表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
瀬々市、宵ノ三番地  作者: 茶野森かのこ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/120

3. 再会と宵と用心棒25


ドアから顔を覗かせた愛は、なんだか叱られた子供のような表情を浮かべていて、多々羅(たたら)は思いがけないその様子に、思わず表情を緩めていた。まるで、子供の頃の愛に再会したような、多々羅の知る愛がそこにいる気がしたからだ。


「…多々羅君、大丈夫なの?」


恐る恐るといった具合に尋ねる姿は、見知らぬ人と対面した猫のようで、信之(のぶゆき)は笑って愛を手招きした。


「問題ないよ。多々羅君の体に化身の影は一切見えないし、倒れたのは、ゴーグルを付けた時間が長かったせいだろうね」


そう愛を安心させるように言うと、信之は立ち上がり、多々羅に向き直った。


「今日の所は、ゆっくり休んで。明日も体調が優れないようなら連絡ちょうだい。僕の病院ね、今は後輩がやってるんだけど、物の化身にもちゃんと理解のある子だから、もしもの時はそっちで治療も出来るからさ」

「はい、ありがとうございます、先生」

「今はただの喫茶店のマスターだよ。じゃあ、またね」


信之は部屋を出て行きがてら、愛の肩を優しく叩いて行く。労うような、励ますような手の温もりに、愛は小さく頭を下げた。そうして二人きりになると、愛は多々羅が言葉を発する前に勢いよく頭を下げた。


「ごめん!俺のせいだ、ちゃんと気遣えなかったから」


愛の言葉に、多々羅はきょとんとした。多々羅は今、愛への発言に反省したばかりだ、愛に謝って貰う資格なんて無いと思っている。


「やめて下さいよ!俺だって、倒れるまで自分の体調の変化に気づかなかったし、それに、愛ちゃんの事だって、分かった気になって酷い事を言いました」


「ごめんなさい」と頭を下げ、多々羅は「でも」と、顔を上げた。


「俺、辞めませんからね!」

「…え?」

「ほら、愛ちゃん家の事は出来ないし、俺が居なくなったら、家事をする人を探すのも大変でしょ?道にだって迷うし、お客さんのフォローだって必要だし。それに、またゴーグルとイヤホン貸して欲しいです」

「…は?」

「無理に使いません!毎日、ちょっとずつ慣らしていきます!そうしたら、俺にも出来る事がもっと見つかるかもしれないし、その可能性はゼロじゃないでしょ?」


お願いします、と頭を下げる多々羅に、愛は戸惑いを見せた。「でも」と、否定の声が聞こえると、多々羅は顔を上げて愛の手を掴んだ。愛は驚いて顔を上げ、多々羅と目が合うと、翡翠の瞳を困惑に揺らした。濁った翡翠の色は、濁った分、色に深味が増しているように多々羅は思う。この瞳に何が取り憑いたのか、それが何を意味するのか、考えてもやはり多々羅の胸に浮かぶ言葉は、綺麗、それだけだった。


「愛ちゃんの瞳は、綺麗だよ」


多々羅の一言に、愛は目を瞪った。昔、瀬々市(ぜぜいち)邸のシロツメクサの原っぱに寝転んでいた時、まっさらな翡翠の瞳に太陽の光が当たり、本当にそれが宝石のように輝いて見えたので、愛が困り果てているのにも構わず見つめていた事があった。

愛は困って、きっと、どうして良いか分からなくて、だから目も逸らせないのだろうと多々羅は思う。まるで、昔の愛を見ているようだった。

愛の手を引けるのは、自分だ。見当違いの道へ行こうというなら、しっかりその手を引いて、明るい日差しの元へ連れて行く。

多々羅はそう決心して、愛の手をそっと握った。


「俺が、愛ちゃんの目になるし、耳になるよ。だから、俺が怪我したら助けてよ」


あの頃だってきっと、愛が男の子だと分かっていても、今と同じ事を言ったと思う。恋とか関係なくても、ただ愛と仲良くなりたかった。


今も同じだ、愛とはもっと色んな話をしたい。


そんな多々羅の気持ちが伝わったのか、愛はようやくの思いで視線を下ろし、それから、掴まれた手に視線を向けると、反対の手でぎゅっと拳を握った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ