3. 再会と宵と用心棒25
ドアから顔を覗かせた愛は、なんだか叱られた子供のような表情を浮かべていて、多々羅は思いがけないその様子に、思わず表情を緩めていた。まるで、子供の頃の愛に再会したような、多々羅の知る愛がそこにいる気がしたからだ。
「…多々羅君、大丈夫なの?」
恐る恐るといった具合に尋ねる姿は、見知らぬ人と対面した猫のようで、信之は笑って愛を手招きした。
「問題ないよ。多々羅君の体に化身の影は一切見えないし、倒れたのは、ゴーグルを付けた時間が長かったせいだろうね」
そう愛を安心させるように言うと、信之は立ち上がり、多々羅に向き直った。
「今日の所は、ゆっくり休んで。明日も体調が優れないようなら連絡ちょうだい。僕の病院ね、今は後輩がやってるんだけど、物の化身にもちゃんと理解のある子だから、もしもの時はそっちで治療も出来るからさ」
「はい、ありがとうございます、先生」
「今はただの喫茶店のマスターだよ。じゃあ、またね」
信之は部屋を出て行きがてら、愛の肩を優しく叩いて行く。労うような、励ますような手の温もりに、愛は小さく頭を下げた。そうして二人きりになると、愛は多々羅が言葉を発する前に勢いよく頭を下げた。
「ごめん!俺のせいだ、ちゃんと気遣えなかったから」
愛の言葉に、多々羅はきょとんとした。多々羅は今、愛への発言に反省したばかりだ、愛に謝って貰う資格なんて無いと思っている。
「やめて下さいよ!俺だって、倒れるまで自分の体調の変化に気づかなかったし、それに、愛ちゃんの事だって、分かった気になって酷い事を言いました」
「ごめんなさい」と頭を下げ、多々羅は「でも」と、顔を上げた。
「俺、辞めませんからね!」
「…え?」
「ほら、愛ちゃん家の事は出来ないし、俺が居なくなったら、家事をする人を探すのも大変でしょ?道にだって迷うし、お客さんのフォローだって必要だし。それに、またゴーグルとイヤホン貸して欲しいです」
「…は?」
「無理に使いません!毎日、ちょっとずつ慣らしていきます!そうしたら、俺にも出来る事がもっと見つかるかもしれないし、その可能性はゼロじゃないでしょ?」
お願いします、と頭を下げる多々羅に、愛は戸惑いを見せた。「でも」と、否定の声が聞こえると、多々羅は顔を上げて愛の手を掴んだ。愛は驚いて顔を上げ、多々羅と目が合うと、翡翠の瞳を困惑に揺らした。濁った翡翠の色は、濁った分、色に深味が増しているように多々羅は思う。この瞳に何が取り憑いたのか、それが何を意味するのか、考えてもやはり多々羅の胸に浮かぶ言葉は、綺麗、それだけだった。
「愛ちゃんの瞳は、綺麗だよ」
多々羅の一言に、愛は目を瞪った。昔、瀬々市邸のシロツメクサの原っぱに寝転んでいた時、まっさらな翡翠の瞳に太陽の光が当たり、本当にそれが宝石のように輝いて見えたので、愛が困り果てているのにも構わず見つめていた事があった。
愛は困って、きっと、どうして良いか分からなくて、だから目も逸らせないのだろうと多々羅は思う。まるで、昔の愛を見ているようだった。
愛の手を引けるのは、自分だ。見当違いの道へ行こうというなら、しっかりその手を引いて、明るい日差しの元へ連れて行く。
多々羅はそう決心して、愛の手をそっと握った。
「俺が、愛ちゃんの目になるし、耳になるよ。だから、俺が怪我したら助けてよ」
あの頃だってきっと、愛が男の子だと分かっていても、今と同じ事を言ったと思う。恋とか関係なくても、ただ愛と仲良くなりたかった。
今も同じだ、愛とはもっと色んな話をしたい。
そんな多々羅の気持ちが伝わったのか、愛はようやくの思いで視線を下ろし、それから、掴まれた手に視線を向けると、反対の手でぎゅっと拳を握った。




