2. 星のペンダント2
「宵ノ三番地、店長代理の瀬々市と申します」
「…野島です。あの、本当に探し物をして下さるんですか?」
「内容にもよりますが、舞子さんからの紹介ですから大丈夫ですよ。舞子さんなら、私が探せる物だと思われて、うちを紹介して下さってると思いますから」
「はぁ…」
彩は愛の説明に、どこか困惑した様子で相槌を打った。
彩は、この店の正体を掴みかねているようだった。探偵でも便利屋でもなく、店内を覗けば、棚の上には壊れた物も含め様々な物が並んでいる妙な店だ、更に愛は、探せるものと探せないものがあるという。
探し物屋に対する疑問は深まるのだが、それを真正面から疑問視して怪訝な様子も出せないのは、愛の存在のせいかもしれない。
愛は一見、とてもしっかりした人物に見える。店がごちゃごちゃしていても、愛の身なりや立ち振舞いは洗練されていて、その話し方にも妙な説得力を感じる。実際は、ただ事実を述べているだけでも、何かその言葉の裏に深い意味があるのでは、哲学的な意味が含まれているのではと、受け取る側が勝手に想像してしまう事もあるようだ。
お陰で、変に緊張まで覚えてしまう彩に対し、その様子に気づいているのかいないのか、愛は平然として、にこやかだ。
そんなちぐはぐな空気が流れる応接室に、トントンとドアがノックされた。愛が返事をすると、「失礼します」と、多々羅が湯呑みとお菓子を乗せたトレイを持って現れた。キッチンは二階の居住スペースにしかないので、お茶をいれるのも二階に行かなくてはならない。
多々羅が彩にお茶を出す中、愛は話を続けた。
「うちは、基本的には物探しでしたら可能です。ただ、人探しは行っておりません、人は自分にも嘘をつきますから」
「え…?」
きょとんとする彩に、多々羅はすかさず言葉を挟んだ。
「ひ、人探しは向いてないって事ですよね?うちは、物に特化した探し物屋ですから!あ、でも元よりそのつもりでいらっしゃってますよね!さ、お茶をどうぞ!すみません、日本茶しか用意がなくて、こちらのお茶菓子も宜しければ」
「あ、ありがとうございます、すみません」
多々羅は愛の前にもお茶を出すと、笑顔をはりつけながら愛の隣に腰掛けた。怪訝そうな顔を向けてくる愛を、多々羅は逆ににこやかな視線で訴えるが、愛は自分がおかしな事を言ったとは思ってもいない様子だ。
この反応を見て、多々羅は正一から愛のフォローをしてくれと頼まれた理由が分かった気がした。
多々羅は、仕事の流れ等は分かっていないが、愛の瞳の秘密を知っている。その目に見える、物の化身の話を聞きながら、物探しをする事を。
だから、限られた物しか探せないし、探すつもりもない。愛はその意味も含めて、人探しはしないと言いたかったのかもしれない。
とは言え、まさかその理由を依頼者に言える訳がない、言っても信じないだろうし、おかしな人と思われて終わりだ。
「私は、御木立といいます。彼の助手なんです」
「おい、」
「それで、何をお探しで?」
ここぞとばかりに話に入ってくる多々羅に、愛は諦めてお茶を啜った。
「ペンダントなんです、母から貰った。それが、気づいたら無くなっていて…」
彩は胸元に手をやる。そこに、ペンダントの感触を思い出しているのだろうか。
「気づいたら?」
「はい…あの、私、フィギュアスケートをやっていまして」
彼女の言葉に、多々羅は「あ!」と、声を上げた。
「どこかで見た人だなと思ってたんですよ!シニアに上がった頃、凄い注目を集めてましたよね!次世代のヒロイン、まさに氷上の妖精だって!」
「本物だ…」と目を輝かせる多々羅に、彩は苦笑った。
「もう、随分昔の事ですよ。今では、私が次世代の子に追い抜かれてしまいましたから。昔はあんなに跳べたジャンプも、最近は全然跳べなくて…」
彩は再び胸元に手をやった。ペンダントを触るのが癖になっていたのかもしれない。
彩の様子を見て、悪い事を聞いたと眉を下げる多々羅に対し、愛は彼女を見つめるだけだ。
「あのペンダントはお守りだったんです…」
「お守り?」
「はい。あれは、母から貰ったペンダントなんです。私、ノービスの頃、大会となるとジャンプが全然跳べなくて、毎回泣いてばかりいて。きっとそんな私を見兼ねて、元気づけようと思って、母は身につけていたペンダントをくれたんだと思います。クリスタルの星形でキラキラしてて、私の憧れでした。高価な物じゃないけど、私にとっては手の届かない宝物を手にした気分で。
これがあれば、大丈夫。きっと、跳べる。これを身につけた彩は特別よって、ペンダントを掛けながら母がそう言ってくれたから、私その時から何だか不思議なんですけど、本当にジャンプが跳べて。多分母は、私の恐怖心とか不安な気持ちを消してくれたんだと思います。母も、フィギュアの選手だったから、踏み出せない私の気持ちが分かったんだと」
「…お母様の思いも込められた、大切な物なんですね。無くなったと気づいたのは、いつ頃ですか?」
多々羅が同調しながら尋ねる。愛は背もたれに寄りかかり、やはり、じっと彼女の様子を見つめるだけだ。
「二週間程前です。私、さっきも言いましたが、ジャンプが跳べなくなっていて。難しいジャンプを跳ばなきゃ勝てない、でもそれに集中すれば、今まで跳べていたものも跳べなくて、演技自体も悪くなるばかりで…。
母がコーチなんですけど、そんな自分が悔しくて母に八つ当たりして。身につけてたペンダントを外して、これがあるからジャンプに縛られて余計跳べないんだって、母に怒鳴って。完全な言いがかりですよね」
彩は自嘲して俯いた。でもその手は、ペンダントがあった筈の胸元を握りしめている。自分のした事を、後悔しているのだろう。
「…何かのせいにしたくなる時もありますよ」
「…ありがとうございます、すみませんこんな話」
「いえ!こういった話も重要です。ね、店長」
多々羅は彩の思いに同情し、黙ったままの愛に同意を求めた。愛は湯呑みをテーブルに置き神妙に頷いた。




