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瀬々市、宵ノ三番地  作者: 茶野森かのこ


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3. 再会と宵と用心棒10


***



その後、多々羅(たたら)は忘れていた洗濯物を取り込み、リビングで二人は向き合ってお弁当を食べた。

一週間前に多々羅が来てから、あのゴミの山があったとは思えない程、部屋は綺麗になっていた。

二階の居住スペースは、階段を上がるとすぐ横にキッチンとリビングがあり、その奥に、トイレと風呂がある。階段の脇には廊下があり、そこを通って手前が愛の部屋で、奥が多々羅の部屋だ。階段は更に上に続き、屋上に出られるようになっており、洗濯物は屋上で干している。


今日買ったお弁当は、肉がたっぷり乗った牛丼だった。

多々羅が一人暮らしをしていた頃は、よくお弁当を買って食べていたが、愛はお手伝いさんも居るお屋敷で育った身だ、舞子も手料理を持って来てくれていたと言っていたし、こういった弁当は嫌だったらどうしようかと心配したが、愛は特別嫌な顔をせず、寧ろ美味しそうに頬張っている。食に関しては拘りが無いようだ。


「明日はちゃんと作りますね」

「多々羅君のご飯も美味しいけど、お弁当も美味しいよ。不思議だよな、スーパーで見た食材が、こんな風に変わるなんてな」


愛は、感慨深くきんぴらごぼうを箸で持ち上げた。それは一昨日、多々羅が作ったおかずの一つだ。弁当を広げて肉しかない事に気付き、冷蔵庫から余っていたおかずを共に並べた。きんぴらごぼうの他に、ほうれん草の和え物もある。やってみて分かった事だが、自分は意外と料理上手ではないかと、多々羅はちょっと得意気だ。


「はは、今度一緒に作りましょうか」

「そうだな、そういえば料理なんてしたこと無かったな…」


そこで多々羅は、ふと、愛が包丁を持ってキッチンに立つ姿を思い描いた。立ち姿は完璧、だが、手元は確実に危うい想像しか出来ず、絶対に愛を一人でキッチンには立たせないようにしようと、こっそり胸に誓った。


「…瀬々市(ぜぜいち)のお家じゃ、作る必要ないですからね。そういえば、皆さんお元気ですか?俺が行った時、家には正一(しょういち)さんと春子さんしか居なくて」

「…元気じゃないか?俺も会ってないから分かんないけど。皆、仕事で忙しいだろうし」


淡々と愛は話す。その表情からは穏やかさは消え、話す声もどこか無関心に聞こえる。そんな愛の様子に、多々羅は違和感を覚えた。

正吾(しょうご)夏枝(なつえ)は愛の義父母だが、親に変わりない。姉弟の結子(ゆいこ)凛人(りんと)も同様に、愛が遠慮する事はあっても、彼らが愛と距離を置いていたとは思えなかった。多々羅から見れば、血が繋がらなくても、彼らは仲の良い普通の家族だったからだ。

なのに、今の愛からは、家族と距離を取っているように聞こえる。

愛は、どうして家族と距離を取るのだろうか。


「そうなんですね…今度一緒に会いに行きましょうよ」

「…俺はもう、瀬々市とは関係ないから、多々羅君一人で会ってきなよ」

「そんな寂しい事、」

「関係ないから、この店を引き継ぐと決めたんだ。この店の仕事は、瀬々市と離した方が良いんだよ」


突き放すように言う愛に、多々羅は反論しかけた口を黙って閉じた。黙々と食事を進める愛は、これ以上、話す事はないと言っているかのようで。そう思ってしまえば、愛との間に、また厚い壁が立ちはだかるのを感じてしまう。

多々羅は力なく視線を落とした。



**



実を言うと、多々羅は正一と再会したあの日、瀬々市邸からの帰り道で、愛の義姉、結子と再会していた。


瀬々市邸は高台にあるので、住宅が建ち並ぶ帰り道は、いつも下り坂だ。子供の頃の多々羅は、この坂を上る時はいつだって楽しかった、だって愛達と会えるから。だけど下る時は、いつも少しだけ寂しい。明日まで愛達とは会えないし、小学生も高学年になると、弟の穂守(ほがみ)との格差をより感じる事が多くなり、家に帰る事が憂鬱になっていた。


多々羅は、坂から顔を上げる。夕暮れが空を町を染め、多々羅が向かう明日を優しく包んでくれているように感じる。

あの頃とは、また違う感覚だ。この坂道の下りが、今は少しだけ希望に満ちていた。


そんな風に少しだけ前向きになれた夕暮れの帰り道、坂の下から、一人の女性が歩いてきた。

栗色の長い髪を後ろに結い、シルエットが綺麗なパンツスタイルのスーツ、手には鞄と一緒に有名なドーナツ屋の紙袋を持っている。

その姿を見て、多々羅は足を止めた。それに合わせるように、彼女も顔を上げる。二人の目が合えば、多々羅の中で、思い出と現実が瞬時に繋がっていく。そして、懐かしさに突き動かされるまま口を開けば、彼女も多々羅と同じ顔をして、「あ!」と声を上げた。


「たーちゃん!?」

「はは、(ゆい)ちゃんだよね?」


お互い確かめるまでもなく、懐かしさに頬を緩めつつ、二人は互いに駆け寄った。

彼女は、愛の義姉の結子、二十八歳。幼い頃から美少女で大変愛らしかったが、大人になっても美しさは変わらず、それに加え色っぽくなった。背もスラリと伸び髪色も変わったが、面影はそのまま、優しく笑うその表情は変わらない。


「どうしたの?久しぶりだね!元気にしてた?」

「うん、結ちゃんは?」

「私も元気元気!ちょっと実家に顔出そうと思って、あ、うち寄って行ってよ!」

「あ、いや、正一さんに会って、今お邪魔してきた所なんだ」

「えーそうなの?おじいちゃんに先越されちゃったか…あ、ねぇ、まだ時間ある?」


多々羅が頷くと、結子は笑って「じゃあ、ちょっと寄り道に付き合ってくれる?」と、ドーナツの袋を掲げて微笑んだ。


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