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瀬々市、宵ノ三番地  作者: 茶野森かのこ


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4. 恋する女子高生7


「ね、椿ちゃんの大会、一緒に見に行きましょうよ。俺、弓道の大会って見たことなくて」

「悪いけど、俺はいいよ」


そう言いながら、愛はいつものようにどっかりとカウンターに腰かけた。今の優しい微笑みはどこへいったのだろう、漫画雑誌を手に取る姿には、この話を早々に切り上げたいという様子がひしひしと感じられる。

今なら頷いてくれるかもと思った多々羅だが、そう甘くは無かったようだ。


「でも、店長へのお誘いですよ?一度くらい、良いじゃないですか。椿ちゃん、ただ来てくれるだけで嬉しいんですよ」


カウンターに手をつき、漫画雑誌を少し下ろさせて尋ねてみたが、愛は多々羅を軽く睨み上げただけだった。

何がそんなに嫌なのだろう。確かに、椿の思いに応えられないのなら、行かない方が良いのかもしれないが、椿の話し振りだと、恋が実る事が重要ではないように思う。勿論、成就させたい思いはあるだろうが、単純に観に来て欲しい、会いたい、色んな話をしたい、その思いの方が強い気もする。


だが、愛からは話を聞く気すらないようで、シャッターが下ろされた音すら聞こえてくるようだ。多々羅は仕方ないと身を引いた。こうなれば説得が難しいのは、容易に想像が出来たし、無理に自分の気持ちを押し通しても逆効果だろう。


「…まぁ、また考えましょう。でも、可愛い子ですね、気持ちが真っ直ぐで」

「相手は高校生だぞ」

「じゃあ、年齢が違ったら?」


年齢が違ければどうなのか、気になって聞いてみた。気が無いなら呆れるとか、気があるから睨むとか、そんな反応を想像していたが、多々羅の予想は外れ、愛はさっさと目を逸らすだけだった。


「俺は、一人でいたいんだ」


そして、再び壁が立ち上がる。それはシャッターどころではない分厚い壁のようで、多々羅は途端に寂しくなった。


「…そんなの、寂しいじゃないですか」


一度は通り抜けたと思った壁も、そう簡単になくなる訳じゃない。

小さな頃は構わず取り払っていた壁も、さすがに子供の時のように上手くはいかない。愛も昔のように、簡単には越えさせてくれない。


でも、それは多々羅も分かっている。何度でもぶつかろうと、決めたのだ、この手で愛の手を引くと。


だから、愛がいくら壁を立ち上げようと、今までと同じようにただ引くわけにいかない、少しでも自分を含め、愛を思う人間がいるとアピールしようと、多々羅(たたら)がムスッとしたまま立ち尽くしていれば、さすがに愛も根負けしたのか、溜め息を吐きながら、漫画雑誌をカウンターの上に置いた。


「そういうお前はどうなんだよ。彼女とか」


不満げに唇を尖らせながら愛が言う。多々羅は、まさか自分に恋の話題が返ってくるとは思わず、決意は途端に弱腰になった。


「俺は…まぁ…そもそも俺に近寄ってくるのは、弟目当ての女子ばかりでしたから、あまり恋に自信が無いのが正直な所ですけど…」


恋どころか、人生すべてにおいて自信はないが。

苦い思いが込み上げるようで、多々羅は落ち着かない気持ちになる。こうなると、愛の気持ちも尊重したくなり、途端にしどろもどろになった。

しかし、愛はそんな多々羅の思いよりも、何か考え込むように天井を見上げている。


「弟って、一つ下の?あまり会った記憶が無いな…」


小さく首を傾げた愛に、多々羅は「ほとんど会った事ないと思いますよ」と、少し目を伏せた。


「あの頃は、あいつ病気がちだったので。まぁ、その内に俺の事を嫌っていったんで、例え瀬々市(ぜぜいち)邸に行きたくても、俺が行くから行かなかったのかもしれないですね。だから、店長が覚えて無くても無理はないですよ。…あ、でもそっか、弟の方がしっかりしてるので、店長は弟の方が良かったかも。店長の事、女の子なんて勘違いしなかっただろうし」


苦い思いが連れてきた弟への劣等感が、多々羅に自信を失くさせる。愛への決意もすっかり萎んで、笑って逃げようとする自分がまた嫌になる。


愛は何か考え込んでいたようだが、ふと多々羅を見つめると、何事もなかったように再び漫画雑誌へと手を伸ばした。


「…俺は多分、多々羅君だったから、一緒に遊んでたんだと思うけどな」


ぽつりと、何でもないように愛が言う。思いもよらない言葉に、多々羅はきょとんとした。愛は、照れている風でもなく普段通りだったので、それが愛の本心からの言葉だとより感じてしまって、多々羅の胸に、愛の言葉がじんわりと染み渡っていく。


俺だったから。


多々羅は愛の言葉を胸の中で反芻し、その言葉の持つ重みをぎゅっと抱き締めたくなった。

誰かのではなく、何かのでもなく、自分だから選んでくれる。愛の何気ない言葉は多々羅にとっては特別なギフトのようで、胸が熱くなる。

愛の手を引くどころか、こっちが引っ張りあげられてしまったと、多々羅は何だか泣きそうになって、それをどうにか堪えれば、照れくさくなって笑った。


「はは、ありがとうございます。そっか、そうなんですか」


涙を飲み込んだら、今度は嬉しさが全面に出て止まらない。そっか、そうなんだ。心の中で何度も繰り返す度に、顔が緩んでしまう。


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