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瀬々市、宵ノ三番地  作者: 茶野森かのこ


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5. 消えた指輪と記憶3


多々羅(たたら)が食器を片付け、早速ゴーグルとイヤホンを装着して戻ってくる。愛はその様子に溜め息を吐きながら、テーブルの上に麗香(れいか)のコンパクトミラーを置き、それに語りかけた。


コンパクトミラーの化身は、道具を使わずとも姿を現してくれた。化身にも、何か訴えたい事があったのだろう。

現れた化身は、赤を基調としたアジアンテイストのワンピースを着ており、頭に花の飾りをつけた手のひらサイズの女性だった。


「初めまして、私は宵ノ三番地の瀬々市(ぜぜいち)です。麗香さんが身につけていた指輪についてお聞きしたいのですが」


彼女は愛の翡翠の瞳を見ると、やはり怯えた様子を見せていたが、それでも、愛の表情や声を聞いている内にその気持ちも和らいできたのか、今度は泣き出しそうに表情を変えた。


「人の記憶は戻らないの?あんなに幸せだったのに…麗香は、本当に幸せだったのよ?」


そう悲しく訴える化身に、愛は化身と視線を合わせるように床に膝をついた。


「この先、記憶が戻るかは分かりませんが、記憶を失っても、結べる絆はあるかもしれない。その為に、何か知ってる事を教えてほしいんです」


多々羅は思わず愛の横顔を見つめた。

愛の言葉は、上辺だけのものではなく、その中に切に願う気持ちが見えて、多々羅はどこか安堵したように頬を緩めていた。

愛は、自分の家族とは距離を置いている、それを思えば、一度途切れた関係なんて、と言いそうだが、そうじゃなかった。それなら、愛だって結子(ゆいこ)達と昔のように…と、つい期待してしまう。


「麗香さんが指輪を外した所とか見てませんか?」


愛の優しい問いかけに、化身は涙目になりながら口を開いた。


「私は鞄の中だから見えなかったけど、今、修理に出されてる鞄が言ってたわ。(さとし)が麗香の指輪を外したって」

「それって、いつか分かりますか?事故の日でしょうか?」

「えぇ、まだ麗香が眠ってる時だったって」

「それからは?どこにいるかとか、分かりませんか?」

「分からない、あの日から智とは別々になっちゃって、智の持ち物にも会えないから…」

「そうなんですね…事故の前は、喧嘩とかもなかったんですよね」

「私の知る限りは。私が眠ってる時は分からないけど…」

「そうですか…ご協力感謝します」

「…翡翠のあなた」


その一言に、一瞬、愛は固まった。

翡翠、その瞳の色は、恐れられる不吉なものだ。

愛の胸に嫌な思いが過ったが、化身が訴えたかったのは、愛を苦しめるものではなかった。


「私、あなたの噂は信じないわ。だからお願い、二人がまた一緒に居られるように協力してあげて。私達は、寄り添いたくても何の力になれないから」


切実に訴える化身からは、麗香への溢れる愛情が伝わってくる。愛は彼女の様子に、そっと微笑んだ。持ち主をこんなに思い案じているのは、このコンパクトミラーが大事に扱われてきた証拠だ。この化身は、恐らくこの先も、禍つものになる事はないのだろうと愛は思う。

同時に、愛自身の事を恐れずにいてくれて、嬉しかった。


「勿論です、その為の探し物屋ですから」


愛がしっかりと頷くと、化身はほっとしたように微笑んだ。




***




翌日、愛と多々羅は、麗香と共に、今は智だけが暮らしているマンションに向かった。


「いいんですか、お邪魔して」

「うん、あの日以来、私も来るのは初めてだけど、私の家でもあるから好きに来て良いって。今日来る事は、言ってあるから」


そう穏やかに言う麗香だが、家のドアを前に躊躇う様子を見せた。


「麗香さん?」

「あ、ごめんね…、このドアの先に、私は本当に入って良いのかなって」


困って笑う麗香に、多々羅は麗香の思う所に気づき、眉を寄せた。そして、躊躇う麗香に構わず、勝手にドアを開けてしまった。

麗香は焦ったが、玄関にはくたびれたサンダルだけがぽつんと置かれており、それを見てどこかほっとした様子だった。


「智さんが、麗香さんを待ってない訳ないじゃないですか。昨日友達に聞いたら、今も指輪してるって言ってましたよ」

「…そう、なんだ」


ほっとしたように肩を落とした麗香に、多々羅も表情を緩めた。

部屋に上がると、一人暮らしになったせいか、部屋は多少散らかって見えた。キッチンにもゴミが溜まっており、色々山積みになっている。


「…あの、お、お茶出しますね、あるかな」

「麗香さん、いいですよ。それに…もし良ければですけど、片付け手伝いましょうか」


多々羅の言葉に、麗香は同意して苦笑った。こんな状態でも、愛のゴミ屋敷よりは断然ましだった。


「俺は、少し部屋を見させて貰っても良いですか」


愛が尋ねると、麗香は申し訳なさそうに頷いた。


「ごめんなさい、まさかこんなに散らかってるなんて」

「こんなの可愛いもんですよ」


多々羅の言葉に、愛は思わずじとっと多々羅を睨んだが、多々羅はあえて、カラッと笑うだけだ。

愛は一つ溜め息を吐いて、二人に背を向けた。何にせよ、麗香の視線を逸らせれば、それでいい。


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