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1. ほろ苦い初恋4


「さて、どうした?」


正一は何事も無かったかのようにその場で腰を落とし、多々羅に視線を合わせながら尋ねた。

多々羅は、その懐の深い瞳を見上げながら、大人達がいつも緊張した様子で正一と話していた姿を思い出していた。大人達の緊張は子供にも伝わるので、多々羅も子供ながらに正一には遠慮して、緊張して、いつも遠目に眺めていただけだった。


けれど今の正一には、大人達が緊張してしまうような怖さはない。凛々しい顔はちょっと怖いけど、高圧的どころか物腰は柔らかく、その優しさが、多々羅の心をつついて、多々羅の視界を再び潤ませていく。話を聞いてくれようとしている正一が、ただ嬉しくて、安心してしまったからだ。

けれど、多々羅はすぐに思い直して、ぐいと袖で涙を拭いた。

今は泣いてる場合じゃない、ちゃんと伝えなくちゃと、正一をまっすぐに見上げた。


「ぼ、僕のせいで、僕が声を掛けたから、女の子が倒れちゃったんです!助けて!きっとあの子死んじゃうよ!」

「女の子?」


正一は、顎に手をあて首を傾げたが、すぐに状況を理解したのか、膝を軽く叩いて立ち上がった。


「大旦那様!何をしてるんですか!履き物も履かないで、」

「お祖父様が外にいるの?」

「見てはなりません、お嬢様!」


窓の向こうからは、顔を覗かせた女性、使用人の遠野春子(とおのはるこ)が、恐らく結子(ゆいこ)に声を掛けられ、顔を出したり引っ込めたりしている。彼女は、多々羅も良く知っている女性だ。年齢はこの時、四十代半ば位だろうか、いつも髪をお団子にして、紺色のシャツとスカート、白い前掛けをかけている。この家の使用人スタイルだ。彼女は、仕事の傍ら多々羅達の遊び相手にもなってくれるので、多々羅にとって春子は、楽しいお姉さんといった印象だった。


「遠野君!愛が倒れたようだ、念のため主治医を頼む。騒がせたくないから、皆には気づかれないようにな」

「えぇ!?か、畏まりました!」

「愛ちゃん具合悪いの?」

「お嬢様もご内密に!大変大変!お嬢様もお坊ちゃんも、早く早く!」


春子が慌てふためきながら、結子と凛人(りんと)を連れて駆けていく様子が窓の向こうから聞こえてくる。

正一はその様子に、些か心配そうに頭を掻いたが、気を取り直して多々羅と向き合った。


「その子はどこに?」

「裏の原っぱです!」

「よし、行くぞ!」

「わ!」


そう言うと、正一は軽々と多々羅を肩に担ぎ走り出した。多々羅は驚きつつ、正一のがっしりとした肩にしがみついた。確かな足取りで、正一は風を切り颯爽と走っていく。肩に担がれた多々羅は、振り落とされないようにしがみつくことで精一杯だ。景色はどんどん流れ、来る時はあんなに遠くに感じたのが嘘のように、あっという間に原っぱに着いてしまった。

多々羅は肩の上で振り返ると、原っぱの真ん中に居る少女を見つけ、声を上げた。


「あ!あの子です!」

「よし、任せなさい!」


正一は、またもやあっという間に少女の元へ駆け寄ると、多々羅をゆっくりと原っぱに下ろした。それから少女の側で膝を付き、その体を抱き上げると、そっと彼女の目元に大きな手を当てた。


「大丈夫だ、怖い事はないよ、大丈夫」


正一が優しく声を掛ける、深みのある温かな声だ。少しの間そうしていると、少女の呼吸も幾分落ち着いてきたが、それでも多々羅は、気が気ではなかった。


「た、助かるの…?」


心配そうに尋ねる多々羅に、正一は笑って多々羅の頭を撫でた。


「あぁ、大丈夫だよ。知らせに来てくれて助かった」

「僕のせいだから…」

「君のせいじゃないさ」

「嘘だ!だって僕が声を掛けたから…!僕どうしたらいい?どうしたらこの子の助けになれる?」


必死に言い募る多々羅に、正一は笑ってその頭をくしゃ、と撫でた。


「じゃあ、この子、愛の友達になってくれるか?」

「え?」

「この子にとっては、それが希望になるんだよ」

「なる!なりたい!そんなので良いの?」

「“そんなの”が、必要なんだ。さ、一緒に行こう」


愛と呼ばれた少女を抱えて立ち上がった正一に、多々羅は頷きつつ後を追う。嬉しい、なんて思ったけれど、ぐったりとしてる愛の姿を見たら、その気持ちも心配と混ざり合い、複雑な思いにかられていた。喜んだけれど、愛はこんな自分を受け入れてくれないかもしれない。だって、自分のせいで倒れたのだから、と。



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