2. 星のペンダント8
それから時間は過ぎ。リンクサイドのベンチの前で、ひとり憤慨する多々羅がいた。
「店長!どういう事ですか!」
「どうもこうも良かったな、スケートが滑れるようになってさ」
「そういう事じゃなくて!」
リンクから上がり、多々羅はにっこり笑う愛を前に、地団駄を踏みたくなった。
この短時間の間で、多々羅は子供達にさんざん振り回された結果、持ち前の運動神経の良さが発揮されたのか、見事にスケートが滑れるようになっていた。子供達にも感激されるレベルまで上達したのだから、大したものだ。
とはいえ、多々羅としては、勝手に氷の上に放り出され、その後放置されていた事実は変わらない。だが、多々羅がいくら憤慨しても愛はどこ吹く風で、さっさとベンチから立ち上がってしまった。
「とりあえず、一旦切り上げよう。今は人が多いし、暗くなってからもう一度来た方が良いだろう」
「ちょっと!俺の話聞いてます!?」
「多々羅君のお陰で、とても有意義に時間を使えたよ」
「それ、俺が邪魔って事ですか!?それでも俺は帰りませんからね!」
「はいはい」
多々羅には、まだまだ言いたい事はあったが、愛は気にせずさっさと歩き出してしまう。不満を顔に貼り付けながらも、ここで置いていかれる訳にはいかないと、多々羅は急いで靴に履き替え、慌てて愛を追いかけた。
昔はあんなに可愛かった愛が、こんなに意地悪く育っているとは。愛と再会してから、こんな思いばかりが更新されていく。
だが、早速出口が分からなくなっている愛を見れば、胸に渦巻く不満も勢いを失くし、多々羅は溜め息を飲み込んで、愛を出口へと誘導するのだった。
それから、二人は適当に街を散策したり、カフェで時間を潰したりした。途中で、愛はどこかへ電話をかけていたが、それ以外は仕事に関するような事は何もなかった。
ただ時間が過ぎるのを待つだけなら、少しでも愛との距離を縮めようと、多々羅は色々と話かけてはみるのだが、愛から届くのは終始素っ気ない返事ばかり。
普通の会話すら、愛は壁を作る。これ以上、深入りしないように、させないように。その頑なな姿に、多々羅は仕方なく口を噤むしかなく、多々羅の気遣いや気配りは空回るばかりだ。
そうして、重く長い時間が過ぎ、ようやく日が暮れた頃。愛と多々羅は、再びスケートリンクに戻ってきた。
太陽が沈むと、涼しさを伴った夜風が、肌を心地良く撫でていく。昼間の暑さを知っているだけに、ほっとする涼しさだ。
「あれ?でも、店長。夜は貸切でしょ?入れるんですかね…忘れ物したって言えば入れるのかな」
建物の前で首を傾げる多々羅だったが、愛はそれには答えず、何故か入り口を素通りしていく。さすがの方向音痴でも、目の前の入り口を見失う事はないだろう。多々羅は困惑しながら、愛の後を追いかけた。
「どこに行くんですか?ペンダントを探すんじゃないんですか?」
「探しに行くんだよ。多々羅君がスケートで遊んでた間、それっぽいのを見つけたんだ」
「え?…ていうか、あなたが勝手に遊ばせたんでしょ!その前に俺は遊んでませんよ、どっちかって言ったら遊ばれてましたよ」
「それで、彼女が現れた方角を探してみたんだけど」
「聞いてないし…」
「清掃は入ってる筈だろ?だから、あんまり見なさそうなとこ、観葉植物の鉢の中とかしか見れなかったけど、やっぱり無くてさ。まぁ、自動販売機の裏は流石に見えなかったから、こっちを見て見つけられなかったら、中に入る方法を考えないといけないけど」
「こっちって、何処です?外ですよ、ここ」
愛が向かったのは、建物の裏側だ。スケートリンクの隣には別の施設の建物があり、二つの建物の間には、狭いが空間があった。そこには、人が入れないようにフェンスが立てられてあったが、愛は眼鏡を外すと、躊躇う事なくさっさとフェンスに足を掛けて中に入ってしまった。
「え、ちょっと!これ、不法侵入になりませんか!?」
「大声出すな、それこそ何か落としたとか言い訳すりゃいいだろ」
「えー…」
頭を抱えつつ、多々羅は仕方ないと、足を掛けてフェンスを飛び越えた。
「足元に注意して、何処にあるか分からないから」
「え?」
「それから、人が来ないか見てて」
「はい…」
多々羅は足元に注意しながら、フェンスの外側を伺う。陽が暮れて辺りは暗くなっている上、ここは隣の施設との間のスペース。男二人がやっと並べるかという位の、暗く狭い場所だ。入り口のある表通りと違って、フェンス前の通りは人通りもない、先ず人目につく心配は無いだろう。
建物の裏側は雑草が生い茂り、換気口や裏口のドア位しか見当たらない。そんな中、愛は地面に膝をつくと鞄を開け、中からパイプを取り出した。
煙草を吸う為のパイプだ。木の深い色は艶がある、よくある形の物だった。
「え、パイプ?煙草吸うの?」
「こんなところで吸う訳ないだろ。俺は煙草呑みは苦手だ」
確かに、愛が煙草を吸っている所は見た事がない。
「じゃあ、それは?」
「魔法の道具」
何の恥じらいもなく、愛はさらりと言いのける。多々羅は怪訝な表情を浮かべたが、黙っておくことにした。ここで言い合いになって、もし誰かに見つかって警察沙汰にでもなったら、正一に顔向け出来ない。
そう考えると、もしもという事もある、ここで誰かに見つかり不審者扱いされたらどうしようと、多々羅は内心ハラハラだったが、愛は気に留める様子もなく淡々と作業を進めていく。




