3. 再会と宵と用心棒22
「先生…あっ!愛ちゃんの診察ですか?」
言いながら、多々羅が慌ててベッドから出ようとすると、先生と呼ばれたその人は、笑って多々羅をベッドに座らせた。
「愛君の診察はまた別の日にね。今日は、君が倒れたって聞いて来たんだ。愛君が血相変えて飛んで来たんだよ。さっき、君が眠っている間に少し診させて貰ったけど、うん、その様子じゃ大丈夫そうだね」
彼は、梁瀬信之。愛の主治医で、幼い頃は多々羅もよく顔を合わせていた。なので、舞子に連れられ、喫茶店“時”に顔を出した時は、すぐに喫茶店のマスターが信之であると気付き、同時に驚いた。
信之と初めて会った時から二十一年が過ぎた、年齢は七十代位だろうか。黒いワイシャツにジーンズ、グレーヘアを後ろで小さく結んでいる。昔と変わらない髭姿だったが、更にダンディーさを増したような気がする。その笑顔には皺が増え年を重ねた印象はあるが、穏やかな眼差しは変わらない。
今は自身の病院を後輩に任せて、喫茶店“時”のマスターをやっているという。
「環境が変わったから疲れもあったのかな…あのゴーグルとイヤホンはね、まだ慣れない内は神経が刺激されやすくて、目を回したり、気分が悪くなる事も多いんだ。今日みたいに倒れたのは、疲れやストレスの上積みのせいもあるかな」
信之は、机からイスを持ってきて座り、「ちょっとごめんね」と、多々羅の腕を取り、脈をとったりしている。
「…あの、先生も見えるんですよね?」
「化身の事?僕も多々羅君と同じで、見えないし聞こえないよ」
「え?」
てっきり愛同様、化身が見えてるものと思っていたので、多々羅は驚いて顔を上げた。
「ただ、化身は見えないけど、物の思いは、影が塊になったように見えるんだ。僕は、その影を少しだけ操れる。だから、愛君の体調を診れたし、それに僕は、あのゴーグルとイヤホンのエキスパートだしね」
「え、それって、あの道具を作ったのって先生って事ですか?」
「ははは、僕が作ったなら凄い発明だろって自慢しちゃうけど。残念ながら、僕はただの実験台。正一さんが、化身の姿を映す鉱物をどこからか見つけてきたみたいで、他の仲間と一緒になって、苦労してあれを完成させたんだよ。正一さんに呼ばれては、よく目を回して倒れていたな…。だから、あれの使い方に関しては僕の右に出る者はいないね。ただの慣れってのもあるかもだけど」
「じゃあ、俺も慣れたら、使い続ける事は出来ますか?」
「そうだね、でも長時間の使用は辞めた方がいいよ。最初は一日五分から始めて、段々時間を長くしていく事。それで慣れても、長くて三十分、休憩をしっかり取って、また三十分、そういった使い方の方が良いね」
「分かりました」
真面目に頷く多々羅に、信之は少し目を瞪った。
「ノカゼ君達から洗練を受けたって聞いたけど、多々羅君は、あの子達が怖くないの?」
信之の問いに、多々羅は少々苦笑った。
「最初はびびりましたけど、顔見て話したら、人と同じ姿だし、皆、愛ちゃんの事が好きなんだって分かって。そしたら怖くはなくなりました」
多々羅は笑って、それから少し迷いつつも、意を決して顔を上げた。
「…あの、愛ちゃんの目が、化身に襲われたせいっていうのは、本当なんですか?痕跡があるっていうのは、そういう事なんですか?」
「愛君からそう聞いたの?」
「はい」
頷く多々羅に、信之は少し考え込んだ。




