3. 再会と宵と用心棒16
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暗闇の店内では、多々羅が奮闘を繰り広げていた。
口を塞がれた多々羅は、どうにか抵抗を試みて、側にあった棚を蹴飛ばしていた。先程、倒れかけて元に戻った棚は、今度はちゃんと倒れてくる。愛が聞いた物音は、この棚が倒れた音だ。
棚は多々羅に向かって倒れて来るので、多々羅は再び棚の下敷きになる覚悟で目を閉じたが、棚が倒れた音は確かにしたのに、体には何の衝撃もない。
不思議に思い目を開くと、棚の端の一部が床に叩きつけられていたが、それ以外は、多々羅の真上で宙に止まっていた。棚に置かれた商品も同じだ、何故か床の上数センチのところで浮いている。
「……」
どういう事なんだ、と理解が追いつかない事態の連続に、多々羅の頭はさすがにショート寸前だ。何も考えられず硬直していれば、「何してるんだ!」と、愛の声がした。同時に店内に明かりがつき、多々羅の口の拘束も解かれ、多々羅は心底ほっとして、愛に助けを求めた。
「愛ちゃん!何か、何かが居るんだ…!」
「お前達、こんな事してどうなるか分かってんのか!」
「え、いや、俺は何も、」
「多々羅君は黙ってて。俺はこいつらに聞いてるんだ」
「え、こいつらって…」
多々羅が混乱して目を瞬けば、宙に止まっていた棚は徐々に起こされていき、同じく宙に浮いた物達も、多々羅を避けるようにゆっくりと床に下りてくる。その際、多々羅の顔の側にひとつ商品が置かれた。それは、多々羅が気にしていた腕の取れかかったうさぎのぬいぐるみで、それを目にした瞬間、多々羅は急に背筋に寒気が走るのを感じ、青ざめた。
ここは、もしや物の墓場なのだろうか。行き場を失った亡霊のような物の魂がこの店に集い、まさか、愛はそれらを従えているのではと。
「こいつは良いんだ、どいてやれ」
愛のその言葉を合図に、多々羅の体が軽くなる。
「あ…え、動ける…!」
慌てて体を起こし、自分の腕や足に目を向けるが、変な跡がついている訳でも、道具を使われた形跡もない。
やっぱり物の怨念による力なのかと、怯えながらも妙な気配を感じて、多々羅が機敏に辺りをキョロキョロとしていれば、愛が応接室から何かを持ってきて多々羅に渡した。
「これ、付けて」
「え、ゴーグルと、イヤホン?」
手渡されたのは、スキーやスノーボードをする時に使うようなゴーグルで、レンズは透明な物だった。それから、黒色のワイヤレスイヤホンの、何故か片耳分だけ。
「あまり長時間付けると体に負担が掛かるから、少しの間だけだ。それを付ければ説明出来るから」
「……」
まさか、幽霊が見えると言うのだろうか。多々羅は背筋に悪寒を感じたが、愛が急かすので、勇気を出して装着した。
「見えるか?」
愛の言葉に、閉じていた目を恐々開けてみる。すると、目の前に子供がいた。まだ幼い女の子だ、彼女はしゃがみ込んで、多々羅の顔を下から覗き込んでいる。
「うわっ!」
驚いて飛び退き、多々羅は慌ててゴーグルを外した。外すと、そこに見えた筈の少女の姿はなかった。
居ないということは。その先にたどり着いた答えに、多々羅は背筋を震え上がらせ、愛を振り返った。
「い、今、今ここに、ゆゆ、幽霊が…!」
物の幽霊ではなく、まさかの人間の幽霊だった。多々羅は、今すぐにでもこの場から逃げ出したいのだが、残念ながら腰が抜けて立ち上がれない。情けないが、怖いものは怖い。多々羅は床にへたりこみながら、必死に愛の腕を掴むばかりだ。
そんな多々羅の姿に、愛は少し戸惑った様子で、それでもその腕を引き剥がそうとはしなかった。
「その…まぁ、似たようなものだけど、違うんだ。この際ちゃんと紹介したいから、もう一度それをつけて。もう、あいつら何もしないから」
愛はまだ困り顔を浮かべていたが、その声に刺々しさや冷たさはない。落ち着いていて、どちらかといえば穏やかで、親身になってくれているようにも感じられる。その様子を見て、多々羅もいくぶん平静さを取り戻した。愛が言うなら幽霊ではない、愛が見えるものと言えば…、そう考えてたどり着いた答えに、今度は胸が高鳴った。
あれは幽霊ではなく、物の化身というものなのだろうか。
期待が胸を押し寄せ、多々羅は一度自分を落ち着けようと、深呼吸をする。それから、意を決して再びゴーグルをつけた。