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瀬々市、宵ノ三番地  作者: 茶野森かのこ


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2. 星のペンダント7



「すみません、店長。幾らでしたか?」


遅れてやって来た多々羅が財布を広げるのを見て、愛はそれをしまわせた。


「代金は払っておいた。さ、行くぞ」

「え、すみません、ありがとうございます!」


にこりと微笑んだ愛に、こういうところは優しいんだなと、多々羅はちょっと感動を覚えていた。

受付カウンターの横にはリンクへ向かう通路があり、途中には、スケート靴の貸出カウンターがあった。愛に靴のサイズを聞かれたので、多々羅は疑問に思う事もなく答えれば、愛はスケート靴を取り、そのまま先へ進むので、多々羅もただそれに続いた。


スケート靴の貸出カウンターを過ぎると、壁際にズラリとロッカーが立ち並んでいた。このどこかに、彩のペンダントが落ちているのだろうかと、多々羅は足元に視線を落としながら愛の後を追う。

この日は休日とあってか、スケートリンクは多くの人で賑わっていた。楽しげな子供達の笑い声が、輪になって聞こえてくる。この状態での物探しは、閉館後でないと困難かもしれない。


「多々羅君、スケートはやった事ある?」

「え?あー、子供の頃、一回だけやった事はありますけど」


ふーん、と愛は返事をしながら、多々羅を側のベンチへ促した。そこで多々羅は、スケート靴を履くよう指示を受け、促されるままに靴を履き替えれば、愛はさっさと多々羅の手を引いて歩き出すので、多々羅は戸惑いながらも覚束ない足を進ませた。愛の魂胆に思いを巡らせるよりも、多々羅は履き慣れないスケート靴で歩く事に注意を注いでいて。

そして気づいた頃には、多々羅はひとり氷の上に立たされていた。


「え?」

「反射神経が良いなら、運動神経も良いだろう。スケートだって、滑れちゃうよね」

「え、ちょ、ちょっと!俺、子供の頃一回しか滑った事ないって言いましたよね!」


まさかリンクに立たされるとは思わず、多々羅はツルツル滑る氷に転びそうになり、慌ててリンクの壁にしがみついた。


「久しぶりだろ?楽しんできたら?」


そう言って、愛はにこりと微笑む。お客さんにしか見せなかった王子様の微笑みに気を取られていれば、多々羅の指は愛によって壁から剥がされてしまった。支えを失いバランスを崩した体は、バランスを取ろうともがけばもがく程に勝手に体が回転し、そんな多々羅の背中を、愛は軽く押してくる。


「え、ちょっと!嘘嘘嘘!」


それだけで、リンクの奥へ奥へと勝手に進んでしまう多々羅。素人ではない動きで横切るチビッ子スケーター達に怯えつつ愛を振り返れば、愛は上機嫌に笑って手を振っている。


「これ絶対仕返しでしょ!写真の仕返しでしょ!」


泣き叫ぶも、周囲の賑わいに掻き消され声すら届かない。いや、あれはきっと、聞こえない振りを決め込んでいる。「ちくしょう!」と、多々羅がリンクの中央でじたばたしていれば、チビッ子達に追い抜かれ際に笑われる始末。多々羅は半泣きのまま、ひとり氷の砂漠を彷徨うのだった。





「さて」


満足気に呟き、愛はリンクに目を向けながら、その周囲を歩く。リンクサイドの人々、リンクの中、その目は、子供達に教わりながら、よろよろと滑り始めた多々羅には目もくれず、何かを探しているようだ。


「あ、」


愛はある一点を見つめ、足を止めた。掛けていた眼鏡をずらし、リンクの中を見つめる。眼鏡越しでも物の化身の姿は見えるのだが、肉眼で見た方がその存在を感じ取りやすいのだろう。

ふらりと揺れるそれは、確かに物の化身の影のようなもので、それは愛に気づく事なくリンクの外へと消えてしまった。

愛は首の後ろに手をやり、僅かに肩を落とした。子供に手を引かれ、多々羅の泣き叫ぶ声が視界の端で遠く横切っていく。それにはやはり目もくれず、愛は消えてしまった物に少しでも近づこうと、それが見えた場所へ、リンクの外側から回っていく。


「野島先生、やっぱり教えるのが上手ねぇ」

「お嬢さんの彩ちゃんは、最近活躍出来てないみたいじゃない?」

「綺麗なのにね、頑張って欲しいわ」


歩いていると、子供をスケート教室に預けている母親達だろうか、そんな会話が聞こえてきた。愛はリンクに再び目をやった。多々羅の周りに居る子供達とは別の場所で、女性を中心に囲って、ひとかたまりになっている子供達の集団がある。

中央の女性は、子供達に向かって身振り手振りを交えながら、何か教えているようだった。あの人が野島先生だろうか、ということは、彩の母親は彼女かもしれない。

熱心に子供達と向き合っている彼女の姿を、愛は暫し遠くから眺めていた。




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