6. 禍つもの2
「お兄さん、新しい人?」
「そうだよ」
「ずっと居る?」
「うん、…追い出されなきゃね」
そう苦笑えば、少女は心なしか、パッと表情を輝かせた。それから、まじまじと多々羅を見上げている。
「名前は?あたしは、華椰!」
「多々羅だよ。よろしくね」
「多々羅、ふふ!よろしくね!」
花が飛ぶような笑顔に、多々羅はつられて微笑んだ。
「ね!聞かせて!」
「あぁ、うん。待ってねー」
オルゴールの棚の前にしゃがみ、ネジに触れ、ふと思う。
そういえば、勝手に触って良いのだろうか。そんな不安にかられ、多々羅はエプロンのポケットからイヤホンを片耳だけ取り出した。アイリスから苦情が聞こえたら、やめようと思ったからだ。
「優しくしてね」
だが、心配は杞憂に終わった。耳元で語りかけるアイリスの声は、何か含みを持たせたような言い方で、思わず変な声が出かかったが、多々羅は懸命に平静を装ってネジを回していく。こんな所で奇声を上げでもしたら、華椰に変に思われる。少女相手に変態だとでも思われたら、色々と終わる気がする。
そんな多々羅の必死な葛藤は露知らず、華椰は多々羅の隣で楽しそうに笑顔を浮かべていた。
「あらあら、可愛いこと。愛とは大違いね」
「愛といる時と、笑い方が違う」
「罪な男ね!」
「…罪」
アイリス、ノカゼ、ユメ、トワと続く会話。イヤホンをしているので、多々羅にもそんな声が聞こえてくる。
今、多々羅には見えていないが、化身達は華椰の反応が物珍しかったのか、姿を現して、ニヤニヤと笑みを浮かべている。
うるさいぞ、と言い返してやりたいが、華椰の手前、多々羅は笑顔で口を噤むしかない。
ネジを巻き終えると、アイリスと同じ姿の陶器の人形が、まるで花の舞い散る中、歌い踊っているかのように、ゆっくりと回転していく。多々羅には、流れる音楽がクラシックかな、位にしか分からなかったが、華椰は楽しそうに鼻歌を口ずさみながら、オルゴールを見つめていた。
「このオルゴール好き?」
「うん!でも、売り物じゃないんでしょ?だから、たまに見せて貰ってるんだ!これは、ずっとここに置いとくから、いつでも来て良いって、愛が言ってた!」
「そうなんだ」
「今日はね、ちょっとだけ悲しくなりそうだったけど、この子のおかげで元気になれた」
「やだ、泣きそう」と、アイリスの声が聞こえてくる。自分が華椰の心に寄り添えたようで、感激したのだろう。
「そっか、華椰ちゃんの力になれたら、このオルゴールも喜んでるよ」
「えへへ、多々羅にも会えたから元気になれた」
照れくさそうに言う華椰に、多々羅も「本当?」と笑って、華椰の頭をぽんと撫でた。
「ママにお使い頼まれてるから、またね!」
「またね」
そう手を振って元気に駆けて行く華椰を、多々羅は外まで見送った。そして店に戻ると、愛が応接室のドアから顔だけ出してこちらを見つめているので、多々羅はびくりと肩を揺らした。
「て、店長?」
「モテモテだね、多々羅君。俺なんか華椰にあんな風に言われた事ないけど」
じっとりと不機嫌に見つめられ、多々羅は苦笑った。
「たまたまですよ、お、お茶でもいれましょうか?」
「もういれたからいい」
「そ、そうですか…」
そして応接室の向こう、恐らく倉庫部屋に消えていく愛に、多々羅は、ふぅと息を吐いた。
「ヤキモチかしら?」
「いや、ショックなんじゃないか、あれは。華椰が愛に懐くまで随分時間が掛かっただろう、なのに多々羅には一瞬だ」
「多々羅は、愛と違って親しみやすいからね。こういう顔もタイプだったんじゃない?」
「愛は、小さい男ね!」
「…小さい」
用心棒達が好き勝手に喋る中、多々羅は苦笑って、愛の消えたドアへ目を向けた。
そんな中、愛はやっぱり優しいんだなと、多々羅はふと思う。そうでなければ、華椰が来る度にオルゴールを聞かせてやったりしないだろうと。
愛はきっと、人にも、物にも、同じだけ思いやりの持てる人だ。人を突き放したくとも、結局距離なんて取れないのではないか。
だとしたら、あの壁を、あのドアを、どうしたら開けるのだろう。愛が抱えているものを、どうしたら軽くしてあげられるのだろう。
多々羅は堂々巡りを繰り返す思考に、自分の至らなさを痛感し、溜め息を吐いた。