2. 星のペンダント6
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空は太陽で煌めき、ジリジリと肌を焼くように日射しが降り注ぐ、最近は春と夏の季節の境が曖昧に感じられるばかりだ。一体、梅雨はどこへいってしまったのか、ジメジメとした梅雨の時期特有の蒸し暑さは苦手だが、時には雨も恋しくなる。多々羅は少しばかり太陽を睨み付けた。
多々羅と愛は、店を出て電車に乗り込んだ。
今日は日曜日、世間的には休日ということもあり、空調の効いた電車内は、平日の昼間よりも人が多く、若者達の楽しげな話し声が聞こえてくる。
服の袖を捲り直し、多々羅は隣に立つ愛に視線を向けた。あの眼鏡は不思議だ、横から見ても愛の右目がちゃんと黒く見える。そう言えば、この眼鏡はいつから掛けるようになったのだろう、少なくとも、多々羅が愛と毎日のように会っていた子供の頃は、この不思議な眼鏡は掛けていなかった。留学中に使うようになったのだろうか。
ぼんやりと考えている内に、多々羅の視線は愛の胸元に下がり、それから自身の服を見下ろした。
「そういえば、仕事中はスーツって決まってるんですか?俺も、合わせた方が良いかな…」
「好きな服で良いよ。俺は、この格好が落ち着くだけだから」
ふぅん、と頷きながら、多々羅はかっちりと上まで留められたシャツのボタンに目を止めた。苦しくないのだろうか。
「…暑くないですか?」
「通気性は良い。多々羅君だって、暑くないの長袖」
そう言われて、多々羅は自身の服を再び見下ろした。多々羅は、ボタンで留める服が苦手だ。体が締め付けられる感じが窮屈で、ハイネックは問題ないが、ワイシャツのボタンは苦手だった。なので、会社勤めの頃はその窮屈さとも戦いであった。だが、今の自分のゆるっとした服装を見れば、愛が尋ねたくなるのも分かる気がする。
見た目で言えば、多々羅のスウェット姿の方が暑そうに見えるだろう。
「俺は、袖が無いとなんか落ち着かないんですよね。今日は、もうちょっと薄手にした方が良かったかな…」
暑いや、と呟いた多々羅を愛は暫し見つめ、それから口元を緩めた。
「リンクは寒いっていうし、それでも良いんじゃないか?」
「あ、そっか…。見つかると良いですね、ネックレス」
愛は頷き、流れる車窓の景色に目を向けた。
彩の使っているスケートリンクは都内にあり、愛達の暮らす街からもそう遠くなかった。電車も乗り換え無く行ける場所だったが、愛は方向音痴だけでなく、電車の乗り方もほとんど忘れていたようだった。馬鹿にするなと豪語していた愛だが、瀬々市の家にいる時は車移動がほとんどで、仕事がある時も、正一が手配した車で移動したり、交通機関を使う際は、正一が切符を買っていたという。なので、切符の買い方から多々羅がレクチャーする事になった。
養子とはいえ、瀬々市の坊っちゃん恐るべしだ。
スケートリンクの場所をスマホで調べると、駅から近い場所にあることが分かった。
近代的な氷を模したかのような大きな建物で、中へ入って行く人々を見ると、子供や親子連れの姿も目立つ。スケートスクールの生徒だろうか。
「入りますよね?見学料とか取られるのかな…」
幾らだろうと、多々羅はジーンズのポケットに突っ込んでいた財布を取り出そうとしたが、財布がポケットの角に引っ掛かって落ちてしまい、更には運悪く小銭をばらまく始末。
「うわっ、」
ここはまだ建物前の通りで、人通りもある。恥ずかしいやら迷惑になるやらで、多々羅は赤くなりながら大慌てでそれをかき集めるが、愛はそれには構わず「先に行ってる」と言い残し、さっさとエントランスへの階段を上がっていってしまった。薄情な、と思いはしたが、周りの視線もあり、恥ずかしさが先に立つ多々羅は文句の一つも言えなかった。
そんな多々羅の思いには、きっと気付きもせず、愛は先へ進んでいく。開放的で広々としたエントランスに入れば、右手にはカフェや物販の店舗があり、左手側には受付カウンターがあった。愛は受付へ向かった。




