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3. 再会と宵と用心棒2


学生の頃から頭角を現した穂守は、その端麗な容姿もあり、歌舞伎界のプリンスとして雑誌やテレビでも度々取り上げられていた。多々羅に近づく友人は、皆、穂守が目当てだったように思う。穂守とは一つしか年齢が離れていなかったし、そういった噂話は、多々羅の周りには常に溢れていた。


社会に出れば、誰も自分を穂守、八矢宗玉(はちやそうぎょく)の兄だと思わないだろうと思っていたが、どこへ行こうと世の中に情報は溢れている。

歌舞伎と縁遠いと思って入った旅行代理店の会社でも、やがて多々羅が歌舞伎の家の出だと知れ渡り、今では多々羅ではなく、八矢宗玉の兄として見られている。

恋人ともその事がきっかけで関係が拗れ、仕事以外の会話はなくなり、関係はいつの間にか終わっていた。


思い返しても、いつも多々羅には家柄がついて回り、穂守の存在がついて回り、何も無い自分を自分で追い詰めていくばかりだ。笑って受け流して、繰り返して。気にしなければと思うけれど、それらを吹き飛ばせる程、強くない。堂々巡りだ。

何をやってるんだろう、そう自分に問いかけた時、ふと、愛と遊び回ったあの町の景色が頭に浮かんだ。


懐かしさに導かれるように、町を歩く足は軽やかだった。

よく遊んだ公園、よく通った駄菓子屋は今ではマンションに変わっていたが、よく懐いてくれた猫のいる家や、よく吠えられた大きな犬のいる家、小学校、そして瀬々市(ぜぜいち)邸は変わらない。


大人になって見ても大きなお屋敷だなと、懐かしさも含めて笑みが溢れてしまう。よくこのお屋敷に出入りして、結子(ゆいこ)や愛、凛人(りんと)と遊んでいた。子供の居なくなった中庭は静かで、なんだか寂しく感じる。そんな風に、柵から見える中庭をぼんやり眺めていると、帰宅した正一に偶然出くわし、声を掛けられた。



あれから二十一年、正一は九十を越えた頃だろう。顔はさすがに皺が増えて年を重ねた印象はあるが、撫で付けた白髪も、少し垂れた瞳も、この年でもまだしゃんと背筋を伸ばし、きっちりと着物を着こなす姿は、清潔感と気品に満ちて堂々としており、とても九十を過ぎた老人とは思えない程。しかも、正一は多々羅を見つけると、その健康な足腰を活かし、結構な速さで走ってくる。これも昔と変わらないが、変わらないからこそ、多々羅は少しぎょっとした。


「多々羅君じゃないか!大きくなったな!」

「ご、ご無沙汰してます、正一(しょういち)さん。俺の事覚えていてくれたんですね」


多々羅が正一と最後に会ったのは、子供の時だ。それでも正一は多々羅を覚えていて、大人になった多々羅に気づいてくれた。正一の駆けてくる勢いには驚いたが、覚えてくれていたのは嬉しかった。


「勿論だ!君は、愛と仲良くしてくれたし、うちにもよく遊びに来てくれたからな!懐かしいな…いや、立派な青年になられた!」

「いえ、正一さんこそ、お変わりないですね」

「はっはっは!健康だけが取り柄だな!なかなかくたばらないから、皆辟易してるよ」

「また、何言ってるんですか」


こういう冗談を飛ばして笑うのも、相変わらずだ。正一は、家に縛られず、どんな人でも分け隔てなく接してくれる。愛がこの家に来るまで、多々羅は正一が怖い人だと思っていたが、その思い込みが取り払われてしまえば、その朗らかな気前の良さが、子供ながらに気持ちが良くて好きだった。周りの大人達は怖い顔をしてばかりだったから、余計にそう感じたのかもしれない。


「今日は、愛に会いに来てくれたのかい?」

「あ、えっと、…仕事で近くまで来たものですから」


多々羅は咄嗟にここに来た理由を繕った。家の前まで来たのだ、正一がそう思っても仕方ないが、愛に会うには少し心構えが必要だった。

楽しかった思い出に縋るような自分は、あの時から何も成長していないように思え、そんな自分を愛に会わせるのが、少し怖かった。愛は、多々羅が多々羅でいられる最後の砦のような気がして、もし、そんな愛に否定的な目で見られたらと思ったら、愛に会いに来たなんて堂々とは言えなかった。


それに、手土産もないし、たまたま通りかかっただけだから。多々羅は心の中で、言い訳を繰り返した。


「そうか、引き止めて悪かったな、時間は大丈夫かい?」

「はい、今日はもう仕事から帰る所なので…」

「そうかそうか!良かったら、お茶でもどうだい?」

「え、でも…」

「大丈夫大丈夫、今日は僕しかいないから」


その朗らかな笑い顔に、多々羅はきょとんとして正一を見上げた。まるで、心の声を読まれたかのようだったが、正一の表情からは、多々羅を可哀想とか情けないとか、そんな風に感じている様子は見えない。単純に、僕らの仲じゃないかと、そんな風に言われている気がして、その正一の軽やかさに、知らず内に強張っていた多々羅の心も解れていくようで。


正一は、相変わらず力強い腕で多々羅の肩を抱く。その強引さが、今の多々羅には心強く、嬉しかった。


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