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瀬々市、宵ノ三番地  作者: 茶野森かのこ


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4. 恋する女子高生3


多々羅(たたら)の躊躇う気持ちとは裏腹に、椿(つばき)は明るく身を乗り出した。


「ね!今度、試合があるんだ。愛ちゃん連れて来てよ!」

「試合?何の?」

「弓道!部活でやってるんだ。意外でしょ」


意外だった。弓道というと、気品や静けさを思い浮かべてしまう。彼女は真逆にいる感じだ。


「今、失礼な事考えたでしょ、弓道って面かよとか思ったでしょ」

「…いや、」


何故だろう、愛のみならず、椿にまで心の声が聞こえてしまうのか。多々羅は必死に苦笑いで乗り切ろうとするが、それすらも椿にはお見通しのようで、椿は軽く手を振った。


「いーのいーの、慣れてるし。でも私、これでも部内では結構上手い方だし、後輩に慕われちゃったりしてるし」

「へぇ、でも興味は沸くな」

「でしょ?愛ちゃんだって、一度見てくれたらギャップ萌えしちゃうかも!」

「はは、かもね」


椿はリュックを下ろし、中から取り出した可愛らしいメモ帳に、大会の場所や日時を書いていく。愛の事が本当に好きなんだなと、その可愛らしい様子を見て、多々羅は思い、ふと疑問が浮かんだ。


「そういえば、二人はどこで知り合ったの?あまり接点が無さそうに見えるけど」

「私が落とし物しちゃったの」

「落とし物?」

「うん、去年のクリスマスにね」



***



去年のクリスマス、椿は一人で公園の植木に手を突っ込み、探し物をしていた。


「見つからない…」


かれこれ、二時間近く経っている。鼻の頭も指先も、寒さで真っ赤に染まっていた。それでも構わず、椿は植木を掻き分け、探し物を続けていた。


「あなたが、深谷(ふかや)さん?」


そんな中、声を掛けられた。椿が振り返ると、そこには眼鏡を掛けた愛がいた。黒いシックなコートに、青いマフラーで鼻先まで覆っている。

寒さに震え上がる愛だったが、そんな愛を見て、椿は瞳を輝かせた。


「探し物屋の瀬々市(ぜぜいち)です」

舞子(まいこ)さんとこのですよね!本当に来てくれたんだ!」

「…舞子さんの所の人間ではありませんが」


愛は眉を寄せたが、椿は構わず愛の懐に飛び込んだ。


「弟分なんでしょ?何でも言い付けて良いって!」

「…弟になった覚えも、姉弟の契りを交わした覚えもありませんが」

「…ふふ!瀬々市さん面白い!」

「…初めて言われましたよ、そんな事」


愛は困った様子で、溜め息を吐く。愛には、椿が何を面白がっているのかさっぱり分からない、だが、そんな愛の姿にも、椿はおかしそうに笑っていた。女子高生の笑いのツボは分からないなと、愛は小さく肩を落とした。


「まぁ、舞子さんに頼まれた事は確かです。可愛い隣人が困ってるから、力を貸してやってくれって」

「さすが舞子さん!」


舞子と椿は、同じアパートのお隣さんらしく、互いに家族ぐるみで仲が良いという。なので椿は、喫茶店“時”にもよく顔を出していた。

舞子に椿の探し物を頼まれた時は断るつもりでいた愛だったが、当時はまだ正一(しょういち)が店に居たので、正一に言われては断れず、こうして彼女の元へ出向いたようだ。


「それで、何を探してるんです?」

「お守り。必勝祈願のピンクの袋のやつ」

「受験生?」

「ううん、来年高三。弓道の大会前に貰ったの。大事な物なんだけど…一週間前、ここでカイロを鞄から出したら、一緒に落っことしちゃって。そしたら、猫が咥えて、ぴゅーって」

「…それ、本当?」

「本当だもん!そうじゃなきゃ、こんな雪の中探してない!ここの茂みに入って行ったの!」

「分かった分かった、探しておきますから」


そう言って愛は、首に巻いていたマフラーを、椿の手に軽く巻いて乗せた。


「わ、何?」

「生憎手袋は持ってないんだ。そんなので悪いけど」


椿はきょとんとして愛を見つめ、それから手元でぐるぐる巻きにされたマフラーへと視線を落とした。温かな温もりが、冷えた指先から全身に伝わっていくみたいで、愛に視線を戻せば、早速鼻の頭を赤くして、寒そうにコートの襟を引き寄せている。


あんなに寒がっているのに、貸してくれたんだ。


そう思えば、椿は照れくさいような嬉しいような気持ちに満ちて、マフラーが巻かれた両手を胸に抱いた。不思議と、愛がキラキラして見える。雪に霞む事もなく、雪まで愛の為に降っているかのように思えてしまう。椿はドキドキと胸が高鳴っていくのを感じていた。



「…温かいかも」

「それ持って行っていいから、先に帰って下さい。見つかったら、後で舞子さんに渡しておくので」

「え、私も探す!」

「いえ、寒いですから。というか、あなたを見てるだけで寒いですから」


雪の中でも、椿は生足を出している。それを見るだけで、愛は身震いを起こしそうだった。


「えー、プロなんでしょ?ちゃちゃっと見つけちゃうって、舞子さん言ってたよ!」


あいつ、と、愛は思わず胸の内で舌打ちをした。椿に目を向ければ、期待に満ちた眼差しを向けてくる。鼻の頭を赤くして、はやく温かい室内に入りたくないのか、愛はそう思いはしたが、見つかるまで気が気ではない、それ程、椿の落としたお守りは大事な物なのかもしれない。一週間前に失くしてから、毎日こうやって探しているのだから。

愛は諦め、コートのポケットから化身を辿る為の和紙とペンを取り出し、彼女にそれを手渡した。


「これに名前を書いて。そのお守りの事念じながら」

「名前?」

「簡単でいい、おまじないなんだ」

「ふーん。分かった!」


椿は特に気にする様子もなく名前を書いていく。同じく愛のコートのポケットには、金平糖を仕込んだパイプが入っていた。


「はい、書いた」

「じゃあ、始めますので、ここで待っていて下さい」

「はーい」


愛が椿から離れようとすると、椿は愛についてくる。愛は溜め息を吐いて、椿を振り返った。


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