5. 消えた指輪と記憶11
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改めて智から当時の話を聞き、多々羅も懐かしい気持ちになった。多々羅の隣では、愛が興味深そうに話を聞いていた。
「青春しているな」
「ちょっと、店長!」
「はは、お恥ずかしい…でも、あの時はどうしてあんな事したのか、今思い返すとよく出来たなと思うよ」
苦笑う智に、また智が落ち込むのではと思った多々羅は、焦って智の隣にしゃがみ、その顔を覗き込んだ。
「何言ってるんですか!智さんは、元々そういう人ですよ!」
「え?」
「基本、困ってる人は放っておけないでしょ?じゃなきゃ、ほとんど接点もなかった俺に声をかけませんよ」
多々羅が智とちゃんと言葉を交わしたのは、弟の穂守の話を聞きたいと、多々羅が生徒達に囲まれていた時だ。二人は同じテニスサークルの先輩後輩というだけで、挨拶を交わす程度の仲だ。だから、智が弟ではなく、多々羅個人を尊重してくれた事が嬉しかったし、智の言葉は、多々羅にとっては希望のようで、宝物を貰った気分だった。
だから多々羅は、智を尊敬して憧れた。
「それは…麗香と出会ったっていうのもあるし」
だが智は、瞳を頼りなく伏せるだけだ。多々羅はそんな智がもどかしく、ぎゅっと拳を握った。
「…俺は、智さんが元々持っていたものだと思うけど…でも、もしそうだとしたら、麗香さんは凄い人です。誰かに出会った事で変われるって、そんなにないじゃないですか。目が合って、人生変えられちゃうような人、やっぱり二人は一緒にいるべきですよ。俺も、一目惚れはあったけど…」
智の自信の無さが悔しくて、その悔しさを上乗せした分、熱量たっぷりに話していた多々羅は、そこではっとして言葉を止めた。
多々羅の一目惚れした相手は、初恋の人、愛だ。愛を女の子だと思い込んでいた日々が脳裏に甦り、苦い気持ちが胸の中に広がっていくのを感じる。不意に視線を感じ、後ろを振り返ると、愛も多々羅の考えている事に気がついたのだろう、にやりとした笑みが目に入り、多々羅は苦虫を噛み潰したように愛から視線を戻した。
あの勝ち誇ったかのような顔…。もしや、正一から持たされた切り札という名の写真を持っている事を、まだ根に持っているのだろうか、そう思えば多々羅はちょっと居心地が悪くなる。
それと同時に、何だか愛に申し訳ない気持ちにもなった。
きっと、あの封筒の中にある写真は、愛にとってよほど嫌な写真なのだろう、多々羅はその封筒の中を見ていないので、それがどんなものか分からない。愛がそこまで嫌がるものに興味はあるが、勝手に見るつもりもない、しかし、それでもまだ愛に写真を渡す事は出来なかった。
店を追い出されない為の切り札だ、きっとまだ愛の信用は勝ち得ていないだろう。そう考えたら切なくて、多々羅が再び愛を振り返ると、愛は智の手元にじっと視線を向けていた。化身が姿を現しているのだろうかと、多々羅は花壇に視線を戻すが、残念ながらゴーグルのない多々羅にはその姿を見る事は出来ない。
残念に肩を落とした時、愛がふと口を開いた。
「よく聞く言葉ですけど、やらないで後悔するなら、やって後悔する方がいいって。そんなのどっちにしろ後悔に違いはないだろって思ってたけど」
呟くような愛の言葉に、多々羅が不思議に思い振り返ると、愛はやはり智の手元をじっと見つめたままだった。
「俺も、まだ声が届く距離にいるなら、その思いを伝えた方が良いと思います。怖くても、それが相手を思っての事でも、それを決めるのは、あなたじゃない」
愛は、ぽつりぽつりと言葉にする。その口振りは、化身や智に言っているのではなく、まるで愛自身に言っているかのようで、多々羅は途端に不安が胸に押し寄せてくるのを感じた。眼鏡越しの愛の瞳は、揺れもせず、ただ一点を見つめていて、そのまま遠い記憶の海に沈んでしまいそうで、多々羅は思わず立ち上がりかけたが、智が大きく息を吐く声が聞こえたので、多々羅は智に顔を向けた。
「そうですね。この指輪だって、理由もなくこんな場所に埋められたら嫌だよな…」
大きな溜め息は、智自身に対してのものだろう。
智は言いながら、掻き分けた土の中から、そっと指輪の箱を取り出した。ずっと傍らにいた指輪の化身は、ほっとした様子で愛を見上げ、愛はその視線を受けると、しっかりと化身を見つめ、そっと微笑んだ。
指輪の箱を開けると、ひょっこりと指輪の化身が顔を覗かせた。対の指輪の化身と同じく、銀色のドレスを着た手のひらサイズの女性だ。彼女もほっとした様子で智を見つめ、それから対の化身の姿を見留めると、二人は涙を浮かべながら再会を喜び、抱きしめあった。
「会いに行くよ、麗香に。ちゃんと、気持ちを伝える」
そう言って顔を上げた智は、少し緊張した面持ちで、その不器用な作り笑顔に、多々羅は嬉しそうに笑いながら、「大丈夫ですよ!きっと上手くいきますから!」と、その背中を押した。
それから智は、その決意の揺らがぬ内に、その足で麗香に会いに行った。麗香の実家近くの公園で麗香を待つ間、緊張と不安でどうにかなりそうな智だったが、それは麗香の方も同じのようだ。不安そうにしながらもやってくる麗香に、智は来てくれた事にほっとすると同時に、麗香はまだ自分を受け入れてくれるだろうかと、それでもやはり麗香と離れたくない思いがない交ぜになって、胸が苦しくなる。
それでも、気持ちを伝えるんだと、麗香の側に居るために、もう一度、麗香に認めて貰うために。




