3. 再会と宵と用心棒12
「ね、覚えてる?たーちゃんが、愛ちゃんに初めて会った日の事。愛ちゃんを守るって言った事」
「…うん…」
多々羅には、少々苦い思い出だ。あの時は、本気で愛の事を女の子だと思っていたし、恋をしていた。もし、愛が男の子だと知っていたら、あの時、何て言ったのだろう。
「私は、守れなかった。力になりたいけど、愛情って難しいね、人を弱虫にもさせるみたい。これ以上離れたくないと思うと、どう声を掛けたらいいのかなってさ。
愛ちゃん、私達を重荷に感じて離れたのかも。愛ちゃんは、好きで家族になった訳じゃないもんね」
「…そんな事ないでしょ」
「だって、辛そうだったもん」
「…何かあったの?」
その問いに、結子は少しだけ迷いつつ口を開いた。
「…愛ちゃん、話してくれないから分からないんだけど、中学に入る頃、留学したでしょ?あれって、勉強の為じゃなかった気がするの。その少し前にね、凛ちゃんが家で怪我した事があって、その時から愛ちゃんの様子がおかしかったんだよね」
「…愛ちゃんが、怪我させたって事?」
「違う違う!凛ちゃんも、ただ転んだだけって言って否定してるし、私達も怪我させたなんて思ってない。ただ、愛ちゃんだけが、あの時から距離を置き始めて…何年も一緒に居るのに、急によそよそしくなったっていうか…」
「それが、今までずっと?」
すると、結子は緩く首を横に振った。
「日本に帰って来てからは、だんだんその距離も戻っていったけど、去年かな…あの瞳の事で何かあったみたいでね、その時おじいちゃんも愛ちゃんと一緒に居たんだけど、ちょうど目を離してたみたいで、何があったか分からないんだって。それで、愛ちゃんはまた話してくれなくて」
結子は、ふぅと息を吐いて顔を上げた。
「家族って、何だろうね。私達がいくら思っても、愛ちゃんの心には届かない、辛い時に手を貸せないなんて、信用して貰えないなんて、私達はどうすれば良かったんだろ…」
そう言いながら、「やだ、情けないよね、こんな事言って」と、結子は笑ったが、笑いきれなくて、ポロッと涙を零してしまった。
多々羅は驚き、焦ってハンカチを差し出そうとしたが、なかなか見つからない。そのあたふたしている様子を見て、結子はおかしそうに笑った。
「ふふ、」
「あ、わ、笑わないでよ!かっこつかないな、俺」
「格好つけなくても、カッコいいよ、たーちゃんは」
「え?」と、多々羅は目を瞬いた。
「…愛ちゃんを私達の家族にしてくれたのは、たーちゃんだと思ってる。私ね、また愛ちゃんが遠くに行ったらどうしようって怖くて。今度また遠くに行っちゃったら、もう帰ってきてくれないかもしれない。もし、たーちゃんが良いなら、愛ちゃんの側に居てあげてほしい、私達の代わりに」
涙に滲む瞳が、多々羅を映す。零れる涙が綺麗で、それに触れたくなる。そんな自分の気持ちに気づき、多々羅はぎゅっと手を握った。
結子の涙を拭いたくて、いやそれよりも、真っ直ぐと自分を頼ってくれる事が、弟の穂守ではなく、自分を必要としてくれる事が嬉しかった。
多々羅にはもう、迷う理由はなかった。
「俺に任せてよ!愛ちゃんだって、皆と距離を置くのは、何か理由があるんだよ。愛ちゃんが、皆の事嫌う筈ないじゃん!だから、また前みたいに過ごせるよ。家族なのに、会えないのはおかしいじゃん」
言いながら、多々羅は矛盾している事に気づく。
人の事をとやかく言えない、多々羅だって家族と距離を置いている。
でも、だからこそ、愛には自分のように一人になって欲しくなかった。愛は自分と違って、こんなに愛されているのだから。
「俺が、愛ちゃん連れてくるからさ!」
「…うん、ありがとう。ありがとう、たーちゃん」
その安堵したような微笑みが、多々羅の胸をドッと打ち付けた。次第に速まる鼓動に、多々羅は胸を押さえながら、嫌でも気づいてしまう。
俺、結ちゃんの事、好き…?
思った瞬間、多々羅は瞬時に顔を赤らめ顔を背けた。結子は不思議そうに、多々羅の顔を覗き込んでくるので、多々羅の心臓はますます忙しなく打ち付けてくる。
「どうしたの?」
「え!?いや、な、何でもないよ!」
幼い頃は何とも思わなかった事が不思議なくらい、今は結子がキラキラと輝いて見える。
結子は、多々羅の事を多々羅として見てくれる数少ない人だ。そんな彼女が、自分を頼ってくれる。それだけで、こんなにも世界が明るく満ちていくなんて。
勿論、愛の側に居る事を決めたのは、正一に誘われた事も大きい。けれど、決定打を押したのは、結子だった。
多々羅の中に少なからず抱いていた不安が、今は綺麗に消えさっている。
恋の力は、いつだって偉大だ。




