表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/120

5. 消えた指輪と記憶4


麗香が片付けをしにキッチンへ入るのを見て、愛はパイプを咥えて、作り出した煙を和紙に吹き掛けた。すぐに足跡が現れたが、それはその場で回るだけで、すぐに消えてしまった。

足跡が現れたので、麗香の探したい思いは本物だ。それでも足跡がすぐに消えてしまったのは、麗香が探しても見つけられなかった通り、この家の中に指輪が無いからだろう。

愛は、部屋の中に入る許可を得て、智の部屋の中を探った。智の持ち物に話を聞く為だ。入ったのは仕事部屋だろうか、机の上にパソコンが置かれていて、脇に棚がある位の、やけに殺風景な部屋だった。


「…無いな」


化身になる物というのは、持ち主からの思いが込められた物や、物自身が何か主張したい思いに突き動かされた時という、曖昧な物だ。智の部屋からは、物を大事にしている印象は窺えたが、化身として姿を現してくれそうな物は見つからなかった。手当たり次第に声を掛けても、物の気持ちがこちらに向かなければ、姿を見せてくれることはない。それが探し物である場合は、パイプの煙を使って化身を引き出す事も出来るが、そうでない場合は、無理に引き出す事は極力避けたかった。こうして姿を見せないのは、愛を恐れている場合もある、こんな時、もっと上手く立ち回れたら良いのにと、愛は器用になれない自分に嫌になる。


それでも、自分を偽って化身と対峙する事は愛には出来ず、どうしようかと頭を悩ませた。

このまま何もヒントが得られないと、智に直接聞かなくてはならない。もし、智が指輪を隠したなら、すんなりと話を聞いてくれるだろうか。


愛が思案していると、「もし」と、小さな声が聞こえた。驚いて振り返ると、デスクの上にちょこんと腰掛けている化身の姿があった。


見た目は初老の男性で、着物を纏い、頭には帽子を被っている。彼の傍らには黒い万年筆があり、その手にも、万年筆を細くした様な杖を持っている事から、彼は万年筆の化身のようだ。


「初めまして、私は宵ノ三番地の瀬々市と申します」


愛は相手の方から姿を見せてくれた事に安堵して、身を低くして挨拶をした。化身は愛の瞳を見ても恐れる様子はなく、しょんぼりと肩を落として愛を見上げている。


「私は、智の万年筆だ。他の物達は、翡翠の瞳が苦手でな、顔を見せない事を許しておくれ」

「いえ、こちらこそ押し掛けるような真似をして、申し訳ありません。あなたは、どうして?」

「麗香の声が聞こえてな、彼女は智の元に帰って来てくれたのだろうか?」

「…指輪を探しに来たんです。彼女は智さんの記憶を失い、智さんとの関係について悩んでいるようです」

「そうか…」


化身は、寂しそうに話を続けた。


「智が、どうやら引っ越しを考えてるみたいでな」


それには、愛は目を丸くした。


「ここを引き払うって事ですか?どうして?」

「さてな…私は従うだけだからな」


智は、麗香との関係を絶とうとしているのだろうか、まだ麗香は別れるとは言っていないのに。


「麗香さんの指輪の事は知りませんか?その指輪が見つかれば、何か、二人が共に居られるような、きっかけが得られるかもしれません」


愛にとっては、麗香も智も親しくないので、正直、二人が夫婦でいようが別れようがどちらでも良い。それは、二人で決める事だ。ただ、目の前の化身の寂しそうな姿を見ていたら、無関心のままではいられなかった。彼はまだ、二人の側に居たいと望んでいる、その気持ちを大事にしたかった。


その思いは、万年筆の化身にも届いたのだろうか。彼は、そっと表情を緩め、それから考え込む仕草を見せた。


「指輪の事は指輪に聞くのが良いだろう、智の指輪は、智が対の指輪を土に隠したって言っておったぞ。ただ、場所までは分からんでな」

「…そうですか、ご協力感謝します」

「あまり力になれんでな、二人をよろしく頼むよ。智の下手くそな鼻歌が聞けなくて寂しいんだ」


智は、気分が良いと鼻歌を歌うらしい。毎回調子が外れてるというが、今は家に帰ってきても、それを聞く事は無くなってしまったようだ。


智は、本気で麗香と別れる気でいるのだろうか。


愛は化身が戻った万年筆をそっと撫で、部屋を後にした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ