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瀬々市、宵ノ三番地  作者: 茶野森かのこ


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5. 消えた指輪と記憶8


「…麗香さんの気持ちはどうなるんですか」


苛立ちと悔しさを抑え、絞り出すように多々羅が言えば、智は躊躇うように視線を揺らした。「…それは」と、その先の言葉が続かない智を見て、多々羅は智の顔を上げさせるように腕を掴んだ。多々羅の方へ顔を向けた智だが、その時の反動で左腕が揺れ、指輪の化身が驚いて尻餅をつきそうになったのを、愛が咄嗟に手のひらで受け止めた。指輪の化身は愛を見上げるも、最初は思わず怯えた表情を見せたが、愛の手のひらに視線を落とすと、安心したように「ありがとう」と、愛を見上げた。愛はさすがに言葉を返せないので、そっと口元に笑みを乗せるに止めた。


多々羅と智は、愛の様子には気づいていないようで、多々羅は尚も訴えるようにその腕を軽く揺すっている。


「もう一度、ちゃんと話し合った方が良いですよ。麗香さん、智さんに嫌われてるんじゃないかって、怖がってるんですよ」

「…それは、俺達が夫婦だって知ったからだろ。あいつは真面目だから、俺の事気にしてるだけだ。誰にだって優しいのは、多々羅だって知ってるだろ」


頑なな智の言い分に、多々羅は智の腕から手を放すと、膝の上で、ぎゅっと拳を握った。


多々羅の頭の中では、繰り返し麗香の悲しそうな、寂しそうな笑顔が浮かんでは消えていく。思い合う気持ちは確かにある筈なのに、どうして麗香の思いを受け止めてくれないのか、信じてくれないのか、多々羅はそれがとても悔しくて悲しかった。


多々羅だって、麗香は強い人といった印象が強い。でも、今の麗香は不安で心が苦しくて、それでも前を向こうと勇気を出して愛を訪ねてきた。智の気持ちが分からないなら、きっと指輪を探してほしいと依頼するのも怖かった筈だ。無事に指輪が見つかっても、智はもういないかもしれない、強い麗香が不安で心細くなるのは、相手が智だからで、大事な人だからだ。そんな麗香を、智だけは受け止めてきたのではないか。智は、麗香の外には出せない弱い部分をきっと知っている、それなのに、どうしてと、多々羅はやるせなさでいっぱいだった。


「麗香さんだって、強くないですよ。頭の中では分からなくても、心は嘘をつけないんですよ。智さんとの時間が、麗香さんの中にあるんです。俺、智さんが大事な人を放っておいて、こんな、こんな情けない事言うとは思いませんでした!」


立ち上がる多々羅に、愛が「多々羅」と、腕を掴んだが、多々羅はそれを振り払った。


「あなたがそんな気持ちでいるなら、お、俺が麗香さんの恋人に立候補しますよ!?」


その宣戦布告に、智は呆然と多々羅を見上げた。



智の瞳に、ある男の腕を掴んだ瞬間が甦る。振り返った麗香が、驚いたようにこちらを見ていて、やがて微笑みを見せてくれたのに、その微笑みが、夢のように消えていく。そして、麗香は自分に背を向けて、自分ではない誰かの隣に。


「ほ、本気ですよ!お、俺だって、」

「駄目だ!」


智は慌てて立ち上がり、多々羅の腕を掴んだ。


ふわふわと夢のような幻に、胸が苦しくなる。ただの想像だというのに、酒が入っているからだろうか、そんな想像ですら耐えられないと思ってしまった。



智が誰かと重ねた腕、その掴まれた腕を見て、多々羅は目を瞬き、それからほっとして肩を落とした。


「…なら、ちゃんと話さないと。大丈夫ですよ、きっと乗り込えられます」

「ごめん…その、多々羅は、麗香のこと…」


智は自分の行動に困惑しているようで、どこか申し訳なさそうに視線を揺らしながら呟いた。この期に及んで、なんて思っているのだろうか、多々羅は智にそんな風に思ってほしくなくて、何よりも、今の多々羅の宣戦布告は、智に発破をかける為のもの。多々羅は智が誤解を残さぬよう、きちんと座り直し、智と向き合った。


「俺は、昔の憧れってだけです。麗香さんは学園のマドンナでしたし、それに、」


今は他に好きな人がいる。そう口にしかけて、多々羅は咄嗟に愛を見て、慌てて押し止めた。視線を受けた愛は、多々羅の意図が読めなかったのだろう、不思議そうな表情を浮かべている。


「お、俺には智さんを越える事なんて、そもそも出来ませんから!大丈夫です、記憶を失っても、ちゃんと麗香さんは、智さんを想ってますよ」


多々羅の言葉に、智は眉を下げて俯いた。


「…格好悪いよな、俺、どうしたって、こういう奴なんだ…情けない」


そうして、くしゃくしゃと頭を掻く智に、多々羅は「何を言ってるんですか」と笑った。


「学園のマドンナを振り向かせたのは、智さんですよ?麗香さんに格好いいと思われている智さんは、格好良いに決まってるじゃないですか!それに智さんは、俺のヒーローみたいなものなんですから!」


多々羅はそう笑って、「そうと決まれば、決起集会に変更です!」と張り切って、智を励ますように、酒をすすめ、つまみをすすめ、思いを伝える為の作戦を立てようと励んだりと忙しい。



落ち込む智を励まし続ける多々羅を見て、指輪の化身は希望に表情を明るく染め、愛を見上げた。愛もそれに応えるように軽く肩を竦めれば、化身は安心した様子で指輪の中へと戻っていく。愛はそれを見届けると、再び盛り上がりを見せている多々羅と智を、微笑ましく見つめていたが、その視線はどこか頼りなく、残った酒を煽ることで誤魔化しているみたいだった。







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