2. 星のペンダント5
「あ、いや、信じてない訳じゃないですよ、そういうのが見えるのは子供の時から知ってるし、」
「知ってるからって、信じられるとは限らないだろ。俺なら信じないな」
愛はそう笑った。当たり前のように自嘲する姿を見て、多々羅はまたもや後悔した。愛を傷つけてしまったかもしれない、今までにも、愛はこんな風に自分を否定される事があったのかもしれない。
そう、普通は信じない。愛の言うように、普通の人は、物に心や意思があるなんて、物の化身と会話が出来るなんて言われても信じようもない。だって、見えないのだから。
多々羅は背を向ける愛の腕を掴み、振り返らせた。寂しい背中をそのまま見送っては、いけない気がした。
「なに、」
「俺は信じてますよ!」
意気込んで言えば、愛は目を丸くした。
「俺はどうしても見えないので…疑ったように聞こえてたら、すみません。でも、知りたいと思います。店長や正一さんの見てる物を見たくて、子供の時はどうして俺には見えないのかって、もどかしかったくらいですから!」
本心を隠そうとして接するから、ちぐはぐな事を言ってしまう。それなら、好奇心もそのまま愛に伝えた方が、この気持ちも伝わるのではと多々羅は思った。仕事なのに好奇心丸出しにしてと、愛は怒ったり呆れるかもしれないが、元から愛は多々羅に仕事をさせる気がないのだから、この際、呆れられても現状は大して変わらない。
とにかく、バカにされても、愛を信じている事だけは伝えなくては。その一心で多々羅が見つめていれば、愛はきょとんとしていたが、やがておかしそうに表情を緩めた。
「…相変わらず変わってるな」
けなしているような言葉も、その声色は穏やかで、多々羅はほっとした。愛がどう思っているのか、本当のところは分からないが、それでもその懐の端の方にでも自分の事を置いてくれたような気がして、嬉しかった。
「理解したいと思うのは当然です。友達じゃないですか」
それに対し、愛は再び目を丸くして、少し背の高い多々羅を呆然と見上げた。その様子に、多々羅は的外れな事を言ったかと、不安になり落ち着かない気持ちになる。
「俺、何か変な事言いました?」
「…いや。あ、あれだろ、今は、雇う側と雇われる側だし、うん…」
うろうろと視線を彷徨わせながら言う愛に、そういう事かと、多々羅はそっと心を落ち着けた。また、愛を傷つけるような事を言ったかと思ったが、お互いの立場の関係を言いたかっただけなら、多々羅にとっては大きな問題ではなかった。
勿論、雇い雇われの関係はその通りだが、元は友達という事は、変わりない。
「はは、まぁ、良いじゃないですか」
「いや、そこははっきりしておくべきだ!」
「えぇ?まぁ、そうですね…」
急に焦ったように語気を強める愛に、多々羅は少々気圧されながらも了解した。友達だからといって、愛が上司なのは変わりない、多々羅としてもその辺の分別は持っているつもりだ。多々羅が頷いてからも、愛の顔はどんどん赤くなり、なんだか狼狽えているようにも見える。
「俺は出るから。もう店閉めて適当にしてて良いから」
そんな愛の様子を不思議に思い、多々羅がぼんやりしている内に、愛はキャビネットの下部の開きを開け、革の鞄を手に、応接室を出ようとしていた。
「え?どこ行くんですか?」
「リンクだ」
それには慌てて多々羅も駆け寄った。
「行かないんじゃなかったんですか?」
「手袋の彼女から話を聞くのが先だって言っただけだ」
「リンクの場所は?」
「野島さんに連絡して聞く」
「車ですか?俺、運転しますよ」
「車はない、電車で行く」
「電車?大丈夫ですか?」
「馬鹿にするな、乗り方くらい分かる」
「…そこは疑ってませんけど…」
そう頷きながら、多々羅は思案する。乗り方は分かっても、愛はちゃんと駅に向かえるのだろうか。店から駅はそう遠くないし、通い慣れた道の筈。けれど、その先はどうだろう、電車を降りた先、愛は恐らく目的地に辿り着けないのではないか。
愛は子供の頃、極度の方向音痴だった。しかも、どこのスケートリンクかも分からないのでは、着いて行った方が安全だろう。
「待って下さい!俺も行きます!」
「は?いい、一人で十分だ」
「仕事を教えて下さいって言いましたよね?物の化身が見えない俺でも、雑用や道案内は出来ますから!」
そう言って、多々羅はエプロンを外しながら二階へ駆け上がり、財布とスマホを掴むと急いで店に下りて来た。
まさか、「方向音痴でしょ」とは言えない。子供の時の話だが、愛は方向音痴を指摘されると、この世の終わりかのように落ち込んでしまった事があったからだ。
しかし、多々羅が急いで店に下りて来た時には既に愛の姿はなく、多々羅は慌ててカウンターの裏側に掛けてある鍵を取ると、店を出てドアに鍵を閉めた。
この店は、隣の雑居ビルと並んで袋小路にある。走って前の通りに出ると、駅に向かう右手の道に視線を向けた。だが、愛の姿はない。いくらなんでも速すぎると逆の方向を見れば、しゃんと背筋を伸ばして歩く愛の背中が見えた。
「…マジか」
家の近所なのに、下手すれば迷子確定だ。多々羅は急いで愛の背中を追いかけた。
「店長!そっち遠回りになりますよ!」
駅とは完全に真逆の方へ進んでいるが、逆と言うと傷つくかもしれないので、遠回りだと言葉を選んで声を掛ければ、愛は驚いた様子で辺りを見回し首を傾げている。あの様子じゃ、駅に行く道も分かっていないだろう。
多々羅は改めて、正一が愛を心配し、面倒を見てくれと言った気持ちが分かった気がした。




