1. ほろ苦い初恋1
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東京のとある町、駅前の賑わいから離れた路地裏の奥に、「宵ノ三番地」という名前の店がある。
二階建ての建物で、一階と二階の境に取り付けられた看板は古ぼけて傾き、その壁も大分薄汚れている。
曇りがかったショーウインドウに見えるのは、淡いピンクのドレスを纏った花の精が踊る大きなオルゴール。大きな傷が入ってしまっているが、紙の繊維が散りばめられ、模様のように見える美しい紺色の鉄扇。金の糸が繊細に波のような模様を描く、白いティーカップのセット。それらがまた、統一感無く展示されていた。
ドアを開けると、カランカラン、と純喫茶を思わせるドアベルが鳴る。店内を覗けば、その中は更に統一感に欠けていた。
やや薄暗い店内には、まるで迷路のように商品棚が置かれている。何故この配置かと首を傾げたくなる棚の上には、様々な商品が、これまた決まり悪く並べられていた。皿やカップ、置物、ぬいぐるみ、アクセサリー、着物等々。その種類は多岐に渡るが、そこに値札はなく、これが売り物なのか、売り物だとして、この展示の仕方は売る気があるのかと、疑いたくなってしまう。
だって、見てよこれ。このカップ欠けてるし。あ、ぬいぐるみの手も取れ掛かってる。こんな状態の物を並べて、店長は本当に働く気があるのか…
「おいコラ多々羅!文句があるなら直接言え!」
店の奥、パン!と、漫画雑誌をカウンターに叩きつける青年がいる。
掻き上げられた藍色の髪に、黒と濁った翡翠のオッドアイ、特徴的な瞳を持つ彼は、瀬々市愛だ。彼は、テディベアを紗奈の家の倉庫から探し出した時と同様、きっちりとしたワイシャツとベストを着込み、磨き抜かれた革靴を履いた長い足を、カウンターの上に投げ出して座っていた。
よそのお宅で見せた、優しげで紳士的な振る舞いは何処へやら、その態度の悪さに、多々羅と呼ばれた青年は、深い溜め息と共にカウンターへと向かった。
「直接言ったって聞く耳持たないじゃないですか!それにほら、カウンターに足を上げないで。いつお客さんが来るか分からないんですから」
カウンターから足を下ろさせ、腕の取れ掛かったうさぎのぬいぐるみをカウンターに置いた彼は、御木立多々羅、二十六歳。
やや垂れた目尻に、少し癖のある栗色の髪、腕捲りをした大きめのトレーナーにジーンズ、足元はスニーカーだ。更に黒いエプロンを掛け、エプロンのポケットには、もこもこした埃取りを備えている。背丈は愛より少し高い位で、体格は愛よりはがっしりして見える、といった具合の、ごく普通の青年だ。
多々羅はこの店の唯一の店員であり、同時に、愛のお世話係である。
そしてここは、宵ノ三番地。物の声を聞き、その思いを尊重する探し物屋だ。
物には全て意思がある、時に化身として姿を現す事もあるが、全ての人間がそれを見ることは出来ない。愛には物の化身が見えるが、多々羅にはそれを見ることは出来なかった。それでも多々羅がこの店にやって来たのは、多々羅が愛と幼馴染みであり、この店の店長からのお誘いを受けたからだった。
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二人の出逢いは、二十一年前、互いが五歳の頃に遡る。
愛は、瀬々市家の養子だ。
瀬々市家と言えば、世界でも様々な事業展開を繰り広げている大企業だ。
瀬々市ホールディングス、その始まりは、現在の社長、愛の義父である正吾、彼の曾祖父が開いた小さな金物屋だったという。そこから時代の流れに合わせ、食品や服飾など様々な商品を扱うようになり、闇市での商売を強いられた時代もあったが、それでもお客さんの為にと店を続けた結果、社員達にも恵まれ、今では大きな企業へと成長を遂げた。今はSDGSの取り組みに力を入れているという。
御木立家は、古くから伝わる歌舞伎の家で、多々羅はその家の長男として生まれた。
多々羅の祖父、八雲は、迫力のある芝居が持ち味で、人間国宝となった八矢宗之助。父の国芳は、悲哀と色気が絶賛される人気役者の八矢宗山、弟の穂守は、歌舞伎界の新たなプリンスとして女性人気の高い、八矢宗玉。
多々羅は長男だが、今は歌舞伎の世界からは離れている。
そんな両家の繋がりは、愛と多々羅の父親が高校生の頃に遡る。お互いに名のある家の跡取りという事もあってか、二人は学生時代から仲が良く、その交流は大人になっても途絶えることはなかった。
なので、多々羅も小さい頃は、よく父親にくっついて瀬々市邸に遊びに行っていた。