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瀬々市、宵ノ三番地  作者: 茶野森かのこ


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3. 再会と宵と用心棒1



夜を深めた空には、雲の隙間から月が顔を覗かせていた。

多々羅(たたら)と愛は、ようやく見慣れた街に帰ってきた。駅前に連なる店には明かりが灯り、帰宅する人々の足を集めている。同じ駅前の賑わいでも、見慣れた駅の賑わいは安心感に満ちていて、この街も徐々に自分の帰る場所になってきているのだなと、多々羅はぼんやり思った。


そんな感慨を覚えたのも束の間、駅の改札口を抜け、愛は早速見当違いの方へ歩き出ので、多々羅は慌てて愛を捕まえ、愛の少し前を歩く事にした。愛の後ろを歩いていては、角を曲がる度に声を掛けないといけない。


「大会っていつなんだ?」


駅前の賑わいから少し離れ、街灯が立ち並ぶ遊歩道を歩いていると、愛がぽつりと呟いた。振り返ると、愛は足元を見ながら歩いているので、その表情は見えなかった。


「彩さんの?いつなんだろう…、最終的に狙ってるのは、全日本じゃないですか?ほら、暮れにやってる。そこまで勝ち抜いていかないといけないだろうし…」

「そっか」

「後で調べてみますね。でも彩さん、なんか清々しい顔してましたね。お母さんとも上手くいくと良いな」

「人間同士は、いつどう拗れるか分かんないけどな」


せっかくいい気分でいたのに水を差され、多々羅は肩から溜め息を吐いた。


「またそういう事を…さっきのあの親子を見て、それ言いますか」

「だってそうだろ、人と物だって拗れるんだ。言葉を通わせる者同士、拗れて当たり前だろ」

「寂しい事言わないで下さいよ、それでも言葉を通わせられるから、人と人は絆を結び直せるんじゃないですか。店長だって、そうでしょ」


困ったように多々羅は笑って愛を振り返る。愛は多々羅を見上げ、笑った。ただ、笑った。その、こちらに合わせるだけの笑い顔からは何の感情も窺えず、多々羅は足を止めかけた。


「今日の晩飯は何にするんだ?」

「え?あー、そうですね…、これから作るんじゃ時間かかりますし、何か出来た物買って帰りましょうか」


通りすがる愛を、多々羅は慌てて追いかけた。

愛に返事をしながら、多々羅は胸の中に靄が広がるのを感じていた。


愛は、誰かと繋がる事を諦めているのだろうか。


愛の瞳の色は、眼鏡によって隠されている。やはりその色が、彼を苦しめているのだろうか。美しい瞳を、愛は自分で良くない物のように言った。それを思うと、どうしても寂しくなるし、悔しさもこみ上げてくる。

愛が自分自身を否定するのも、愛が他人との繋がりを拒否するのも、多々羅は悔しいし悲しい。小さい頃は、あんなに仲が良かったのに、今では愛が遠くに感じられて、これ以上は近寄るなと言われている気がして、それはやはり、寂しいものだった。




***




多々羅が愛の店にやって来たのは、一週間前の事だ。多々羅はその前は、旅行代理店で働いていた。


愛と多々羅は幼なじみであるが、共に過ごしたのは小学生までだ。中学に進学する頃には、愛は海外へ留学してしまい、愛が日本に帰って来た頃には、多々羅は家から離れて一人暮らしを始めていたので、近所ですれ違う事もなく、以来、二人が会う事はなかった。


二人がこうして再会出来たのは、多々羅が正一(しょういち)と偶然再会したからだ。




ひと月程前の事、仕事が思ったより早く終わった帰り道、多々羅はまっすぐ家に帰る気にはなれず、何となく、幼い頃過ごした町に足を伸ばしていた。実家に帰りたいとは思わないが、幼い頃の景色を見たくなったからだ。


多々羅は、何も無い自分にコンプレックスを抱いていた。

歌舞伎の世界から逃げたのも、自分はその世界に不必要だと思ったからだ。


多々羅が、歌舞伎の家の長男でありながらも役者の道に進まなかったのは、自分には役者の素質がないと感じたから、というのもあるが、何より弟の穂守(ほがみ)の存在が大きかった。


穂守は歌舞伎役者としての素質があった。子供の多々羅から見てもはっきりとそう感じられたのだから、大人達は、さぞその才能に喜んだ事だろう。

練習量は同じなのに、台詞の覚えから体の動かし方、声の出し方、感情の出し方伝え方、何をとっても多々羅より覚えが早かったし、上手かった。多々羅にとっては怖いだけの祖父にも、穂守はよく褒められていた。


それに比べ、多々羅は怒鳴られるばかりだ。出来ないなら、倍の努力をすれば良かったかもしれない、どうして覚えられないのか分析すれば良かったかもしれない。でも、それが出来るのは、向上心があって、きっと歌舞伎が好きな人間だ。


歌舞伎が好きでも、舞台に出られない弟子達や生徒達がいる。それに対し、多々羅は歌舞伎が好きでもないのに、歌舞伎の家の出というだけで舞台に立ち、役を貰えている。

ひたむきな彼らの中にいるのは、いたたまれなかったし、何より、穂守がいるなら自分はいらないだろうと、気づけば歌舞伎の世界から背を向けるようになっていた。


それから、歌舞伎と穂守の存在は、多々羅にとってコンプレックスでしかなかった。


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