3. 再会と宵と用心棒19
愛の言葉に、用心棒達も予想外だったのか目を瞬き、ユメが真っ先に愛に詰め寄ろうとするのを、アイリスがその肩を優しく掴んで引き止めた。じれったそうに見上げるユメに、アイリスも困ったように微笑み、それから愛へ顔を向けた。
「愛、どういう事なの?彼を辞めさせたかったんじゃないの?」
「説明してくれ、俺達は正一から言われてるんだ、この店で愛を守ってくれって。お前が恐れるものから、お前を守る為に俺達はいる。この人間は、正一の言っていた良い人間なのか?」
アイリスとノカゼが愛に問う。二人は、愛が多々羅に店を辞めさせようとしていたから、多々羅を追い出そうとしたので、愛の本心を聞かずには引けないのだろう。
愛は首の後ろを掻き、言いにくそうに口を開いた。
「正一さんが言ってた人は、この多々羅君だよ」
「なら、どうして邪魔にするの?」
アイリスの問いに、愛は迷うように多々羅を見て、それから視線を逸らした。
「…俺は、一人で良いと思ってたから。皆だって居るし。でも、多々羅君が来たら、昔に戻ったみたいで。危険だから引き込みたくないのに、仕事を分かろうとしてくれるのが嬉しいっていうか…」
照れくさそうに言いにくそうにしながらも、愛には普段のなげやりな様子はない。これが愛の本心なのだろうか、そう思えば、多々羅としては思いもしない愛の発言に、今の今まで感じていた不安が嘘のように萎み、代わりに明るい気持ちが戻ってきた。
「なら、俺、仕事覚えますよ!」
愛は、迷惑とは思っていなかった、同じ思い出を思い浮かべてくれていた、穂守の兄でもない、多々羅として見ていてくれたと思えば、俄然やる気が沸いてくる。単純かもしれないが、愛の素直な気持ちは、どんな言葉よりも多々羅の心を強くしてくれるものだった。
そんな思いで多々羅は立ち上がり、意気込んで愛に向かったが、愛は眉を寄せて多々羅の思いをはねのけた。
「だから、今ので分かったろ!化身は人を襲う事も出来るんだってば!」
多々羅は、愛の必死な様子に、思わず口を噤んだ。
「ここに並んでる棚の物達は、一度化身となった事がある物達だ。棚の上の物を動かすなって言ったろ?それは、こいつらにとって居心地の良い場所があるからだ。欠損を直さないのも、その物達にはまだその意志がないからだ」
多々羅はその言葉に、先程の腕の取れかけたウサギのぬいぐるみに目を向けた。
ここにある物達は、全てがその意思を尊重されている。欠損を直さないままでいいと望むのは、物にとっても何らかの思いがあって、それは心の傷かもしれないし、戒めなのかもしれない。
人のように、物にも意志がある。見えなくても、聞こえなくても、そこにはあるのだと、改めて思い知った気がした。
「物達が勝手に騒ぎ出さないのは、ノカゼ達が彼らの統制をとってくれているからだ。誰も怖い思いや痛い思いはしたくないだろ?だから、ここは安全で、守られてるって事をノカゼ達がちゃんと説明してくれてるんだ。俺はどうしたって人間だから、人より物同士の方が気持ちも分かるし、話だって素直に受け止められるだろ」
愛は慈しみの中に少しだけ寂しさを滲ませながら話し、それから、何か言いたそうにしているノカゼに気付き、そっと労うようにその肩を叩いた。
「でも、ここに来るのは、事情を理解してる物達ばかりじゃない。さっき壮夜が運んできた箱の中には、危険な思いを持った物もいるかもしれない。そういった物達を諭したり、時にはまっさらな心にリセットするのも、俺達、宵の店の仕事なんだ」
「…でも、襲われたって、今みたいに話し合えば、」
「それが出来ない場合がある。だから、俺達の仕事がある、この瞳がその証拠だ」
「え?」
愛は多々羅から視線を逸らし、小さく息を吐いた。