3. 再会と宵と用心棒5
宵ノ三番地、その店の外観を見上げ、多々羅は記憶の中と変わらないその店構えに、感動を覚えた。それにより、愛と過ごした日々が次々と甦り、多々羅の中で、僅かながら不安が期待に塗り変えられていくのを感じる。愛と過ごした日々は、楽しい思い出ばかり。多々羅の心も懐かしさに引きずられ、幾分軽やかだった。
店の扉にはクローズの札が掛けられていたが、構わず入っていいと正一から連絡を受けていたので、多々羅はドアをノックしながら店の扉を開けた。
「お邪魔します…」
カランと鳴るドアベルの音と共に声をかけてみたが、店内はがらんとしており、何の反応もない。薄暗い店内を進み、誰か居ないかと辺りを窺いつつ応接室に入ってみれば、開け放たれたドアの向こうから話し声が聞こえてくる。「失礼します…」と、声をかけつつドアの向こうを覗けば、二階に続く階段があり、話し声はその二階から聞こえてきた。足元を見ると、男性ものの革靴と、一回り小さなスニーカーが置いてある。多々羅は上がっていいか迷いつつも、そこで靴を脱ぎ、二階へと向かった。
外観同様に、建物内も年季が感じられた。木製の階段は一段上がる度に軋み、こんな狭い階段だっただろうかと、懐かしさと共に、時の流れを感じさせる。
そうして郷愁を感じつつ二階の住居スペースに出ると、部屋の奥に向かって苛立ちをぶつけるように怒鳴っている女性がいた。多々羅が声を掛けて良いものか躊躇っていると、多々羅の視線に気づいたのか、女性が不意にこちらに顔を向けた。その怒った表情がみるみる内に明るくなるのを見て、多々羅は目を瞬いた。
「来た!君が多々羅君?」
ゴミ袋片手に詰め寄って来たのは、舞子だ。これが、彼女との初対面である。
「私、すぐそこの“時”って喫茶店で働いてる、音谷っていうの。正一さんから前もって話は聞いてたからさ、もう、来てくれて良かったよ本当に!」
「…舞子さんも知ってたのかよ」
部屋の奥からひょっこり顔を出したのは愛だ。愛はふて腐れながら呟いていたが、舞子は気にも留めずに多々羅に向き直る。
「愛がうだうだ言っても気にしないで。先ずは掃除からだね」
そう言われながらゴミ袋を持たされ、多々羅は舞子によって部屋の中へと招き入れられた。
そして、その部屋の惨状に、多々羅は呆然とした。
「え…っと、これどういう状況ですか」
目の前のキッチンとリビングは、あらゆる物で溢れていた。ペットボトルやタッパー等の空の容器、紙のゴミ屑、脱いだ服、丸まったタオル、とにかく、ゴミかどうか分からない物の数々が散乱していた。
「私、ご飯だけで良いって言われてたから、部屋に上がってなくてさ、今日、多々羅君が来るから様子見に来たら、そしたらまさかゴミ屋敷になってるって思わなくて!」
「ゴミ屋敷って言うな!」
「どう見たってゴミ屋敷でしょ!私、何度か聞いたよね、掃除とかゴミ出しとかちゃんとしてるのかって!」
「しようと思ってたんだけど…仕方ないだろ!?」
「分かんないなら聞いてって言ったでしょ!」
「俺は出来るんだ!」
噛みつく愛に、舞子は溜め息を吐いて、多々羅を見上げた。
「愛も、多々羅君が来るって聞いて、さすがに片さなきゃって思ったらしいんだけど、ゴミの仕分けや、そもそも何から手をつければ良いのかも分からないみたいで…っていうか、その前に、最初から片付けられるなら、こんなゴミ屋敷になってないだろって言ってやりたいけどね」
「もう言ってる上に、俺の気持ちまで代弁する
な」
愛は苦い顔をして、「もう良いから帰れよ、ありがとう」と舞子の背中を押すと、「返事とお礼だけは一丁前なのよね」と、舞子は不満たらたらに階段を下りて行った。
舞子が居なくなれば、当然この家には多々羅と愛の二人だけになり、二人の間には、なんとも微妙な空気が流れていく。