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瀬々市、宵ノ三番地  作者: 茶野森かのこ


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9. ミモザと楓12


楓は踞る愛の姿を見て、慌てた様子でその横をすり抜けていく。その際に、楓の足に当たった何かが床を転がり、踞る愛の足に当たった。それに目を向けた瞬間、愛は、はっと息が止まったような感覚に襲われた。


愛の足に転がってきたのは、楓のミモザのイヤリングだった。片方だけ落ちていたそれはヒビが入り、あの愛らしい化身の気配はない。愛は呆然としてそれを手に取った。彼女は楓を守ろうとしたのだろうか、あの小さな体で、小さな力で、楓を取り巻く大きな黒いこの影に、勇敢に立ち向かったのだろうか。


そして、消えてしまった。


いつかまた、このイヤリングに思いが宿ったとして、化身として姿を現してくれるかどうか、化身として姿を現したとしても、その化身は、愛を受け入れ、楓とどこへ行くにも一緒だったあの化身とは別人だ。


愛は、ぎっと唇を噛みしめると、楓に振り払われた手を握りしめた。

あの子は、自分が消えてしまうのも厭わず、楓の前に立ちふさがったのだろう。そう思ったら、自分は何をしているのかと、目が覚めた思いだった。


何を怯えているのか、今の楓は楓ではない、楓の意思は禍つものに乗っ取られているというのに。

楓を助けなくては、楓をこのまま失う訳にはいかない。ミモザのイヤリング、彼女の為にも。

愛は心を奮い立たせると、部屋を出ていこうとする楓の腕を掴んだ。すると、楓は振り返るなり、悲鳴を上げて座り込んでしまった。


「…、」


その姿は、再び愛の心を暗闇に飲み込もうとする。それでも、これは楓の言葉ではないと自分に言い聞かせ、掴む手から逃げようとする楓の腕をぎゅっと掴んだ。パイプは先程払われて、手元にはない。どうにか楓の中にいる禍つものを落ち着けないといけない、愛はその両肩を掴んで、眠らされている楓本人に呼び掛けようとした。


「楓、聞こえるか!今、助けて、」

「放せ!やめて!その目を向けるな!恐ろしい人間!」


楓の手が力いっぱいに愛の手を払い、再び二人の目が合った。


「お前に、お前に誰が救える!お前が全て壊してきたというのに…、お前さえいなければ!お前さえいなければ…!」


その憎悪に満ちた瞳に、愛はもう言葉が出せなかった。

その楓の言葉は、今の状況を指してのものなのか、翡翠の瞳に宿る力の持ち主に対してのものなのか、それとも、楓の心の奥底にしまいこんでいた思いなのか。奮い起こした筈の心が、ぎゅっと誰かに握りしめられて、目を逸らしたくなる。負けては駄目だと思うのに、どうしても一歩が踏み出せない。


目の前にいるのが、楓かどうかも分からない、彼女の体からは黒い影が溢れ出しているが、それさえも、愛の瞳には映らなかった。


愛しい人から発せられた、その憎悪に満ちた言葉が矢のように突き刺さり、愛は暗闇に呑まれていた。今までの化身達の言葉が蘇る、人間達の気味の悪いものを見る視線が蘇る。それらは、瀬々市の人々を追いやり、多々羅を追いやり、愛の頭の中を埋めつくすのは、自分を否定し拒否するもの達、その中に、楓がいた。助けなきゃと伸ばした筈の手が、行く先を失い力を失くす。


その手を、楓の手が掴んだ。その瞬間、愛の手が腕が黒く染まり、その黒は徐々に腕を這い上がり、愛を呑み込もうとする。楓は愛を抱き寄せ、「私をこんな風にしたのは誰?」と、そっとその耳元で囁いた。目の前が真っ暗になり、愛の視界は黒に奪われていく、「あなたのせいよ」と誰かが囁く声が、頭の中で鳴り響いていた。


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