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1. ほろ苦い初恋2


二十一年前のその日、愛の義理の叔母、正吾の妹の結婚を祝う為に、彼女の同級生や仲間達が瀬々市邸に集まっていた。

多々羅も父親に連れられ瀬々市邸を訪れており、畏まって真っ赤な蝶ネクタイを締めて落ち着かなかった事、弟の穂守は、子供の頃は病気がちでこの日は来れなかった為、弟の為に何かお土産を持って帰れないかと考えていたのを覚えている。


瀬々市家にはその当時、七歳になる長女の結子(ゆいこ)と、三歳になる弟、凛人(りんと)がいた。結子は大企業のお嬢様育ちだが、つんけんした所や裏表もなく優しい子で、凛人はよく多々羅の後をくっついてまわり、事あるごとに多々羅の真似をしたがる為、多々羅にとっては、まるでもう一人弟が出来た気分だった。

鬼ごっこでもおままごとでも、結子達と居ると気兼ねなく遊べたし、瀬々市家は、多々羅にとっても心安らぐ場所だった。


御木立の家では、父もだが、祖父がとにかく厳しい人なので、家で友達と遊ぶ事は無かったし、幼稚園も裕福な家庭の子供ばかりで、友達も親の影響か、誰が偉いとか凄いとか位を決めたがり、多々羅にはあまり馴染めない環境だった。

なので、同じ幼稚園の友達と遊ぶより、結子達と遊ぶ方が、多々羅は好きだった。



だからこの日も、多々羅は父親に断りを入れると、真っ先に結子と凛人に会いに行った。

父の国芳も、瀬々市邸では普段よりもおおらかで、家の中で走るな騒ぐなとも怒らない。それは、瀬々市の人々が寛容だったからだろうと、多々羅は大人になってから思うようになった。

いつ会っても、例え多々羅が粗相をして周りの大人を青ざめさせても、瀬々市の大人達は多々羅を咎めず、優しかった。勿論、注意はされたが、頭ごなしに怒鳴られる事はない。

こんな大人達が居るから、結子や凛人は優しく穏やかなのだと、子供ながらに思った程だ。



こんな賑やかなパーティーの時は、結子達はいつも中庭で遊んでいたので、今日もそこに居るだろうと、多々羅は早速、中庭めがけて駆け出した。


瀬々市のお屋敷は西洋風の造りで、とにかく広い。たまにここが日本だという事を忘れそうになる程だ。造園も見事で、まるで不思議の国のアリスに出てくるお城の庭園みたいだと、多々羅は絵本の中に飛び込んだ気分だった。

薔薇のガゼボ、子供が遊べるブランコ、真っ白なテラス、手入れが行き届いた庭園は、全てが計算し尽くされた美しさがある。


だが、勢い良く駆け出して来たものの、中庭に結子達の姿はなかった。それならばと、多々羅は談笑する大人達の足元を駆け抜けて、屋敷の裏に向かった。


綺麗に整えられた中庭と違い、屋敷の裏は、シロツメクサが咲き誇る緑の絨毯が広がっていた。そこは、多々羅のお気に入りの場所だった。靴も靴下も脱ぎ捨て、よく裸足で入ったものだ。土の少し湿った感触、足に当たる草のふかふかした感触が気持ち良い。屋敷の裏手といっても、雑草が伸び放題という訳ではない、もう一軒お屋敷が建ちそうな程の広さがあるそこも、ちゃんと手が入れられている。しかも、瀬々市邸は高台にある為、見晴らしも良い。まるで原っぱにピクニックに来た気分になり、多々羅はいつも楽しくなってしまう。


「あ!」


屋敷の裏手にたどり着いた多々羅は、嬉しそうに声を上げた。多々羅が予想した通り、原っぱの中央には、座り込んでいる女の子がいた。肩まで伸びた藍色の髪には違和感を覚えたが、何より、淡いピンクのノースリーブのドレスには見覚えがあった。結子が好んで良く着ていたものだ。


(ゆい)ちゃん!」


多々羅が声を弾ませ駆けて行く中、女の子が振り返った。そして、彼女と目が合った瞬間、多々羅は時が止まってしまったかと思った。


「…あ」


風が二人の間を走り抜け、少女のさらりとした髪を掬い上げる。大きく目を見開いたまま多々羅は足を止め、全ての意識が彼女に向かっている事に、きっと本人は気づいていない。

息をする事、瞬きをする事、気を抜けば全て忘れてしまいそうな事。


この瞬間、多々羅は自分の全てを彼女に捧げていた。


一瞬で、恋に落ちていたのだ。




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