5. 消えた指輪と記憶7
「様子がおかしいと思ったら、俺に催眠術でも掛けて、何か聞き出そうって魂胆かー?」
ふわふわとしながら智が言う、まだ酔いは残っているようだが、意識ははっきりとしているようだ。
「何?何か、シラフじゃ聞けない事?」
眠そうに目を擦りながら尋ねる智に、多々羅は視線を彷徨わせた。まさか、指輪の化身に話を聞いていたなんて言える訳もなく、どう誤魔化したら良いんだろうと考えている内に、その視線は智の指輪に止まった。智は、麗香の指輪を隠しても、自分はその指輪をつけたままだ。麗香を思っている、指輪を隠したのだって、きっと麗香を思っての事ではないか。
「いえ、」
「待ってください」
何か言葉を発しようとした愛を、多々羅が止めた。
この場を誤魔化そうとしてくれたのだろうが、多々羅はそれが分かっていながら、嘘をつく事が出来なかった。智は、いつだってまっすぐに自分と向き合ってくれた、気持ちを聞いてくれた。そんな智だから、ちゃんと自分も素直に向き合いたいと思った。回りくどい事はやめて、ちゃんと話をすれば、智は聞いてくれるし、答えてくれる人だ。多々羅はそう決心し、姿勢を正すと、まっすぐに智を見つめた。
「…実は、麗香さんの指輪の事なんです」
「おい!」
愛は思わず声を上げた。だが多々羅は、愛を制しつつ、愛をまっすぐと見つめる。大丈夫と言っているような揺らがない視線に、愛は溜め息をつき、腰を下ろした。
「俺、探し物屋に勤めてるって言いましたよね。麗香さん、俺達に指輪探しの依頼をしてるんです。それだけ、あの指輪が大事なんです。智さん、知ってるんでしょ?指輪のある場所」
真っ直ぐ見つめる多々羅に、智は気まずそうに視線を彷徨わせた。
「麗香さん、本当に知りたがっていて、それに思い出したいって言ってました。麗香さんは智さんの事、今だって大切なんですよ」
そのまま、この話から目を逸らして欲しくなくて、多々羅が懸命に訴えれば、智は困ったように眉を下げて自分の指輪に触れた。その時、指輪の化身が再び姿を現した。多々羅はゴーグルをしていないので、今、化身が見えるのは愛だけだ。指輪の化身は智の手に縋るように抱きつき、不安そうに智を見上げている。
智は指輪を見つめたまま、そっと笑んだ。諦めを滲ませたその表情に、化身の顔が悲しそうに歪んでいく。
「…麗香が目を覚まして、俺を覚えてないって分かった時、俺はこのまま麗香の前から消えた方が良いって思ったんだ。だから、麗香が眠っている時に、指輪を取った」
「どうしてそんな事。麗香さん、余計に不安になってますよ?」
「俺だってこんな事したくないよ。出来るなら、どっしり構えて、麗香の不安を丸ごと受け止められるような、格好いい男になりたいよ」
でも、と智はソファーに寄りかかる。指先は、指輪を撫で、化身は肩を落としながらも、智の手の甲を撫で擦っていて、智の心に寄り添っているようだった。化身にとっても、対の指輪が麗香の指から外された今、自分も、いつ智の指から外されるか分からない、自由のない場所で、ひとりぼっちの日々を送ることになるのかもしれない。そんな未来を思えば辛いだろうに、それでも持ち主に寄り添う指輪の化身の姿に、愛はなんとも言えない気持ちになりながら、智の話を聞いていた。
「…俺、ずっと自信なくてさ、どうして麗香みたいな子が俺なんかを好きになってくれたのかなって」
「それは、智さんが格好いい人だからですよ、俺の憧れですから」
むきになる多々羅に、智は気の抜けた様子で笑った。
「はは、多々羅くらいだよ、そんな事言ってくれるのは。俺だって、劣等感の塊みたいな所があって、変わろうって思えたのも、麗香に会ってからだ。あいつ、まっすぐで融通効かない所あってさ、でも、それが格好良くて。なかなか言えないだろ、駄目なものを駄目とか。俺は情けないけど、そんな麗香を見てたから、後輩の前で強くいられたんだ。多々羅には魅力があるのに、俺みたくならないで欲しいってのもあるけどさ」
笑って智は、一つ息を吐いた。
「…だから、こんな俺を麗香はもう一度好きになってくれるのかなって。俺達が付き合ったのは、偶然っていうか…だから、もう一度出会いから始めたら、今じゃ環境も違うし、それこそ麗香にとって新たな出会いもあるかもしれない。もっと良い男と出会えるかもしれない、そう思ったらさ、俺は枷にしかならないだろ」
多々羅は、智の思いを聞き唇を噛み締めた。
智が麗香の枷になる筈がない、多々羅は弱気な智の発言に、だんだんと腹立たしさを覚えていた。多々羅にとって、智も麗香も憧れの人なのだ。智が居たから、多々羅は大学生の間は、穂守への劣等感が少し薄れたし、気持ちが楽になれた。
だから、そんな風に、智には自身を否定してほしくなかった。




