表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
瀬々市、宵ノ三番地  作者: 茶野森かのこ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/120

3. 再会と宵と用心棒11


坂の下には小さな公園がある、多々羅(たたら)もよく遊びに来ていた公園だ。あの頃は広いと感じていた公園も、今見てみれば、こんなに小さい公園だっただろうかと、多々羅は時の流れを感じずにはいられなかった。滑り台もブランコも、ちょっとしたアスレチックも、記憶にあるより小さくて。鬼ごっこをするのにも最適に感じられた広い敷地も、大人になった多々羅には、顔を少し左右に向けただけで、その敷地が視界に収まってしまう。子供の頃は、端から端まで見えなかったのに。きっと今なら、端から端まで走っても、あっという間に着いてしまうだろう。


「よく、愛ちゃんと来てたな…」

「あの頃は、いつも一緒に遊んでたよね。愛ちゃん、家に帰ってからも、よく多々羅君のこと話してたんだよ」

「そうなの?」


結子(ゆいこ)の話に、多々羅は胸が温かくなっていくのを感じる。公園には、近所の子供達が、わーきゃあ言いながら駆け回っている。その姿にいつかの自分と愛を思い浮かべ、多々羅は自然と頬を緩めた。


懐かしさに浸っていると、結子がベンチを指差し手招いた。公園には池があり、それほど大きくはないが、池の上には橋がかかり、そこから池の中を覗く事も出来る。昔は鯉や亀や蛙がいたが、今も生き物はいるだろうか。

結子が手招いたのは、池の周囲に設置されたベンチだ。日向ぼっこには最適の場所で、いつも誰かしら腰かけていたイメージがあったが、今日は空いているようだ。


二人で池を前にベンチに腰掛けると、結子は手にしていた袋から、ドーナツを取り出し多々羅に手渡した。多々羅がそれを受け取りながら、瀬々市(ぜぜいち)邸で春子特製のアップルパイをいただいた事を伝えると、結子は困ったように笑った。


「アップルパイか~、たーちゃんに会えて良かった。これ持って帰ったら、またおじいちゃんに甘い物食べさせるところだったよ」

「はは、甘い物控えろって言われてるみたいだね」

「そうなの!でも、おじいちゃん根っからの甘い物好きだからさ。普段我慢してる分、私がたまに帰って来た時には、お土産買っていってあげようって思って買ってきたんだけど」


「ダメね」と、結子は笑って肩を竦めた。


「でも、いいの?俺が食べちゃって…正一(しょういち)さん楽しみにしてたんじゃない?」


毎回手土産に甘いものを持っていってるなら、このドーナツを食べてしまったら、正一は残念に思うのでは。そう思い、口にするのを躊躇う多々羅に、結子は軽やかに笑って手を振った。


「良いの良いの。今日はもうアップルパイ食べてるし、それ以上は食べすぎになっちゃうもん。家に持って帰るとばれちゃうし。春ちゃんとこっそり食べても、僕の分はないのかって、見抜かれちゃうんだよ?だから、多々羅君に会えて助かった!食べて食べて!」


春ちゃんとは、春子の事だろう。それにしても、甘いものに対する正一の嗅覚は、なかなかのもののようだ。多々羅はそんな正一の姿を思い浮かべて苦笑い、「ご馳走さまです」と、有り難くいただくことにした。


「ふふ、やっぱりこれが一番美味しい」


二人して笑ってドーナツを頬張ると、優しい甘さに懐かしさを感じる。ドーナツの味のせいか、それとも隣に結子が居るからだろうか。先程、アップルパイをご馳走になったばかりだが、不思議と口が進んでしまう。

多々羅がつい結子を見つめてしまえば、不意に結子がこちらを見上げ、目が合うと、柔らかに微笑んだ。その表情が綺麗で、愛らしさに満ちていて、多々羅の胸を激しく打ち鳴らすものだから、多々羅は慌てて明後日の方へ顔を向けると、この胸の高鳴りを打ち消すように、頭をフル回転させて会話の糸口を探した。


「そ、そういや、(ゆい)ちゃんて、今一人暮らしなの?」

「うん。凛ちゃんも家を出てるけど、凛ちゃんは週一くらいで帰ってきてるみたい」


凛ちゃんとは、弟の凛人(りんと)の事だ。春子に対してもそうだが、結子は近しい人達を、ちゃん付けで呼ぶ傾向にあるようだ。


「あ、おじいちゃんから愛ちゃんの事聞いた?」

「…うん、それで、正一さんから打診された。愛ちゃんの事、手伝ってくれないかって」

「本当!?やってくれるの!?」


苦笑って言えば、突然瞳を輝かせた結子の顔が迫り、多々羅は再びドキリと胸を震わせた。どんなに誤魔化そうとしても、間近に迫るふわりと香る甘さに、結子が女性なのだと気づかされてしまう。


「…えっと、俺で役立てるなら、やってみようかな、とは…」

「私は、賛成!あ、たーちゃんがよければだけど」

「でも、俺なんかが役に立つのかな…」

「たーちゃんなら大丈夫だよ!私達じゃ、会ってもくれないし」

「え?」

「おじいちゃんの店で暮らすようになってからは、私達の事も避けてるみたいで。おじいちゃんだけなんだ、愛ちゃんと会えるのは」


結子は寂しそうに多々羅を見上げて微笑んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ