2. 星のペンダント12
突然発生した煙からペンダントが現れ、多々羅は驚いて、手元のペンダントと愛の顔を見比べた。
「…えっと、話はついたって事ですか?」
「あぁ、彩さんの元に帰るそうだ」
愛はそう言うと、ペンダントを優しくその手で包む。夜の外気に触れて冷たい筈のそれはとても温かく、目を閉じれば、彼女の心が伝わってくるようだった。
“大丈夫、私は跳べる”
“大丈夫、見ていてくれる”
“大丈夫、また笑ってくれる”
“どうして、跳べないの”
“どうして、見てくれないの”
“初めから、跳べなきゃ良かった”
流れてくるのは、彩の声だ。ペンダントは、いつも彩の声を聞いていた。涙に濡れた日も少なくない。
跳べないジャンプ、上手くいかない演技、氷を掻いて倒れる体、それでも、悔し涙を必死に飲み込んで立ち上がる。
深い溜め息、握りしめる手、祈る言葉に何も返せず、ただのペンダントには、彩を跳ばす魔法もない。
頭の中で、足を抱えて俯く化身の彼女が見えて、愛はその心に手を伸ばした。
「…大丈夫だ、彩さんはあなたを待ってる」
愛は呟いて、ペンダントを胸に抱きしめる。多々羅はそんな愛の姿を、ほっとした気持ちで見守っていた。愛の化身と向き合う姿に、多々羅の中にあった不安が消えていくのを感じる。化身の姿は見えないけれど、確かにそこにいたのだろうと、愛の姿を通じて見えたような気がして。
同時に、変わってしまったとばかり思っていた愛に、幼い頃と変わらない愛の姿が重なって、どこか擽ったい気持ちだった。
その後、二人はすぐにリンクに向かった。彩に用事がある事をスタッフに伝えると、スタッフから愛の名前を聞いた彩は、すぐに出てきてくれた。
「すみません、練習中に」
「いえ、あの、見つかったっていうのは本当ですか?」
彩にペンダントを手渡すと、彼女は心底ほっとした様子で表情を緩め、ペンダントを大事そうに握りしめ胸に抱いた。
「ありがとうございます…!本当に、本当に良かった…!」
自然と溢れ出る彩の涙に、クリスタルのペンダントがキラと光った。彼女もほっとして、喜んでいるみたいだ。
「良かったな、大事にしてくれるご主人で」
ペンダントを見つめ、愛はそう呟いた。その横顔が、多々羅には少しだけ寂しそうに見えてしまい、どうしてそんな表情を浮かべるのだろうかと、不思議な思いだった。
「本当にありがとうございます!何とお礼をしたら良いか」
「これが私達の仕事ですから。この先も、大事にしてあげて下さい」
「あの、スケート頑張って下さい!応援してます!」
多々羅がすかさず声を掛けると、彩は愛と多々羅を交互に見つめ、晴れやかな笑顔で頷いた。
「彩?」
不意に女性の声がして、皆は反射的に入り口へと目を向けた。
「お母さん」
そこには、昼間、子供達にスケートを教えていた女性がいた。野島先生とは、やはり彩の母親だったようだ。
「練習、来ないかと思ったけど…」
戸惑うように言う母親に、彩はすかさず駆け寄り頭を下げた。
「ごめんなさい!私、もう逃げないから、だから、もう一度私のコーチをして下さい!お願いします!」
母親は彩の姿を驚いたように見つめていたが、それは次第に、泣いてしまいそうに表情を歪めた。彼女は視線を彷徨わせながらも、彩の頭を上げさせた。
「母さんで良いの?母さん、あんたの事また苦しめるかもしれない、また無駄にプレッシャー掛けるかもしれないよ」
「母さんが教えてくれたスケートだもん。私は母さんにコーチをやってほしい」
彩は言いながら、ペンダントを首に掛け、ぎゅっと握った。
「一緒に、見ていて欲しい。最後の大会まで」
それは、母親に、それからペンダントにも向けられた言葉だった。まっすぐと、もう揺らがないというような強さに、母親は頷き、彩の肩を抱きしめた。
ふわ、とペンダントの化身が現れ、親子の様子を嬉しそうに見つめると、再びペンダントへと戻っていく。
彼女も、きっと、大丈夫だ。
「行こうか」
「はい」
そっと声を交わし、愛達は施設を後にした。
絆を深めた彼女達の姿は眩しく、多々羅は少しだけ羨ましいと思ってしまった。




