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瀬々市、宵ノ三番地  作者: 茶野森かのこ


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5. 消えた指輪と記憶6


***



そういう訳で数日後、宵の店の二階で、男だらけの飲み会が開かれた。


麗香経由だと怪しまれると思い、多々羅は共通の友人に頼んで智に連絡して貰った。多々羅が久しぶりに会いたいと伝えると、智は快く誘いに乗ってくれた。

安い缶チューハイに、つまみを何品か用意したリビングで、多々羅と智は昔話に花を咲かせた。智は人見知りしないタイプだし、愛は外面だけは良い。話は、多々羅と智が在籍していたテニスサークルでの話で盛り上がった。



智は、初対面の愛にも、人の良さそうな印象を与えた。背が高く、笑顔が印象的な爽やかな好青年だ。だが、そのシャツは少しよれて、笑ってはいるが、どこか疲れた顔をしている。

最初はどうなる事かと思った愛だが、智は酒に弱く、一時間もすればすっかり夢の中だった。


多々羅が考えた作戦は、智が酒に酔った所で、指輪の化身に現れて貰うというシンプルなもの。それなら、変に理由を作って指輪を借りなくていいし、もし話し声で智が起きたとしても、夢でも見ていたんだと、誤魔化せば良いと。


「本当に弱いんだな、まだ一本も飲んでないぞ」

「前はもうちょっと飲めてたけど…疲れてるのかな、ちょっと心配になりますね」

「奥さんが自分の記憶を失えば、そりゃな。本当に起きないよな」

「はい。智さん、いつもぐっすりコースですから」

「よし」


愛が左手の薬指に嵌められた指輪に語りかけてみると、煙を使わずとも化身が現れた。きっとこの指輪も、麗香のコンパクトミラーや智の万年筆と同じ思いなのかもしれない、彼らは持ち主の二人がまた幸せに笑ってくれる事を願っている。

愛が、化身が現れたと合図をくれたので、多々羅もゴーグルとイヤホンを装着した。


姿を現した指輪の化身は、銀色のタキシードを着た、手のひらサイズの男性だった。そして、愛の瞳を見て跳び退いた。


「翡翠の瞳!?い、いや、この際誰でもいい、助けて下さい!」


飛び退いた小さな体が、愛の手に駆け寄ってくる。その姿に、愛はしっかり頷いた。


「勿論ですよ、智さんが起きない内に聞かせて下さい。麗香さんの指輪を隠したのは、智さんですよね?場所は分かりますか」

「僕の対は、小さな箱に入れられて土の中に…それは分かるんだけど、あの場所はどこだろう。花があったから、花壇ってものだと思うんだけど、僕が智の元に来てから初めて行く場所だったから」


化身の言葉に、多々羅は首を傾げた。


「化身になって表に出て来ない間、物には外の様子って見えてるんですか?」

「その時の状況にもよるだろうけど…眠っている場合もあるし、物として、ひっそりと日々を過ごす物の方が多い。化身になって外の世界が見えても、彼らは何でも知っている訳じゃない。そこがどこかは人間達の会話で知ったり、物同士で情報交換をしているようだ。

長い間化身として外を見ていたり、つくも神までいけば、知識もついているんだろうけど、ほとんどの場合が、常に外に意識を向けている訳じゃない」


愛の説明に、そう言えばと、多々羅は記憶を巡らせた。多々羅は、宵の店の中で、用心棒達以外の化身の姿を見た事がなかった。多々羅がゴーグルとイヤホンの訓練をしている時、アイリスやノカゼが棚の物達に声を掛けていた事があったが、化身の姿は見えなかったし、物からは声も聞こえなかった。その時は、物同士だから姿を現さないでも会話が出来るんだなと、ぼんやり思うくらいだったが、姿を現さないのは、それがやはり普通だからなのだろう。


指輪は、ショーケースの中で過ごす時間も長いだろうし、元から外の世界の知識がないのも、仕方がないのかもしれない。


愛と多々羅が話していると、化身の彼は、「自分が不甲斐ないです」と、頭を抱えて項垂れた。


「僕が、もっと周りを見ていれば良かったんです。片割れの指輪が箱に閉じ込められて、ずっと混乱していて、智に声なんか聞こえないのに、どうして、どうするのと聞くばかりで」


嘆く指輪の化身に、愛は指先でその背中をそっと撫でた。力を込めてしまわないように、優しく、怖がらせないように。


「あなたは何も悪くありません。無理もありませんよ、突然の事で、智さんも麗香さんの事はショックだったでしょう…でも、理由もなく指輪を閉じ込めたりはしない筈です。智さんは、とても優しい人でしょうから」

「…でも、人の心は分かりません…」

「…そうですね、心は変わりますから。でも、優しい人だというのは、変わりません。あなたを見ていれば分かります」


それには、指輪の化身はきょとんとして顔を上げた。


「智さんの持ち物達は、皆さん主人思いです。智さんが物にも愛情を持って扱う人だから、あなた達は主人を思って悲しんでいる、指輪を理由もなく閉じ込める人じゃないと分かっているから、あなただって苦しいんじゃないですか?」


その寄り添うような愛の言葉に、声に、指輪の化身は瞳を揺らして愛を見つめた。


「何か、理由がある筈です。麗香さんもその理由を知りたがっています、何か他に気づいた事があれば教えてください」


その熱心な眼差しを受け、指輪の化身はきゅっと唇を引き結ぶと、ぐいと目元を袖で拭った。それから、気持ちを改めるように愛を見上げた。


「対の指輪が埋められた場所は、とても人が多くて広々とした場所でした。あと、智の知り合いにも会いました、色んな人に声を掛けられていましたから」

「…どこだ?心当たりあるか?」


化身の言葉を聞いて、愛が多々羅に尋ねるが、多々羅は再び首を傾げた。


「う~ん、その情報だけじゃなんとも…仕事場?会社に花壇あるのかな…」


「何、こそこそやってんだよー」


不意に、寝ていた筈の智から声が聞こえ、愛と多々羅はびくりと肩を揺らした。化身は智に見える事はないが、慌てて指輪に戻っていく。多々羅も焦ってゴーグルとイヤホンを外した。

智は目を擦りながら、まだ眠そうに上体を起こした。


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