は宵の店で、物の化身とばかり過ごしていたので、舞子は多々羅と共に喫茶“時”で食事をする愛を見て、驚いたと同時に、人と関わりを持ってくれた事にほっとしたという。
そんな話を舞子から聞き、多々羅が嬉しくならない筈がない。愛にとって自分は、少しは心を委ねられる存在になれたのかな、なんてつい浮かれてしまう。
そんな訳なので、多々羅はちょっと後ろめたさを感じていた。長めの休憩を申し出ても、愛は理由を聞かない。結子と二人で食事をするなんて愛には言いづらいので、理由を聞かれない事にはほっとしたが、何だか愛に嘘をついているみたいで心苦しくもある。多々羅にその気があるだけで、まだ付き合う訳じゃない、愛には内緒で二人で話したいと言ったのは結子だが、愛に秘密を作る事で、また愛との距離が出来てしまわないかと、少し不安にもなる多々羅だ。
気にしすぎかもしれないが、気にしないでいられる程、多々羅は愛の事を知らない。
多々羅はそんな不安を覚えながらも、愛のお昼ごはんを早めに用意して、店を出た。
結子と連絡を取り合ってはいるが、会うのは久しぶりだ。
正直、結子から食事と聞いて、多々羅はてっきりレストランでディナーかと張り切ったが、予想は外れ、カジュアルなランチのお誘いだった。
それでもデートには違わない、そう気合いを入れて待ち合わせしたレストランに向かったのだが、なんと店は改装中だった。
「本当にごめん!お店が休みだと思わなくて」
「謝んないでよ、俺はどこでも…結ちゃんと居れたらそれで十分だから」
「たーちゃん、相変わらず優しいな」
結子はほっとした様子で微笑んだ。さりげなくアプローチしたつもりだが、手応えはまるでない。多々羅は取り繕い笑った。まだデートは始まったばかりだし、それに、再会してから会うのは二回目、今、焦った所で仕方ない。
目当てのレストランが休みだったので、二人は近くの喫茶店に入った。
今日は日曜日。結子も休みかと思えば、アパレルブランドを立ち上げたばかりで忙しいらしく、今日も昼休憩の時間を利用して、多々羅に会いに来てくれたようだった。
「忙しいんだね、大丈夫?」
「うん、それよりこっちこそごめんね。愛ちゃんの店、休みじゃないんでしょ?」
「はは、どうせ俺は暇だったから。それより、頼みたい事って?」
メッセージアプリでやり取りした際、結子は頼み事があると書いていた。
「うん。これ、愛ちゃんに渡してほしくて」
結子が取り出したのは、細長い包みだ。品のある紺色の包装紙に、リボンがかけられている。形からして腕時計だろうか。
「これは?」
「愛ちゃんの誕生日プレゼント」
「え、愛ちゃんの誕生日って、これからだっけ?」
幼い頃の多々羅は、愛のみならず、結子と凛人の誕生日にもお呼ばれしていた。その記憶では、愛の誕生日は数ヶ月前ではなかったかと、多々羅は首を捻った。多々羅の疑問も、結子はすぐに気づいたようで、困り顔で表情を緩めた。




