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3. 再会と宵と用心棒4

「それにね、ほら、多々羅君も知っての通り、あの店の仕事は普通じゃないし、もしまた一人で倒れたりしたら、あの子は誰にも助けて貰えないんじゃないかって」

「え、」

「だからね、店の仕事や家事をやってくれる子を探してるんだけど…ほら、誰にでも頼める事じゃないだろ?愛の事情を知ってる人で、信頼のおける人間じゃなきゃ。僕は研究の旅があるしねぇ…」


そう言いいながら、正一は何気なくを装い、多々羅をチラリと見上げる。その視線に込められた意図がありありと分かり、多々羅は瞳を彷徨わせた。


正一がこんな話をするのは、多々羅に店を手伝ってほしいからだ。多々羅は暫く会っていないとはいえ、愛の瞳の秘密を知っているし、正一が特殊な探し物屋をやっていることを知っている。多々羅は、それを今まで誰かに言いふらすこともしなかった。正一にとって多々羅は、愛を安心して任せられる存在なのかもしれない。


信頼されているのだろうか、そう思えば嬉しくなるが、それと同時に、正一には今の自分の状況が見抜かれているのではとも感じられ、多々羅は少し不安になった。

正一は、こんな自分をどう思っただろう、ただ楽な方へ逃げたいだけの臆病な人間だと思っているだろうか。正一がこんな事で人を見下す人間ではないと分かっていても、多々羅にとって正一はやはりヒーローで、不甲斐ない自分を見せて失望される事が怖かった。


「だから、どうだろう多々羅君。愛を助けてやってくれないだろうか?勿論、君にも仕事や生活があるのは分かっている、住み込みが無理なら、週に何度か通いでも良いんだ、何ならたまに様子を見てくれるだけでも良い。ちゃんと給料は払うよ、僕は結構お金持ちだしね、店の経営が難航しても、多々羅君の生活だけは保証する」


正一の熱心な言葉に、多々羅は戸惑いながら、俯けていた顔を上げた。


「…お給料の事より、その…俺なんかで良いんでしょうか。愛ちゃんとは子供の頃に別れたきりだし、愛ちゃんが何て言うか…」

「大丈夫だよ、多々羅君だからお願いしたいんだ。愛にとって君は、子供の頃から信頼出来る人間だからね」


臆病に揺れる気持ちが、正一のまっすぐな眼差しに射ぬかれて、はっとする。

こんな自分でも、誰かの役に立てるのだろうか。そんな淡い期待に、胸の奥底が熱くなる。


今まで頑張ってきたけど、一体何の為に頑張っているのか、分からない事ばかりだった。

歌舞伎の世界から逃げ出したのに、結局自分は、八矢宗玉(はちやそうぎょく)の兄でしかない。

この先、自分は何の為にあるのか、未来に希望も何も見いだせなかった。


瀬々市の家の前で足を止めたのも、もしかしたら、あの頃に戻りたいと思ったからかもしれない。

まだ何度でもやり直せた、何も考えないでいられた、何も分からないで父親の後をついて回った頃。何も知らない愛の手を引いて、遊び回った頃。


愛と共にいれば、またあの頃のように戻れるような気がしてしまった。

多々羅は悩みながらも、正一の提案に頷き、そのひと月後、会社を辞めた。

同僚達が引き止めてる声に、多々羅は笑ってお礼が言えた。

心が軽かった。今なら、自分に声を掛けながらも、その視線が八矢の家に向けられていたって、軽く受け流せそうだ。それは、多々羅の心がもう別の方へ向いてるからかもしれない。新しい場所で、誰かのではなく、多々羅として見てもらえる場所へ。




**




そして、現在から一週間前のその日、多々羅(たたら)は“宵ノ三番地”へと向かった。


前もって愛に言うと、愛は意地を張って拒否するかもしれないと、正一(しょういち)が言うので、多々羅は店を訪ねる数時間前に、正一から愛の元に連絡を入れて貰った。


とはいえ、まだこの時は、意地を張る愛が想像出来ず、多々羅は半信半疑だった。多々羅の中にある愛の記憶は、素直で可愛らしい姿ばかりだ。



二十一年振りの愛との再会、さすがに男と分かっているので勘違いはしないが、それでも緊張はする。愛は、自分を覚えているだろうか、受け入れてくれるだろうか。


愛にも、不必要だと否定されたりしたら、どうしよう。


そんな不安を抱えつつ、愛と再会した多々羅は、人生二度目の雷を打たれたような衝撃を受ける事になる。主に、美しく凛々しい青年へと成長した愛の、残念でならない生活態度にだ。


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